6年間の無視、仮面夫婦再び
私は、アイゼルが出掛けてしまったホテルの中で退屈していた。
ミアやアイゼルの側近たちは、私を守る為に側に居るけれど、ホテルに着いたばかりで何かと忙しそうだ。
実は皇子であるアイゼルと、その兄弟の皇帝と皇弟を狙う陰謀を阻止する——。
私は、この本の結末を知っている転生者として黒幕を探しに行きたいけど、それはアイゼルやマーシャルがやってくれている。
今は、私が勝手に動けば調査の邪魔になるだけだ。
辺境の城砦から持ってきた本を手に取る。
『帝国における精霊の魔力』
アイゼルが子供の頃から読んでいる本で、この世界の魔力や精霊の事がよく分かる。
『辺境の交易品』、『貴族の料理、庶民の食卓』など、この世界の理解に役立つ本を他にもいくつか持ってきている。
ただ、今、読みたいのはこっちだ。
『隠された皇子とメイドの愛』
ミアが言っていた、幼い頃に亡くなった皇帝の下の双子の弟、その片割れが実は生きているという噂を元にした恋愛小説だ。
この亡くなった皇子と言うのがアイゼルの事で、アイゼルがモデルの本なのだ。
メイドと結ばれるって、一体どんな内容なの——?
◆◇◆
……。
「……レア、クレア!」
呼びかけられて本から顔を上げる。
「やっと気づいた。何を読んでいたんだい?」
ずっと私に呼びかけて気づかれるのを待っていたらしいアイゼルが優しく微笑んで私を見てる。
でも、彼はメイドのサニアに冷たく別れを切り出した貴公子だ——。
「アイゼル、どうしてサニアに冷たくするの?」
私は目の前のアイゼルに抗議する。
「サニア? 誰だ……。あ!」
アイゼルが私の持っている本に目をやって、私の言った事を理解した。
サニアと言うのは本の中のメイドの名前で、サニアに冷たくする貴公子はアイゼルがモデルなだけで、全くの別人の皇子。
「アイゼル、この本、読んだの?」
この反応は、アイゼルは自分がモデルの話を知っているのね。
「……興味本意で、ちょっとだけだよ。全然僕とは違う」
「そう? 私を6年間無視してた時のアイゼルにはちょっと似てるわ」
「クレアちゃん……」
アイゼルは、しゅんとしている。
このネタは一生使えそうだ。
「サニアも私のように早く幸せになって欲しいわ」
そう言って私は本の世界に戻った。
アイゼルは私の持ち込んだ本に目をやると、懐かしい『帝国における精霊の魔力』を手に取り隣に座って読み始める。
しばらくして、夢中になって本を読む私に目を向けて、アイゼルがつぶやく。
「本の世界に入っていきそうだ」
「え!?」
私は一瞬で現実世界に引き戻された。
アイゼルは私が転生者だって知ってる訳じゃない。
この世界が本の中だって知らない。
ただの私への軽口だけど——。
——アイゼルの、鋭さに絶句する。
そんな私に気付かずにアイゼルは自分の本を読み進める。
私もまた本に戻るけど、さっきほど熱中できなくなった。
◆◇◆
夕食の時間になって私達は食堂に行く。
食堂と言ってもホテルの部屋の中にあり、料理はホテルの調理場で作られるが、給仕は城砦から着いてき侍女が行う。
他の誰かに話を聞かれる心配はない。
食事は私とアイゼルの2人分。
でも、ギリアムやロイス、コリン、ダリル、そしてミアがいる中で、自然と今日の領主の館での出来事に話題が向かう。
「フェルゼン卿には、僕たちが教会を調べる事を黙認させて、何の問題もなかったよ」
アイゼルは言うけど、『何の問題もなかった』が、何か問題があったから出た言葉のような気がする。
一緒に領主の館に行っていたギリアムが少し笑ってる。
でも、“冷酷な辺境伯の次男”の仮面を被ったアイゼルに睨まれたら、誰だって言う通りにしてしまうのかもしれないのに、問題があったの?
