重なる違和感
私たちは辺境と帝国の境界線上にある都市フェルゼンに来ていた。
かつて辺境と帝国を分けた城塞都市で、半壊したままの城壁が戦争の名残を残している。
今は月に一度行われる仮面舞踏会が有名な観光と交易の都市になっている。
「アイゼルは、フェルゼンには来たことがあるの?」
馬車の中で私は聞いた。
「ずっと昔に、ギリアムたちと6人で身分を隠して来た事がある」
6人って言うのは、アイゼルと、腹心のギリアム、ロイス、コリン、ダリルだと思うけど……。
もう一人は誰?
「グレンだよ」
アイゼルが教えてくれる。
そうだった……。
前世の記憶が戻る前の関係性でアイゼルの友人だって意識が強かったけど、グレンもアイゼルのために集められた忠誠を誓う部下の一人だった。
グレンは騎士や下級貴族の嫡男の他の4人より身分が少し上の伯爵家の子息で、辺境伯の次男のアイゼルとは対等な友人関係だ。
ただ、本当は皇帝の弟のアイゼルからみれば主従関係は明らかだった。
「グレンもフェルゼンに来ているの?」
教会の陰謀を明らかにする為に最小限の使用人と、アイゼルの腹心の友人たちとフェルゼンに来たのだ。
何処かでグレンとも合流するのかしら?
そんな軽い疑問だったんだけど……。
「会いたいの?」
アイゼルが私に聞く。
「グレンは城砦に来るたびに優しくしてくれたんだもの。また会いたいわ」
素直な気持ちを答える。
「ふーん。でも、会ってもすぐに別れる事になるよ」
「え? どうして? 一緒に調査しないの?」
「元々グレンには別の場所の調査を頼んでいたんだ。ついでに調査して欲しい事がフェルゼンにもあったからたまたま居合わせただけで、フェルゼンの調査を一緒にする為にグレンを呼んだわけじゃない」
アイゼルの説明は明瞭だった。
「……アイゼルとグレンがどんな話をしてるのか聞きたかったのに」
私はつぶやく。
アイゼルと結婚して6年間無視されていた時に、アイゼルの友人として時折訪ねて私を慰めてくれたグレン。
謎めいた言動も多かったけど、アイゼルとどんな話をしているか気になっていたんだよね。
「ク、クレアちゃんに聞かせるような面白い話は、してないよ」
アイゼルが動揺している。
「?」
私には聞かせられない話をしていた?
「とにかく、僕とギリアムたちでフェルゼンの様子は探るから、クレアは仮面舞踏会を楽しむ準備をして。それが、教会や領主の警戒を解く事に繋がるから!」
アイゼルはそう話題を変えたけど。私はジッと無言でアイゼルを見つめた。
「グレンはあまり信用できないから……」
アイゼルがつぶやく。
「え?」
「とても大事な事を隠している気がするんだ」
アイゼルが言う。
「とても仲が良くて信頼しているんだと思っていたけど……」
私が言う。
「信頼はしているよ。そうじゃなきゃ大事な調査は頼めない……。そう言う意味じゃなくて……君と話させるのが……」
アイゼルが私を意味ありげに見つめた。
「なら良いのだけど。私がアイゼルと婚約した頃に、グレンに頼んでアイゼルが私にキスを届けてくれたでしょう? とても嬉しかった大事な思い出なの。だから、ずっと仲良くして居てね」
私は思い出して、うっとり微笑んでアイゼルがくれた頬のキスに手を当てる。
「は!?」
アイゼルは驚いたように目を見開いて居た。
◆◇◆
城塞都市フェルゼンは、ルークとマーシャルが辺境の城砦に来る前に立ち寄った場所でもある。
操られて私を襲ったルークが最後に訪れた帝国側の都市だ。
ルークとはこの旅に出る前に話をした。
ルークを救いたいと思っていたけど、私自身も襲われたショックを引きずっていた。
震える手が止められず、かえってルークを傷つけてしまう結果になったかもしれない。
でもルークの側にはマーシャルがいて、私の側にはアイゼルがいた。
支えてくれる人の確かさに、ルークと私はこのわだかまりが時間と共に消えて行くだろうって確信した。
