私と少女の知ってはいけない秘密
『では、クレア様も知っているんですか、教会の秘密を』
マーシャルが私の瞳を真剣な眼差しで見つめる。
マーシャルの深い緑の瞳に疑念と期待が波のように揺れている。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
今になって事の重大さに気が付いた。
ただ、マーシャルを慰めたい一心だったけど、この言葉を彼女から引き出してしまったからには後戻りは出来ない。
背後で、ギリアムが私とマーシャルの様子を固唾を飲んで見つめている。
『知ってはいけない情報ですから』
ギリアムの言葉が重くのしかかって来る。
何も知らずにルークが釈放されるのを待っていたら、そこで全ては丸く収まっていた。
ルークは無実で、罪に問われる事はないのだから。
でも——。
『何も知らずに待つのは辛いわ……』
6年間の私自身の形だけの結婚生活に対して思わず出た言葉だけど、
マーシャルは私なんかよりもずっと辛い“待つ時間”を過ごしているんだ。
転生者として、マーシャルのヒロインの立場を奪ってしまった私。
アイゼルとこの世界の運命に立ち向かって行くつもりだ。
だから、マーシャルはルークと言う新しい恋人と、陰謀とは無関係に過ごして欲しいと思ってた。
——でも、彼女にも自分の運命に立ち向かう権利がある。
私は軽く息を吐いて微笑んだ。
「マーシャル、ルークは必ずあなたの元へ戻します。だから、もう何も言わなくてもいいわ」
マーシャルが落ち着くように、ゆっくり、優しく話しかけた。
私を見つめるマーシャルの瞳から、興奮の波が消えて、落ち着きを取り戻していく。
ただ、暗く瞳が沈む。
長年、追い求めていた秘密の輪郭に手をかけたら、するりと指先を掠めて通り過ぎていってしまった。
そんな絶望が彼女を包んでいる。
私とマーシャルを見つめていたギリアムの表情はまだ固く、迷っているようだ。
秘密の欠片を露呈させたマーシャルをどう扱うべきなのか。
このまま彼女がルークとのささやかな幸せを選ぶなら、見逃して欲しいと私は願った。
でも、マーシャルはそうしないような気がした。
——そして、予感が当たる。
息を呑んで唇を噛んだマーシャルは、次に口を開く——。
でも、私はその唇にそっと手を当てて、
「ピクニックに行きましょう!」
そう言ってニッコリ笑った。
唖然とするマーシャルに向かって、
「ルークと会った後に、もう一度、話を聞かせてね」
そう付け加えるのを忘れずに。
「ピ……クニック……」
マーシャルは呆気に取られる。
けど、私の意図を察したのか深い緑の瞳で力強く頷いた。
迷いのない瞳で、教会の秘密を見つめている。
◆◇◆
アイゼルの部屋の前での護衛に引き続き、私の自室の前でもコリンとダリルが見張りをしてくれていた。
ピクニックの用意が届くとギリアムの他にやはりコリンとダリルも付いてくる。
見知った城砦内で護衛を3人も連れて移動するなんて大袈裟だと思ったけど、ルークに襲われてからまだ半日しか経っていない。
今日ばかりは仕方ないだろう。
ミアは軽食が入ったバスケットを一人で張り切って持って歩いている。
マーシャルはまだ緊張しているけれど、太陽の下で少し安らいで欲しい。
そして、ギリアムはそんなマーシャルへの対応を保留中。
私自身もアイゼルとの間の問題は解決していない。
けど、ミアとギリアムが私を信じてくれている。
それが分かっただけで気持ちは晴れやかだった。
マーシャルを励ます為のピクニックでもあるから、いつも以上に楽しく振る舞おうと思った。
そして——。
「“お兄ちゃん”とまたピクニックが出来て嬉しいわ、ギリアム」
本当に心からはしゃぎたくなる事実だった。
私が笑いかけると、ギリアムはまた驚いたように目を見張った。
どうしてかしら?
ギリアムは私と話したくないのかしら?
私に対する信頼は伝えてくれるのに……。
「……思い出されたんですか!? クレア様!」
驚きの声が背の高い方の護衛のダリルから上がった。
側で背の低いコリンも目を瞬かせている。
「……知っていたの? 2人とも」
ギリアムと同じくアイゼル腹心の騎士の2人だけど、私とはほとんど接点がない。
「クレア様とアイゼル様が幼い頃に出逢われた話は僕たちも小さな頃から何度も聞いています。そこにギリアムが居たのも知っていますよ。ロイスも一緒に、俺たち3人で早くギリアムがクレア様に気づいてもらえたらいいなって話してたんですよ!」
太陽みたいな笑顔でコリンが話す。
ギリアムは横で少し気まずそうに目を逸らしている。
「そうだったの? 言ってくれたら良かったのに。“お兄ちゃん”に私も会いたかったのに」
もし、“お兄ちゃん”がいたらアイゼルと話が出来るんじゃないかって、淡い期待を持った事もあった。
ダメね。
これじゃ、ギリアムを責めている様に聞こえるわ。
少し陰った私の表情に気付いたギリアムが、慌てて言う。
「アイゼル様を差し置いて名乗る事は出来ませんでしたが、クレア様の幸せを願っていました。ここにいる、2人も、ロイスも」
「コリンとダリル、ロイスも?」
ロイスもアイゼルの腹心で、コリン、ダリル、ギリアムと、ここにいないグレン様と、5人が子供の頃から一緒の仲だ。
原作ではマーシャルがアイゼルと彼ら5人の間に本当の信頼関係を持ち込むけれど……。
——私の存在で、彼らは既に強い信頼関係で結ばれていた。
また一つ、この世界の暖かさを感じた。
「みんなで、私の事を話していたの? アイゼルも?」
「アイゼル様はいつもクレア様の事を話していましたよ。苦手な魚料理もギリアムに怒られて、『ぴえ〜ん、クレアちゃんに笑われるぅ』って食べられるようになったんですよ」
コリンが小さな男の子の声を真似てそんな事を言うから、私は思わず吹き出してしまった。
「コリン!」
ギリアムが嗜める。
でも、もう遅くて、ミアもマーシャルも笑っていた。
「海近くのこの城砦で魚が食べられないのは大変ですよね、クレア様のおかげでアイゼル様が魚が食べられるようになって良かったです」
ミアが笑いながら言って、マーシャルも続く。
「ここのお魚美味しいのに。アイゼル様も小さな頃があったんですね! ちょっと情けないけど、とっても可愛いです!」
マーシャルが笑ってくれて私はホッとする。
けど、コリンがやったのはあくまで誇張した物真似であって、アイゼルは小さい頃ももっとカッコよかったわよ?
「3人から、小さなアイゼルの話を聞けるの楽しみだわ」
そう言いながら、女同士で先頭に立って庭園の東屋に向かう。
色とりどりの花に囲まれた、色彩の乏しい辺境では奇跡の様な場所だった。
東屋に目を向けると、息を飲んだ。
絵の様に美しい男性が座っていたから。
「アイゼル……」
私の唇が彼の形に動いた。
思いがけずに姿が見れた事に嬉しくもあったけど、今は——会いたくなかった。
アイゼルが私を見つめる瞳にも、今は会いたくなかったという陰りを感じる。
ミアやギリアムに自信を貰ったけれど、私が必要なのはたった一つだけ。
あなたが私を信じてくれる事だけ——。




