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結婚したのに6年間無視され続けた私、本当の理由  作者: 唯崎りいち
第二章 光差す聖堂・仮面の夜
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運命を変えるために、君と行く

 ターニアの部屋に行くとちょうど起きていた。

 会いに来る時間がなかったけど、抱っこすると笑ってくれた。


 アイゼルも私の隣でターニアに優しい微笑みを向けている。


 ただ、その微笑みには陰りがあった。


 皇族の血を巡る陰謀に、女の子のターニアは巻き込まれずに済んでいる。

 けれど、男の子を宿しているかも知れないってだけで、私が襲われた。


 敵は魔力を継ぐ皇族の男子の血を絶対に絶つつもりなんだ。


 ——その結末を、この物語の世界に転生してきた私は知っている——。


◆◇◆


 うとうとし始めたターニアは侍女たちに任せて、私とアイゼルは、アイゼルの自室に戻って来た。


 部屋に入るとアイゼルに抱きしめられる。

 いえ、私が抱きしめたのかも知れない。

 どちらからなんてどうでもよくて、ただ心臓の鼓動が心地よく響く。


 ずっとこうしていたいけれど、アイゼルと話さなければいけない事がまだあった。


「アイゼル! 教会の事はどうするの?」


 アイゼルの身体から少し離れて顔を見上げて、私は単刀直入に聞く。


 陰謀の主は教会の相当上位の魔法技術を操れる者だ。

 狙われ続けている以上は、探し出して対抗する必要がある。


 アイゼルは目を少し逸らして迷って答える。

 私には話したくなかったみたいだ。


「もちろん、ホムンクルスの魔力を介してルークを操った者を探す。教会でも高位の者しか知らない魔法だ。かなり容疑者は絞られる」


「どうやって探すつもりなの?」

 私はアイゼルの方をジッと見つめて聞く。

 ちょっと尋問みたいだと思った。


「ルークがホムンクルスの治療を受けた経緯が、偶然だったのか意図されたモノなのかで調べる方向性も変わる。ルークの話を聞いて、ロイス達を調査に向かわせるつもりだよ……」


 アイゼルの言葉には迷いがある気がした。


「……アイゼルは行かないの?」


 6年間の形だけの結婚で、アイゼルはほとんどこの城砦にはいなかった。

 私と顔を合わせないようにしていたんだと思うけど、仕事があったのも本当でしょう。

 だから、置いて行かれるのは慣れてるけど……。


 アイゼルが微笑む。


「……僕はもう君の側を離れないよ」

 私が不安な表情をしていたのね。

 優しいキスに不安だった心が温かくなる。


 けれど、それじゃダメなの。


——2年後に皇帝、アイゼルのお兄さんが暗殺される。

 これが原作で起こる出来事。


 これをキッカケに、アイゼルとマーシャルは城砦から帝都へ向かわなくては行けなくなる。


 そして、アイゼルの双子の弟も亡くなり、アイゼルが弟になり変わって皇帝になって終わる物語——。


 黒幕も倒され、マーシャルのお祖父さんの名誉も回復する。

 原作はハッピーエンドだけど……。


 私が触れているアイゼルは優しい微笑みを私に向けている。

 私を守る事を最優先で考えてくれるアイゼル。


 私は嬉しいし、ずっとこの腕の中で守られているのが最上の幸せだけど……。


 アイゼルが本当に幸せになるには、私だけじゃダメなんだ。


 初めて会った時に、一生懸命に身の丈に合わない難しい本を読んでいたのは誰の為?


 お兄さんと弟を救う——。


 アイゼルの幼い頃からの願いだ。


 ——そして、私はそれが出来る!


 2年後に、敵の狙いが成功する前に捕まえて阻止する!


 そうすれば、アイゼルはお兄さんと弟を救える。

 本当のハッピーエンドを迎えられる!


 私は、アイゼルを強く抱きしめる。


「なら、離れないで一緒に行きましょう。アイゼル」

「え?」


 アイゼルが驚いて、密着していた私の身体を引き離して、私の顔を見つめる。


「帝都まで行って、アイゼルのお兄さんと弟を助けるのよ」

 ニッコリ私が笑顔で告げる。

 アイゼルは目を丸くして驚いている。


 自分が偽物のヒロインだと知ってからずっと考えていた。

 マーシャルと同じ事が出来るのかって。


 マーシャルみたいにオートマタの知識も魔石の扱いにも長けてない。

 アイゼルと同じ苦しみも共有できない。


 でも、アイゼルの本当の願いを叶えて、本当に幸せにしてあげられるのは、私だ——!


 私がアイゼルの本当のヒロインになる!


◆◇◆


 と、決意したものの……、


「絶対にダメだよ、クレアちゃん」

 アイゼルがニッコリ笑って私に告げる。


「どうして? この城砦だってもう知られてしまって安全じゃないのよ?」

 私が抗議する。


「それでもここが一番安全だよ。僕がずっと側にいるから、クレアちゃんは何も心配しなくて良いんだよ」


 ポンポンと頭を撫でられる。

 完全に子供扱いされている。


「アイゼル! 狙われてるのは私だけじゃない……」

 言う前にアイゼルに抱き上げられる。


「もう今日は休んだ方がいい」


 有無を言わさずにベッドに寝かされる。

 横に寝転んだアイゼルが手で顔を支えながら私の顔を優しく覗き込んでる。


「怖くないよ」

 もう片方の手は私の手を握っている。


 話してる途中なのに、子供扱いで寝かしつけられるのは嫌だった。

 アイゼルが私を安全な閉じ込めておきたいから誤魔化してるだけなのに!


