少女に渡してはいけない秘密
まだ私はアイゼルの部屋にいた。
私がマーシャルに会いたいと言うと、ギリアムにダメだと言われる。
「どうして?」
と私が首をかしげて言うと、ギリアムが驚いたように目を見開いた。
?
本当にどうしたのかしら、ギリアム?
「クレア様……?」
「何? ミア」
振り返ってミアを見ると、ミアも驚いた顔をしていた。
「……なんだか、雰囲気が変わられたような……」
「え?」
そう言われたら、ギリアムに向かって『どうして?』なんて首をかしげる仕草をするなんて子供みたいだと思った。
昔の記憶を取り戻して、ギリアムがあの時に会ったお兄ちゃんだと思い出して、子供の頃に戻ってしまったみたい。
恥ずかしくなって顔を右手で押さえる。
「ごめんなさい、私、ちょっと混乱したみたい」
「いえ。……大丈夫です、クレア様」
そう言って、ギリアムが優しく微笑む。
安心した私は、
「ありがとう」
お兄ちゃんっと、満面の笑みで続けそうになって慌てる。
ギリアムがまた驚いた顔で息を詰まらせる。
また、変だ私。
「ミアー!」
私はミアに抱きついたけど、これもまるで子供のような仕草で驚いてしまう。
「どうしたんですか? クレアお嬢様」
と、昔の呼び方に戻ってミアが抱きしめてくれた。
お母様に冷たくされて悲しくなった時にはいつもミアが慰めてくれた。
——ミアの温もりが私を落ち着かせてくれる。
小さな頃に引き戻されてしまったけれど、私はミアと一緒に大人になったクレアだ。
「あ、ありがとう、ミア」
ミアから身体を離した私は、少しだけ照れて言う。
「クレア様が甘えてくれるとミアは嬉しいです。私がクレア様の事が大好きだって思い出してくれたなら嬉しいです……」
少しだけ泣きそうな目でミアが言う。
ミアにはすごく心配をかけてしまっていたのね。
転生者だと私が自覚する前から、多分ずっと。
ミアの優しさに胸に温かさが広がる。
「あなたが、本来の自分を取り戻してくれたなら、私も嬉しいです」
見守っていてくれたギリアムが微笑んで言う。
今のやり取りを見られていたのは恥ずかしいけど、ギリアムも私を心配してくれていたんだね。
「ありがとう、ギリアム。ずっと私を見守ってくれていたのね」
心からそう言うと、ギリアムは少し照れたように顔をそらす……。
とても心が温まる時間になったんだけど……。
ルークが地下牢に連れて行かれてしまって、マーシャルの心は温かさどころか、嵐が吹き荒れているだろう——。
私は一度目をつぶって気持ちを切り替える。
「それで、マーシャルに会わせて欲しいの」
もう一度ギリアムにお願いする。
「ダメです。クレア様」
また、キッパリと断られる。
「どうして?」
私が首をかしげてギリアムを見つめて言うと、またギリアムが息を飲む。
「ギリアム! いい加減にクレア様の可愛さにいちいち取り乱さないで下さい!」
ミアが口を挟む。
ゴホッと咳払いしてギリアムが話し始める。
「マーシャルにはルークが操られていたとは話せません。手段が手段ですから、気軽に漏らすわけにはいかない。
ルークは罪人ではなく、アイゼル様も被害者と考えています。時期が来れば自由になれます。その時には理由も出来上がっています。それまでマーシャルと会うのは待って下さい」
——国家機密レベルの重大事項で知られてはいけない、知っていてはいけない手段——。
マーシャルに話せない事情は分かるけど……。
「何も知らずに待つのは辛いわ……」
私から、ふと漏れた言葉にギリアムの顔が曇った。
6年間のアイゼルとの形だけの結婚生活——。
ルークとマーシャルの事と重ね合わせたわけじゃ無いけれど、意図せずに重なってしまった。
