彼女は、危険すぎる身代わり
大聖堂にアイゼルと、私の代わりのマーシャルが行く日。
人目を忍んでマーシャルがホテル『黄金の獅子亭』までやって来る。
このままマーシャルが私としてアイゼルと外に出て行き、私が人目を忍んで外に出る。
私は大聖堂に居るはずなのに、ホテルに滞在しているクレアがいたら怪しまれるから、私も外に出る事になっている。
マーシャルの身代わりを納得したアイゼルが次に一番心配したのがここだった。
教会関係者以外にも、この城塞都市フェルゼンには過去の戦争の記憶から辺境伯を嫌う者が多い。
アイゼルを伴わずに外に出すのが心配なのだと言う。
アイゼルの側近のロイスとコリン、ダリルが一緒だから大丈夫だと言うけれどアイゼルは納得しない。
ロイスたちも、「僕たちはアイゼル様ほど強くないから」と、仕方がないように笑う。
文武両道で優秀な辺境伯の次男だと評判だったけど、アイゼルってそんなに強かったの?
他の方法が思い付かないまま、グレンを呼んで、ルークも護衛に付けると言う条件にやっとアイゼルは納得した。
グレンはアイゼルに頼まれた仕事で忙しいと思っていたけど……。
「クレア様っ!」
マーシャルがミアに連れられてやって来る。
水色のドレスの裾がふわりと丸く揺れる。
「……マーシャル、素敵だわ」
私は、マーシャルが“着たら私に見えるように選ばれたドレス”を自分のモノとして着こなしている様子に見惚れてしまう。
「私が着たら痩せすぎてこんな風にならないもの……」
ふんわりしたシルエットにうっとりしながら呟くと、マーシャルはすかさず否定する。
「クレア様の町娘姿もとっても可愛らしいですよ」
マーシャルに言われてカァっと赤くなる。
町娘って年齢では無いんだけど……。
「どちらもそれぞれの魅力が出るように着付けしたんですから、可愛らしいのは当然です!」
ミアがその場を収めて言ってくれた。
「マーシャル、ごめんなさいね。私の思い付きで、私との入れ替わりなんてお願いして」
「いえ、大聖堂にいる司祭様の魔力の形を直接見れたらって思っていたから、クレア様が提案したくださって良かった。アイゼル様は、それが一番良いって分かっていても絶対にやらない事でしょうから」
マーシャルの言う通り、アイゼルはこの作戦の意義を知っていたのに、私以外の人を妻にするのは例えフリでも嫌だと言っていたのだ。
私はアイゼルの独占欲は嬉しかったけど、必要な事だから説得した。
でも——
「マーシャル、あなたをこれ程危険に晒すとは思って居なかったの……」
マーシャルが私の為にやる気に満ちた声を出している様子に、苦しくなる。
魔力の形を見ると言う事は、魔力の形を敵にも見られると言う事だ。
私だと言ってアイゼルの隣に居れば、マーシャルは後から、その魔力の形から私と思われて狙われるかもしれないのだ。
アイゼルは本当はそれを知っていてマーシャルを身代わりにするのを避けたのかもしれない。
自分の浅はかさが恥ずかしい。
「クレア様、魔力の形を正確に見れる人も限られているし、普通は見ないものなんです。基本的には大体の型しか分からないから、後から身代わりが私だって特定される心配は殆どないんですよ」
マーシャルは本当に心配していないようだ。
「それに、私が大聖堂に行きたいのは、祖父を落とし入れた人を特定する為でもあるんです。潜入の機会が貰えて良かった!」
マーシャルの力強い言葉に、少し安心する。
さすが原作ヒロイン、頼もしい。
「無理だけはしないでね、マーシャル」
私はそう言って手を握った。
「それでは、私は先に出掛けますから、アイゼルの事をお願いしますね。マーシャル」
私は別室で待っているロイス達の所に急ぐ。
「アイゼル様にお会いしないんですか? クレア様の町娘姿とても可愛らしいのに」
マーシャルの声は部屋を出ようとした私を追いかけてくる。
「だ、だめよ! 子供っぽすぎて、アイゼルには見られたくないの!」
そう言って飛び出した。
アイゼルはマーシャルに着せる服を楽しそうに選んでいたし、庶民の服には興味がないと思う。
それでもガッカリされるのはショックだもの。
ドンッ
慌てていると廊下で人にぶつかってしまう。
「申し訳ありません、大丈夫ですか」
そう言って、ぶつかった相手のギリアムが助け起こしてくれる。
「え!? クレア様!?」
ギリアムは助け起こした後に、私だと気づいて驚いていた。
「お、おかしいわよね? こんな格好」
私は恥ずかしくてギリアムの顔を見ずに言った。
一瞬息を飲んだ後に、息を整えてギリアムが言う。
「そんな事ありません、とてもお似合いです。ただ、アイゼル様に見つかると面倒なので、早く外に出ましょう」
そう言うと素早くロイス達の所まで連れていってくれる。
ロイス達も、
「これは……」
「アイゼル様には見せられないな……」
と言うと、素早く外まで来てしまう。
ホテルの前には人がまばらだけど歩いていて、ジロジロこちらを見ている。
私と同じくロイス達3人も平民に見える格好をしているけど、背が高く姿勢が真っ直ぐなロイスとダリルはちょっと平民っぽくない。
ちょっと背が低いコリンだけは馴染んでいるけど……。
私だけがおかしくて見られている訳じゃないと思うけど、町娘姿に不安が募る。
——でも、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
「グレンとルークの所に行きましょうか」
そう言って合流場所まで歩き出した。
◆◇◆
「クレアはもう出かけたのか?」
僕、アイゼルが聞くとギリアムが答える。
「はい、ちょうど人通りが多い時間があったので、紛れて外に出られました」
安全に出発できたのなら良いが……。
「マーシャルの準備は出来ているのか?」
彼女をクレアとして、今日一日は一緒に過ごさないといけない女性だ。
クレアを襲ったルークの恋人だが、どちらも善性の強い人物だ。
ルークはクレアを襲った事で罪悪感に苛まれて居る。
僕が敵意を持つ必要はない。
ただ一つ、クレアの継母の存在が、僕の警戒心を解けなくして居る——。
ホテルの居間に行くとクレアが立って居る。
——そう見間違えるような女性が立っていた。
——マーシャルだった。
クレアに着せたドレスが、少しサイズ感は違うがマーシャルが上手に着こなしている。
よく見ると僅かな体格差から、クレアより背が低く、肉付きのあるのがマーシャルだと分かる。
「クレアかと見間違えたよ。君には迷惑をかけるが、今日は一日の協力に感謝するよ」
出来るだけ優しく微笑んで伝えられるように言った。
「私の方こそ協力させていただいて感謝しております。教会への潜入は長年の夢でした……」
クレアのように儚げに見える……、選んだドレスが良かったのか?
「クレア様はとても優しい方ですね。私を危険に晒す可能性に心を痛めてくださいました」
「クレアの性格を考えたら、きっとそうだろうね」
クレアの事を考えると、目の前のマーシャルに対してよりも穏やかな気持ちになる。
「魔力の形を正確に見る事が出来て、君の素性を知っている者にでも会わなければ、心配する事はない。心当たりはあるかい?」
「オートマタ技師なら何人か知っていますけど、フェルゼンの大聖堂には来ません」
マーシャルが言う。
「なら、安心だ」
「いえ、それが安心じゃないんです」
マーシャルが言う——。
不穏な空気が辺りを包む。
「私は、アイゼル様を巻き込んで、危険な事をするつもりです」
身代わりの妻が不敵に笑った——。




