これからのキスは誰のもの?
「さっき、グレンの言っていた事は何ですか?」
グレンが出て行った後にギリアムが疑念の目を僕に向ける。
僕だって分からない。
14歳でクレアと婚約をした時に、僕の方でも反対はあったが何とか説得した。
最後に残った反対者がクレアの継母だった。
だから、グレンを使いにやってクレアを安心させたかった。
クレアが僕と結婚したいと言えば継母も反対はしないだろう。
僕の事をクレアが覚えていなかったら?
その心配も少し考え、子供の頃にクレアに会っているグレンを使いに選んだ。
グレンは上手くやってくれて、すぐに正式な婚約が出来た。
でも、クレアの所から戻って来たグレンの様子がおかしい事は見て分かった。
一人物思いに耽ってため息を吐く。
クレアに恋をした事は誰の目にも明らかだった。
ただクレアの姿を見て恋をしたんだと思っていたけど、違った。
グレンは僕からだと言って、クレアの頬にキスした——。
そして——、クレアから僕への頬へのキスを受け取っていたかもしれない。
たぶん、それはクレアからの初めてのキスで——。
「誤魔化さずに答えてください!」
ギリアムの追求が痛い。
ギリアムも子供の頃に僕と一緒にクレアに会って、同時に恋に落ちた。
身分の差もあって、クレアと結ばれる事を望んではいないが、クレアの幸せを願っている。
グレンのキスの事を知ったら、僕以上に腹を立てるだろう……。
——ギリアムは完璧にクレアと自分の存在の差を分けて、触れられない女神として崇めている——
「気にする事はない。グレンの調査が終わる前に、まずはフェルゼンの領主へ挨拶に行かないとな」
そう言って僕は話題を変えた。
◆◇◆
「グレンは帰ってしまったの!」
アイゼルがグレンに会ってから部屋に戻って来て、今は2人っきりだった。
「まだ頼んだ仕事が終わっていないから、今回は報告だけですぐ出て行ったよ」
アイゼルが言う。
「そうなの……」
私はがっかりした。
アイゼルの顔が近づいた。
「クレア、どうしてそんなにグレンに会いたいんだ? 6年間僕の代わりに君を慰めていたのはグレンだけど、今は僕がいるだろう」
そう言って、また思い出と逆側の頬にキスをする。
なんだか、思い出に対抗してるみたい。
「……だからよ。グレンには6年間も心配をかけていたから、私は大丈夫だって知らせたいの」
「ん!?」
私が言うとアイゼルの動きが止まった。
「私と離婚した後に、グレンに私を押し付けようとするなんて酷い事を考えていたんでしょ? アイゼル。
グレンにはちゃんと、もう押し付けられずに済むって安心して貰わなきゃ!」
アイゼル私が言い終わらないうちに笑い出した。
「え? どうしたの? 私は真剣に話しているのよ!」
それでもアイゼルの笑いは止まらない。
本の中でアイゼルの腹心の5人の内で結婚している3人と奥さんが中心に書かれていた。
独身のグレンとギリアムは有能だけど、影の薄い存在だった。
グレンは特に離れて動く事が多く、女性にモテる事が強調されていた。
そんな彼に私を押し付けるなんて酷いと思うのに、笑ってるアイゼルって何なのかしら?
ひとしきり笑った後でアイゼルは私に向き直った。
私は真剣に話したのに笑われて怒っていた。
横を向いて頬を膨らませて怒ったポーズをとる私を、またアイゼルは笑った。
「クレアちゃん、14歳の時、キスのお返しに君から僕へのキスの伝言をグレンに頼んだかい?」
アイゼルが気を取り直して真剣な瞳で言う。
「え? うん、頼んだわよ」
答えるとアイゼルの瞳が少しだけ揺れた。
「そうか……」
暗い声が聞こえた。
「すぐに気付いたでしょう? 子供の頃に遊んだ時、昼寝しちゃったアイゼルを何度もキスで起こしたんだもの」
「小さな頃の私はお母様がそういやって起こしてくれたから、屋敷のみんなにキスしてまわったのよ」
「え?」
「14歳の頃には、妹のアリシアくらいにしかしなくなっていたけど……」
急激に冷たくなったお母様に遠慮して、屋敷で自由な振る舞いができなくなった事を思い出して、胸がチクっと痛む。
アイゼルは知らなかったって言うように驚いた顔で私を見てる。
「今も昼寝してる時はキスして起こしてるのに、気付いてないの?」
私はアイゼルの以外な鈍感さに笑った。
「目が覚めるとクレアちゃんがすぐ側いる事が多いと思ってはいたけど……」
アイゼルが驚いていて、少しだけ気分が良くなった。
◆◇◆
フェルゼンの領主の館へは僕とギリアムと少数の従者だけで行く事にする。
ホテルに残るクレアの安全が最優先だ。
ホテルの主は観光資源をめぐって領主と対立関係にあり、辺境伯に反感を持つ領主側か狙われる可能性は低いが、協会関係者等、ほかにも敵はいる。
ホテルを出る前に2人っきりになるとギリアムに聞かれる。
「クレア様と2人でグレンについて何を話していたんですか? アイゼル様の笑い声が外まで聞こえて来ましたが」
クレアと話す前まで、ぼくはクレアの無垢さをグレンに取られたようで不快な疑念を抱いていた。
それが次には笑いに変わったんだ、気にはなるだろう。
僕はギリアムにクレアがグレンの気持ちに一切気付いていなかった事を話した。
頬へのキスもクレアにとっては特別な事ではなく、今も僕を包む日常になっている。
クレアのその無垢な純粋さが僕が感じていて不快感を洗い流していた。
グレンが僕に対して持っている、クレアを6年間も酷い扱いをしていた事への怒りや、自分のキスがクレアを支えたと言う優越感は変わらないだろう。
ただ、本物のクレアは——僕がずっと彼女のモノであるのと同じように——ずっと僕のモノだった。
「……そんな事が……」
僕が暖かな気持ちでクレアの行動を話すと、ギリアムの反応は違っていた。
「クレア様にはもう少し警戒心を持っていただかなくてはいけませんね」
そうギリアムが言う。
「昔の事だ。今は僕だけにしかしないよ」
僕が付け加える。
僕以外の人の頬にキスしないように言うと、クレアはあわてて、
『あ、当たり前よ。グレンにだって、アイゼルに届けてもらう為だもの。もうずっとアイゼルとしかキスしてないわ』
と、疑われて拗ねたように言う。
可愛い仕草に何度も唇にキスした。
「——そうでしょうが、些細な事でも期待してしまうモノです……」
少し遠くを見つめて節目がちに語るギリアムの言葉に、少しだけ違和感があった。
まるで自分の事を話しているようだった。
「グレンが……」
ギリアムの言葉には何処か羨望も混じっていた。
——ギリアムの前に女神が降りて来た——




