皇弟と運命の歯車はやはり狂う【マーシャル編】
翌日。
私は宮廷内を案内された。
皇帝陛下の病弱な弟君の為に、私のオートマタ技師としての力が必要だと聞いていたが、一向に皇弟の元には案内されなかった。
昼過ぎにやっと皇弟の所へ行く。
ちょうど門の方へ着飾った女性たちが歩いて行くところだった。
「何ですか? あの人たちは?」
私は案内してくれる執事に聞いた。
「ああ、……あれはアレイウス様のお客様です。あなたも今後は顔を合わせる事があるでしょうが、気にしないように」
んん?
「アレイウス様、新しいオートマタの技師です」
「マーシャル・ジェイズです」
皇弟の部屋に通され紹介されて挨拶をする。
皇弟のアレイウス様はとても痩せていた。
病弱なのは本当で、ベッドの上で座る姿も痛々しく見える。
「……そうか」
アレイウス様はそう言って私を一瞥しただけだった。
高貴な人はこんなものか。
「動かなくなったオートマタがあったでしょう? あれを直して貰いましょう」
アレイウス様付きの侍女が言って、小さなオートマタを持ってくる。
え!?
それは子供の頃に私と一緒だったオートマタだった。
帝都を離れる前に壊されてしまったけど……。
同じ型がまだ残っていたのね。
私は知らず微笑んでいた。
「直せるのか!?」
アレイウス様が大声で言う。
驚いて見ると、期待と必死さが滲みでた表情をしている。
頬はこけているが、驚くほどに整った顔をしている。
何処かで会ったような気がする。
「えっと、見た限りは直せそうですが、中を見てみないと……」
私は、戸惑って歯切れの悪い言い方になってしまう。
「すぐに直してくれ!」
アレイウス様の期待は途切れずに、力強く言う。
「では、作業して参ります……」
そう言って執事を見るが、
「ここでいい」
と、アレイウス様に言われてしまう。
驚いたが、執事が頷いたので、ここで作業する事にする。
まさかこんなに早く作業に入るとは思っていなかったけど、道具の入った鞄を持って来ていて良かった。
私は、一応は部屋の隅のほうに行き鞄を広げる。
小さなオートマタに道具をあてて内部の魔力の偏りを調べると、動力源の魔石の魔力はまだ十分にあるが、一部から魔力が消えている。
丁度持っている部品だったので、中を開けて交換する。
ジイイィィィ……
小さなオートマタがゆっくりと起動した。
「あ……!」
気づくと、横にアレイウス様がいた。
小さなオートマタに手を伸ばすと、愛おしそうに抱える。
オートマタを修理してこんなに喜ばれた事があっただろうか?
私は感動してしまう。
「ありがとう」
アレイウス様が私に笑顔でそう言った。
眩しい笑顔に記憶が蘇る。
——アイゼル様!
何故か私は初恋の王子様を思い出していた。
◆◇◆
宮廷で働き出してから一週間が過ぎていた。
小さなオートマタを直した事で、私はアレイウス様に気に入られたらしい。
大きなオートマタの修理もアレイウス様の部屋でしていい事になった。
私が雇われたのは、病弱なアレイウス様の為に病気を持つ人間との接触を避ける為に、オートマタがアレイウス様のお世話係として採用されているからだ。
私が部屋に入ったら本末転倒な気がするけど……。
「帰っていいぞ」
夕方になると私はアレイウス様の部屋から追い出される。
私が部屋を出ると、初日にすれ違った着飾った女性たちが入れ替わりに部屋に入っていく。
正直言って、人間から病気を貰うのを避ける事は上手くいっていないと思う。
「どうして、コイツがそんなに大事だったかって?」
アレイウス様が私に聞き返す。
私はすっかりアレイウス様と話せるようになっていた。
だから、気になっていた初日に修理した小さなオートマタ——名前をコロロと言うらしい——の事を聞いてみた。
「昔、……アレ、兄のモノだったのを貰ったんだ」
悲しそうな目で遠くを見つめて答える。
「兄って、皇帝陛下からですか?」
どうしてそれが大切にする理由なのかしら?
同じ宮廷で暮らしているのに?
