仮面の街で、追ってしまった男
私たちが行くと、グレンとルークは待ち合わせ場所に既に着いていた。
「クレア様、とてもお似合いです」
ルークが私を見て言う。
けど、顔と頭を全部覆う仮面は付けていて、声は同じだけど、ルークだと言う確信が持てない。
それが返って良かったのか、以前に感じていた恐怖は感じない。
グレン様も一瞬躊躇った後に、
「とてもよく似合っていますよ、クレア様。よくアイゼルが送り出してくれましたね」
と、言う。
「アイゼルには会わずに出て来たのよ。この格好だと子供っぽく見えて恥ずかしいもの」
「……初めてお会いした時の様ですね……」
グレンと初めて会った時って、アイゼルとの婚約をグレンが私に知らせに来てくれた14歳の時だ。
「私、もう24歳なのに……」
ますます恥ずかしくなる。
「マーシャルと入れ替われるくらい見た目は変わりませんよ」
ニッコリとルークが言うけど……。
18歳のマーシャルと入れ替わるなんて、いろんな意味で無謀だったかもしれない。
マーシャルならしっかりやってくれるだろうけど……。
恋人のルークもマーシャルの心配はしていないみたいだ。
それから、グレンはロイスとダリルと同じくやっぱり平民にが見えないし、ルークの顔と頭を全部覆う仮面は少し目立ち過ぎかも。
「じゃあ、クレア様の側には僕が着いてるから、みんな離れて護衛よろしく!」
と、一番馴染んでるコリンが言う。
私も町娘姿が馴染んでいるとは言えないんだけど、コリンと一緒に大通りを歩いた。
◆◇◆
ホテルから大聖堂へ向かう馬車の中に僕とマーシャルはいる。
黙って座っているマーシャルはすでに顔の半分を覆う仮面を付けていて、クレアにしか見えない。
『私は、アイゼル様を巻き込んで、危険な事をするつもりです』
クレアとだったら、いくらでも危険に巻き込まれてもいい。
だが、マーシャルと一緒には巻き込まれるつもりはない。
しかし、マーシャルの計画は、教会の魔道具を持ち出すというものだった。
教会の魔道具は一般で使われている魔道具と仕組みが少し違うらしく、その仕組みを知ることで教会の陰謀の手掛かりを掴めるかもしれないと言うのがマーシャルの主張だった。
『前皇帝暗殺事件に使われた、祖父に罪をなすりつけた教会の技術が分かれば、別の視点からクレア様襲撃の真犯人にたどり着けるかもしれません!』
マーシャルが祖父を落とし入れた犯人を探してる事は知っているし、悪くない提案だと思う。
ギリアムも、
『別件で教会を調査する事は領主の許可もとっています。魔道具の種類によっては調査の範囲内でしょう』
と言う。
ミアが、
『私とギリアムはアイゼル様にずっと付き添うつもりでしたが、別で魔道具を探します』
と張り切った。
少しギリアムの眉が動いたのを僕は見逃さなかった。
ギリアムはミアが苦手なのか?
ミアは、ギリアムが崇拝するクレアの一番の侍女だと言うのに。
『それはアイゼルさまが、ミアとちゃんと話した事がないからですよ』
堅物のギリアムをここまで言わせるミアとは何者だろう?