私の、絶対にマーシャルに会わなきゃって思いが強くなると同時に、ギリアムの顔にも諦めが見えた。
「ルークが操られていた事は話さないで下さい。マーシャルの為にも、知ってはいけない情報ですから」
ギリアムに言われて、
「ありがとう」
と、微笑みながら言った。
ただ——、私は、マーシャルがこの事を知っているような気がしていた——。
◆◇◆
アイゼルの部屋から自室に戻る。
昨日、ルークに襲われた場所。
昼の光に包まれたカーテンがベッドに柔らかい光の波を作っている。
あのベッドの上で虚な目のルークに押し倒されてからまだ半日程しか経っていなかった。
自室に入る前は少しだけ怖かったけど、夜とは全く違う風景になんの感情も湧いてこなかった。
でも何故、不安があるのにこんなに早くに自室に戻る事になったかと言うと——。
「ちょうど天気もいいですし、ピクニックに行きましょう、クレア様!」
ミアが急に言い出した。
確かに今日は天気がいい。
これから会うマーシャルも外に連れ出した方が気分も明るくなる気がした。
ギリアムも賛成してくれて、
「ピクニックの用意をさせましょう」
と言ってくれたんだけど……。
「用意する間、マーシャルはオートマタの点検でターニア様の部屋にいますから、近くのクレア様の部屋で話をするといいですね」
と付け足したのだ。
ピクニックの用意は時間がかかるだろうから、合理的な判断なんだけど……。
昨日、あんな事があった場所なのに——。
「ギリアム。もしかして、クレア様の部屋に届く本を選んでいたのはあなたですか?」
ミアが尋ねると、
「そうだが……。女性の好む小説を選んだんだが、何かあったのか?」
そう答えた。
私とミアは少しだけ顔を見合わせて笑った。
ギリアムが選んでくれたのは恋愛小説で、アイゼルとの結婚が上手くいっていない私には、幸せな物語を読むのが辛かった。
誰が選んで届けてくれていたのか、少し気になていたんだけど……。
「女性にとても好評でしたよ。私や他の侍女たちも読ませて頂いています」
ミアが言うと、ギリアムは、
「そうか」
と、あからさまにホッとしていた。
自室の事と言い、真面目で気配りもできて有能なギリアムだけど、ちょっとだけ女性の気持ちを読むのは苦手みたい。
そこが可愛く見えて、私はお兄ちゃんの事がますます好きになった。
ニコニコとギリアムを見ていたら、ギリアムに気づかれて目をそらされてしまう。
自室に入ってあまり時間を空けずに、マーシャルが入ってきた。
ミアは側にいてもらうけど、ギリアムも護衛と私が余計な事を言わないか見張る為に部屋にいた。
マーシャルは前に見かけた時とは別人のように俯いて表情が暗い。
「あ、クレア様……」
はっきりした言い方を好む明るく物怖じしない子。
それが原作を読んだ時、実際に会った後、両方のマーシャルへの印象だったけど、今は違う。
それでも——。
「も、申し訳ありません! ルークが……。あんなに良くしていただいたのに……」
精一杯の謝罪の言葉を紡ぐ。
ルークの為に。
私はそっとマーシャルを抱きしめる。
「大丈夫。ルークの事は怒って無いわ」
「……でも、ルークがクレア様を……」
泣きそうに震えた声でマーシャルが言う。
「……ルークが悪いわけではないの……」
私は告げる。
これが今の私に言える精一杯の安心させられる言葉——。
私の腕の中で、マーシャルの身体が揺れる。
それは、私の言葉に安心したわけではない。
何かに気付いた衝撃がマーシャルを貫いた揺れだった——。
ハッと顔を上げると、
「では、クレア様も知っているんですか、教会の秘密を」
マーシャルの言葉に、今度はギリアムが身体を震わせる番だった。
——部屋の空気が変わる。
やっぱり、この子は知っているんだ——!