「あ、……ああ。皇帝になる兄上とは別に住んでたから……、中々会えなくて大事だったんだよ……」
ふーん、皇族には皇族の複雑な事情があるのね。
アレイウス様は、私が大きなオートマタの整備や修理をしている間もずっと横にコロロを置いている。
私はそれを見るといつも嬉しくなって、少し元気になれた。
病気なのに毎晩、女性を呼んだり、欠点も多いけど……、オートマタを大事にする人は嫌いになれない。
それに、アイゼル様に似ている——。
ベッドに座るアレイウス様を夕陽が照らす。
見事な金髪が赤みを帯びて輝いて、碧眼は灰色に見える。
辺境の地でアイゼル様と別れる時も、こんな夕陽に沈む空だった。
逆光からアイゼル様を見上げたら、髪の縁が輝いて、瞳の色もこんな風に黒に近い灰色に見えた。
そして、優しく笑って小さな私のプロポーズを聞いていてくれた。
思い出してカッと赤くなる。
アレイウス様はアイゼル様じゃないのに……!
「ゆ、夕方なので戻ります!」
そう言って、道具を鞄に詰めていく。
アレイウス様に見つめられている気がしてドキドキする。
鞄を持って立ち上がると、アレイウス様がすぐ横にいた。
ドキッとした。
「あ、あの、彼女たちが来る前に、出て行きますね」
そう言って出口へ向かう。
でも、手をアレイウス様に掴まれる。
病気とは思えない力強い手で、壁に身体を押し付けられる。
「マーシャルが相手になってくれてもいいんだ……」
顔を近づけて、アレイウス様はそんな事を言う。
痩せては居るけれど、やっぱりとても似ている——。
見惚れて一瞬止まってしまったが、
「止めて下さい! 戻ります」
そう言うと、手を振り払って部屋の外に向かう。
ガチャ
ちょうど私が扉に手をかけたと同時に扉が開いた。
ドッ
入れ違いに入って来た人と軽くぶつかってしまう。
「す、すみません!」
慌てて謝る。
「いえ、こちらこそ気をつけていなくて、すみません」
穏やかな声だった。
見上げると、とても美しい人が立っていた。
なんて美人!!
そして奥には、こちらにも目を引く美人が!
「兄上! ルシアン!」
アレイウス様が言う。
「ダメだよ、アレイウス。使用人に手を出してはいけないと言っているだろう」
奥の美人が言う。
アレイウス様の兄上と言う事は、皇帝陛下!!?
宮廷に居ればお目にかかる事はあると思っていたけれど、まさか、今!
「弟がすまないね」
そんな風に声を掛けられる。
「あ、いえ、だ、大丈夫、です!」
私は緊張から混乱して舌がもつれながら答える。
「なんだ、僕とは普通に話すくせに」
アレイウス様が言うけど、慣れというモノがあるのよ!
「すみません! 時間なので戻ります!」
失礼に当たるかもしれないけれど、高貴な方と出会った事と、アレイウス様に迫られた事。
二つの混乱からすぐに逃げたかった。
廊下を走り出した私に話し声が届いた。
「クス。可愛らしい子だね」
「兄上には関係ないだろう」
なんだかとっても恥ずかしくなる。
◆◇◆
何も考えずに走ったら宮廷の外に出てしまった。
さっきの美人は皇帝陛下と、ルシアンと呼ばれていたけど誰だろう?
身分が高い方だとは思うけど……。
皇帝陛下はアレイウス様に似ているけど、もっと繊細で女性的な感じのする方なのね。
噂通りの美青年で間違いないけど、ちょっと驚いた。
それ以上に驚いたのはルシアンと呼ばれていた方だ。
もっと繊細で美しくて女性と見間違いそうだけど、しっかり男性的な美しさもあって、とても不思議だった。
宮廷って、こんなに美形が集まるところなのね。
さっきのドキドキが収まって、自分の部屋に戻ろうとした時、
「マーシャル?」
呼び止められる。
見ると門番の兵士の一人が立っている。
——何故、私の名前を知っているんだろう?
門番どころか、帝都に知り合いなど居ないけど。
「マーシャルだろ? ルークだよ。覚えてないかな、昔、近所に住んでたんだ」
昔とは5歳まで住んでいた帝都の家の事だろう。
正直、いい思い出はない。
近所の子たちには、いじめられてた。
要するに、知り合いならこの人がいじめっ子だ。
「昔、君をいじめた事を謝りたくて……」
今更そんな事を言われても、もう遅いしどうでもいい。
変な事を言うやつだと思って、じっくり顔を見る。
——え!?
アイゼル様——。
髪の色は黒で瞳も黒色。
アイゼル様の金髪碧眼とは似ても似つかないけど、夕陽の中の黒味を帯びて見える灰色の瞳を思わせる。
「俺はルーク・マクドナルド。もし、やり直せるなら、友達になってくれないか、マーシャル」
ルークの笑顔に、私はドキッとした。
こんなに素敵に笑ういじめっ子は覚えていないけど、懐かしい気持ちになる——。
一体、宮廷にはどれだけ美形がいるの!?