 ——ただ、安心出来てしまう。

 自分がターニアみたいな無垢な赤ちゃんに戻った気がする。


 アイゼルはどうしてこんなに、子供の扱いが上手いんだろう……。


『オルフェウス、怖くないよ』


 小さなアイゼルが、まだ、アレイウスと呼ばれていた頃のアイゼルの言葉が閃いた。


 病気がちでベッドで苦しそうに咳をする弟の顔を、隣で横になって頬に手を当てて見つめながら片方の手は繋いでいる。


 今の私にアイゼルがしてくれているのと同じ光景が、本の中にあったわ。


「……」


 私は顔だけをアイゼルに向けた。


「こうやって、ずっとオルフェウス様を守っていたのね」


 小さなアイゼルがまだそこにいる。

「まだ、オルフェウス様は待ってるわよ」


 アイゼルは寂しそうに笑う。

「オルフェウスがずっと昔に死んだんだよ。今帝都にいるのはアレイウスだ」


「それは……」

 私が話そうとすると、アイゼルの唇で塞がれる。


 長い吐息が漏れた後に、

「少し、魚の匂いがする」

 とアイゼルが言う。


 夕食に食べたんだから、魚の匂いがしてもおかしくないけど……。

 今は、関係ない。


 でも、アイゼルは眉間に皺を寄せてスゴく嫌そうな顔をしてる。

 私の事をずっと離さないで抱きしめたまま、顔だけ嫌そうにしてる。


「何よ! アイゼルだって食べたでしょ! もう、全然魚嫌いのままじゃない!」


「食べれるようになったからいいんだよ」

 私が怒るとアイゼルは平然と答える。


「ダメ! 好きになってないなら笑うんだから」

 むっと拗ねたように反対を向いて私が言うと、アイゼルが笑って背中から抱きしめる。


 話がそれて誤魔化されてる。

 でも、いつの間にか私はアイゼルの正面を向いていて、抱き合ったまま眠っていた。


◆◇◆


 クレアが僕の横で眠っている。

 いつもと同じ可愛い寝顔だった。


『帝都まで行って、アイゼルのお兄さんと弟を助けるのよ』


 僕が幼い頃に言った事を覚えていてくれたんだ。


 そして、僅かな情報から、僕が皇帝の弟だと見抜いていた事は、やはり気になる。


 僕は幼い頃の出会いから、彼女を手に入れる事が兄と弟を救う事だと思っていた。

 ただ、今はクレアの方が兄や弟より大事だ。


 この城塞が敵に知られた以上は、クレアの言うように、いつここがまた襲われるか分からない。

 この城砦でクレアの側に居続けたら、城砦の外に敵が近づく事を許してしまう。


 現実的にはこの城砦でクレアを守る為には、僕がずっと側にいる事は出来ない。


 だから、迷っていたんだ。


 クレアを連れて帝都に行く。

 その決断が、出来なかった。


『まだ、オルフェウス様は待ってるわよ』


 今、帝都にいるのは、かつての僕の名を持つアレイウスだ。

 僕がこの辺境に匿われる時に、弟もオルフェウスは死んだ事にされ、アレイウスになった。


 誰もその名前を忘れた弟を、彼女はオルフェウスと呼び、僕を待っていると言う。


「君は一体……」


 僕は彼女の身体に触れて温もりを感じた。

 そこには確かに、僕の愛する人がいる。


 クレアが僕の願いを願うなら、僕は彼女の願いを叶えよう——。


◆◇◆


 目が覚めると、隣のアイゼルの執務室から声が聞こえた。

 一緒に寝ていたアイゼルはベッドにいない。


 私が執務室の扉に向かうと誰かが外へ出て行く音が聞こえた。


「クレアちゃん、起きたね」

 すっかり着替えているアイゼルが言う。


 外の日差しから、まだ朝だと思うけど、遅く起きてきた事が少し恥ずかしい。


「今、誰かと話していたでしょう?」

「ロイスが、ルークとマーシャルが教会の事で話したい事があると言っていると報告に来たんだ」


 ルークは教会に操られていた事で城砦の一室に閉じ込められている。

 昨夜、恋人のマーシャルが会いに行っていたけど……。


 マーシャルも教会とは因縁があるけれど、私に詳しく話せば教会と対立する事になり、後戻り出来なくなる。

 だから、私は話を聞く事を保留にしていたのだ。


 その2人が『教会の事で話したい事がある』と言うのは、決意が固まったと言う事。

 教会と戦う意思の現れだ。


 私は、この物語の本当のヒロインのマーシャルなら、戦うだろうと思っていたから驚きはない。

 ルークも真っ直ぐな青年だから、逃げる事はしないと思った。


 だから、唯一の障害は目の前にいる私を守る存在——アイゼルだ。


 昨日は誤魔化されたけど、ちゃんと話をしようと私の口が開きかけた時……。


「クレア、僕と一緒に帝都に行ってくれるね」

 そうアイゼルが言った。


 私は意外な言葉に目を丸くする。

 昨日の今日で随分と態度が違う。


「ん……」


 でも、アイゼルが決意してくれたなら、私の答えは一つだった。


「うん!」


 そう言って私はアイゼルに抱きついた。



今後の更新スケジュールについて活動報告を書きました。

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