「後の調査は、ロイスやマーシャルたちに任せていればいいけど、街の中心の大聖堂には僕とクレアで行かなければいけない。あそこは貴族が通う教会だから身分が物を言う」
私はこのホテルからも尖塔が見える街の中心の大聖堂を思い出す。
貴族とは言え田舎貴族の私は大聖堂の荘厳さにちょっと身震いする。
普通に行くのなら中を見てみたいけど、裏の意図のある潜入捜査なのだ、本心を隠しておけるだろうか?
「ここは仮面舞踏会の街だから、大聖堂でも仮面を付けていいんだよ。明日は仮面と仮面舞踏会用のドレスを買いに行こう」
私の不安を見抜いてアイゼルが言う。
アイゼルと買い物に街に出るなんて初めてだわ!
「街の店では、帝都とは違ったドレスが飾ってあって、マーシャルも興味深々の様子でしたよ」
街中の宿で別行動のマーシャルとルークに会いに行っていたコリンは言う。
マーシャルも興味を持つ変わったドレスってどんなものかしら?
「そう言えば、マーシャルとルークにも仮面舞踏会には参加して貰って調査を進めるのよね? それにミアや他の侍女たちも」
私の言葉に先を察したらしくギリアムが言う。
「皆のドレスは別で買いに行きますよ」
「それなら良かったんだけど……、マーシャルとは一緒に買いに行けないかしら?」
私の言葉の意図を誰も理解できないように空気が少し凍る。
「君の妹の友人だから、マーシャルと買い物したいのは分かるけど、何処で陰謀の主が見ているか分からない。一緒の行動はこの問題が片付くまでは控え……」
「違うわよ」
私はアイゼルの言葉を遮った。
「大聖堂に行くなら、私より、魔力の形を判別できるマーシャルが最適でしょう?」
「……そうだけど、彼女は平民だ」
アイゼルが言う。
「だから私のフリをすればいいのよ。マーシャルと私は少し背の高さが違うけど、同じ茶色い髪だし、仮面を被れるのなら見破られる心配もないわよ」
私の言葉に、いつも無口なダリルが、
「ああ!」
と、感嘆の声を漏らす。
「クレア様、頭いい……!」
と、コリン。
ロイスもギリアムも、その手があったかと納得した顔をしている。
ミアも、「さすが私のクレア様!」と喜んだ様子でいる。
——ただ一人、アイゼルだけが納得していない。
「クレア以外の女性を妻にするつもりはない」
そう言って少しムッとしている。
「ただのフリでしょ? アイゼル」
ちょっと呆れて私が言う。
私が思いつく様な事は、アイゼルなら真っ先に思い付いた筈なのに。
「フリでも嫌だ」
子供みたいな事を言う。
“冷酷な辺境伯の次男”の仮面は何処に行ったのかしら?
呆れながらも私はアイゼルのその頑なさが嬉しい。
マーシャルは原作ヒロインで、原作ヒーローであるアイゼルの本来の相手なんだ。
例え潜入捜査の為でも夫婦のフリなんてして欲しくない!
でも、それじゃ、せっかくの捜査の機会を不意にしてしまう。
私たちの目的は、“皇族の血筋を狙う陰謀”の阻止で、ほとんど手がかりがないのに手段は選べない!
「アイゼル! 私の為に、ルークを操っていた犯人を捕まえてくれるんでしょう! なら、大聖堂に行く間はマーシャルと夫婦のフリをしてくれなきゃダメよ!」
少しの沈黙に後で、
「分かったよ……。クレア」
そうアイゼルが言う。
「領主の館での、アイゼル様の“妻に甘過ぎる間抜けな夫”の仮面はまだそのままの様ですね」
ギリアムがクスッとつぶやく。
……アイゼルは、“冷酷な辺境伯の次男”のはずなのに……。
『何の問題もなかった』の正体はこれだったのね!?