遠くからクレアを想うだけの6年間、クレアを一番に考える侍女の様子を微笑ましく見ていたが……。
 ガタッと揺れて馬車は大聖堂前に止まる。
僕は馬車から降りると、妻に手を差し出す。
「気をつけて、クレア」
「ありがとう、アイゼル」
今は妻の顔をしてマーシャルが、僕の手を取り馬車を降りる。
腕を組んだ僕とマーシャル、後から別の馬車を降りてきたギリアムとミア。
後戻りできない潜入調査が始まる——。
◆◇◆
大聖堂に入ると静謐に包まれる。
これから盗みを働こうと言うのに、教会の心が洗われるような雰囲気に飲まれそうになり苦笑する。
マーシャルを横に、ギリアムとミアを伴って歩みを進める。
奥に行くにつれて香油の香りが強くなる。
参列者は仮面をつけた者が多いが、顔馴染みも多いようで話し込んでいる。
観光客が異物感を放っているが、観光地の大聖堂らしい雰囲気作りに一役買っていてそれが当たり前のように受け入れられている。
僕たちが自由に動く余地はあるが、さすがに魔道具を盗むのは慎重にやらなければ……。
キョロキョロと周りを見渡すマーシャルは少し危うい。
「アイゼル、私たちもあそこに登りましょう!」
マーシャルが鐘楼を指して言う。
なるほど、そう言う意図か。
ここに来る前にマーシャルとは話す事が沢山あった。
隠していた僕の正体や、クレアの継母への懸念について、全て話した。
僕を危険に巻き込んでも教会から魔道具を盗み出す覚悟を持つマーシャルは、信用して共犯者として対等に扱うほうが良いと判断した。
その際に領主の館で使った、“妻に甘過ぎる間抜けな夫”のイメージの話しもした。
マーシャルは今、そのイメージの仮面を再び僕に被せようとしている。
ミアが少し笑っている。
その仮面を被っていれば周りは僕たちに注目し、油断する。
その間に、ギリアムとミアが魔道具を手に入れる為に動きやすくなる。
ギリアムが分かったと言うように、僅かに頷く。
「ダメだよ、クレア。まずは司祭様に会ってから大聖堂」
そう言ってマーシャルの腰を抱き、進む。
クレアだと思えば、いくらでも甘い演技は出来る。
「後で、絶対に行くのよ! アイゼル!」
マーシャルの演技が夫に甘やかされたい妻のものだけど、クレアとは違う。
納得はしても少し怒ってる。
そんなクレアちゃんの様子を想像して、自然と笑みが浮かんだ。
周りの夫人がため息をつく。
僕がよっぽど、“妻に甘い夫”に見えたのだろう。
◆◇◆
コリンと私、クレアは通りを歩いていた。
アイゼルとついこの間歩いたのとは違う平民の街の通り。
庶民の生き生きとした生活のあとと同時に、浮浪者や浮浪児の影が見えた。
私の住んでいた田舎でも格差はあったのだ。
この一見煌びやかに見える陰謀渦巻く街なら、影は一層濃くなるのだろう。
「クレア様……」
一緒にいるコリンが、私が落ち込む度に悲しい顔をするから、強くならなきゃいけない。
ちょっとした露天で小さなアクセサリーを買ったり、カフェでケーキを食べたり、街を堪能した。
「なんだかデートみたい……」
私がつぶやくと、コリンは困っていた。
「アイゼル様になんて言おう……」
「私もマリエルさんに悪いわ……」
マリエルとはコリンの奧さんで二児の母だ。
今は、辺境の城砦でターニアの面倒を見てくれている。
「お土産も選んでもらったし、マリエルの事は心配いりませんよ」
コリンは露店で買ったアクセサリーを大事そうに見せる。
私が選んだと言うより、コリンのマリエルへの想いを聞いていただけだけど……。
あれだけ奥さんへの熱い想いを語られたんだもん、デートじゃないわね。
「僕がクレア様を独占するのは問題がある! ロイスとダリルと順番に交代しましょう」
「え、ロイスとダリルも奥さんがいるんだもの。グレンにお願いしたほうが……」
私の言葉にコリンは大反対する。
「いないから問題なんですよ! クレア様」
その後、私はロイスとダリルのそれぞれの奥さんへの熱い想いを聞きながらアクセサリーを見ていた。
3人とも、とても羨ましい夫婦だと思った。
ルークと一緒にマーシャルの物も選びたかったと思う。
私を離れて護衛してくれるルークを目の端にとらえて一日過ごすうちに、ルークへの恐怖は無くなっていた。
そうするうちにフェルゼンの街にも夕闇が迫ってくる。
アイゼルとマーシャルの潜入捜査も終わっているだろう。
ホテルに帰ろうと動いた時、それが見えた——。
頭を仮面に覆われた男性。
ルークと同じだけど、ちょっと違う。
もっとがっしりした体付きで、年齢は40歳くらい。
お母様にずっと仕えている男性——。
顔に傷があるからと私が小さな頃から仮面を被っていた。
私は思わず走った。
隣にいたダリルを置いてきてしまう。
でも、目の前にグレンがいた。
私の追いかけている仮面の男を追っている。
グレンは、知っている——。
「はぁっ、はぁっ!」
私は通りで息を切らす。
追いつけなかった。
「大丈夫?」
近くにいた女性が声をかけてくれる。
一緒のいた男性も立ち止まる。
「クレア様、逃げられてしまいました……」
グレンが戻ってくる。
コリンたちにも私に追いついてくる。
周りの喧騒をよそに、私が気になったのは一つだけだ——。
「グレン……、あなたは一体——」