ミアがルークとマーシャルを見て、
「先を越されてしまいましたね」
と言ったのは聞かなかった事にしよう……。
でも、アイゼルがルークに、
「クレアが僕の子供を身ごもっているかもしれないと言うのは誤解だ」
と話していた。
「え!? そうなんですか?」
とルークが不思議そうに驚いていたけど他意はない筈。
アイゼルの血を引いた子が産まれるのを阻止しようと言う勢力が教会内にいて、ホムンクルスの治療でルークが操られたのはその勢力のせいだと言う説明をした。
アイゼルが皇帝の弟だと言う事は今はマーシャルにもルークにも伏せている。
話す時は来るだろうけど、今ではない。
2人ともターニアを託されて皇帝には会ったことがあるのだ。
薄々は何かを感じているとは思う。
「一緒にターニアさまの部屋の前で番をしていた兵士が、お二人がとても仲がいいと言っていたので信じてしまいました……」
ルークが少し照れたように言う。
私も恥ずかしくなった。
多分、私が朝までアイゼルの部屋で過ごした日のことをその兵士は言っていたんだ。
私とアイゼルの6年間の不仲を心配していた者が城砦にはたくさん居たと聞いていて、兵士もその一人だったんだろう。
何もなかったのに、噂されるのは期待させて申し訳ないし恥ずかしい。
アイゼルは気にも留めない様子でルークに質問する。
「それを知った時に何かおかしな事は無かったか?」
「おかしな事……ですか?」
ルークは考える。
「とても嬉しい事だと思いました。でも、言われてみればおかしいですね。僕はこの城砦に来たばかりなのに、お二人の仲をそんなに喜ぶのは……」
もしかして、その時もルークは操られていたの?
私にはそこまで疑うほどの確信はないけれど……。
アイゼルは違う考えがあるようだった。
「城砦の教会には何故行かなかったんだ? 君は都市に着くと教会を必ず訪れていたのではないか? 城砦に着く前の辺境の都市では教会に行っただろう?」
アイゼルの言葉に、教会での治癒魔法をルークが断った事を思い出す。
マーシャルは見て欲しいと言っていたけど……。
「毎回ではありません。ホムンクルスの治療を受けた後には、出来るだけ教会で僕の命を救ってくれたホムンクルスに祈る時間を持つようにはしてましたが……、あれ? ……なんで……」
ルークが戸惑って答える。
確かに私もあの時は、ルークらしくないと感じた。
「ホムンクルスの魔力にさらされている間は、身体の自由が奪われなくとも、軽く操られていたんだろ」
そうアイゼルが言う。
「……」
ルークは言葉を失った。
「いつから、そのおかしな状態は始まったのか覚えているか?」
それでもアイゼルの尋問は止まらなかった。
「今は、君からホムンクルスの魔力は感じないから安心していい。ただ、過去のどの時点でホムンクルスの魔力が使われたのか、大事な事なんだ」
少しだけ安心させる言葉を入れた。
ルークも事の重大さにショックを受けるよりも立ち向かうつもりで、記憶を辿ってくれた。
結論はこの城砦に着くまでおかしな兆候はなかったと言う事だった。
「……辺境には、ホムンクルスの治療で他人を操れるような上位の司祭はいない……。ここから一番近く上位の司祭がいるのは……」
……と言うわけで、私たちは城砦都市のフェルゼンに来たのだ。
正直ここで見つからなければ、前に立ち寄った都市、そこで見つからなければ、さらに前の都市……。
と、あまりいい考えとは思えない。
ただアイゼルには何か考えがあるらしい。
それにしても、ただでさえアイゼルや皇帝陛下の血脈をめぐる陰謀に巻き込まれているのに。
私は、原作にでない華やかな仮面舞踏会の都市にやって来た——
原作では仮面舞踏会の裏で陰謀が渦巻く場所があると書かれているだけ。
私がここで出来る事は無いけれど、華やかな貴族や教会の司祭が集まる場所。
原作知識を頼りに、潜んだ陰謀の糸を探せるだろうか——!




