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初恋の宝物と離婚できない理由

 アイゼルの部屋から出ると、部屋の前にいたギリアムが心配そうな目を私に向けていた。


 ギリアムは知っていたのだろうか?

 知りながら私を呼んで知りながら部屋に通したの?


 ギリアムに対する怒りがフツフツと湧いた。


 でも、それがギリアムの仕事で、アイゼルに絶対さからえないのも知ってる。

 だから心配そうに向けてくれる眼差しが彼の精一杯の思いやりなのだ。


 スゥ、と怒りを飲み込んで、

「ギリアム、ありがとう」

 私は今作れる精一杯の笑顔で言う。


 ギリアムの心配そうな目の色が一層深くなった気がした。

 私が無理をしている事は伝わっている。


 一人で自分の部屋まで戻れると、送ってくれるつもりのギリアムを断ってアイゼルの部屋を後にする。


 “一人になりたい”

 その気持ちを分かってくれたのかもしれない。


 アイゼルの部屋と私の部屋は、夫婦だと言うのに一番離れた場所にあった。

 考え事をしながら歩くと、今日はいつもよりも遠く感じた。


 ただ、私の部屋で待っているミアに報告するのを少しでも遅らせたいだけかもしれない。

 話せばこれが、現実になってしまう——。


 私は離婚なんてしたくないの。

 嫌われてもいいから初恋の人とずっといたい。

ずっとアイゼルが大好き! 大好き大好き大好き!


 でも、アイゼルはそうではないの。


 心の距離が遠すぎるのは最初から分かっていた。


◆◇◆


 憔悴しながら歩いていると、途中にグレンがいた。

「大丈夫だったでしょう?」

 普通に話しかけられた。


「大丈夫じゃありません! グレン様は知っていたんですか?」


 アイゼルへの好きって気持ちを考えた直後の反動で、たまたま居合わせただけのアイゼルの友人に怒りをぶつける形になってしまった。


 我に返って、気まずい気持ちになる。


「うん。君たちは早く離婚した方が良いと思っていたからね」

 微笑みながらグレンが当たり前のように言う。


 私は更に礼儀を忘れてムッとした表情を隠せなくなった。


「周りからのプレッシャーもあるんだ。アイゼルは次男だけど後継を期待されてるしね」


「そ、それは、城砦に籠る私にもその重圧は届いています。きっと、領地を回るアイゼルならもっと感じていたでしょうね……」

 言いながら私はハッとさせられた。


 自分の事ばかりで、アイゼルの重圧を考えていなかった事に気づいた。


 アイゼルのお兄様は結婚しているけれど、病弱で子供がまだ居ない。

 アイゼルは兄の家来の立場だけど、兄の代わりを期待されている。

 表立って言うものは居ないが、重圧が相当あるのだろう。


「アイゼルはすぐに再婚しますよ」

 グレンには遠慮がなかった。


「……」

 もちろん、そうだろうと思った。


「…………」

 何も言えない。

 きっと新しい奥さんが来たら直ぐに子供が産まれて——。


 ——ッ!!


 想像しようとして上手く出来ない。


 アイゼルの側に赤ちゃんがいるだけで、みんなが幸せになるのがわかった。

 ——私を除いて。


 私はただ呆然と途方にくれた顔をしていた。


「……でも、貴方が決めていいんですよ」

 グレンが言う。

 見上げると、悲しい目をしている。


「離婚の通告ではなく、提案なのは、貴女を離婚された女性にしないための彼の優しさでしょう」


「え?」

 アイゼルにそんな優しさがあったなんて。


 私を離婚を選んだ女性にしてくれるの?

 でも、全くいらない優しさだ。


「提案なのだから、クレア様が自分の意思で決めればいい。突っぱねたっていいんですよ」

 ニッコリとグレンが言う。


「でも、アイゼルは私と離婚したがっているし……」


「そうですね」

 はっきり言う。


 いつか、離婚をされる日が来るかもと言う覚悟はあった。

 これがアイゼルからの離婚の通告であったなら私は従っただろう。


 でも、自分の意思を尊重するなら自分から離婚なんてしない。

 出来ないの。


 口の前で両手を重ねる。

 震える手で願う。


 アイゼルの側にいる。

 それが、私の意思であり願い。


「こんなに冷たくされて一緒にいる事はないですよ」

 グレンから見ても、私は酷い扱いを受けている妻なのだろう。


 アイゼルは私に指一本触れるどころか、微笑みかけてくれた事もなかった。


「グレン様が、あの日、アイゼルの気持ちを届けてくれたのに……、ごめんなさい」

 思い出して私は言う。


 アイゼルと婚約した頃の14歳の時に、グレン様が、婚約者が子供の頃に会ったアイゼルだと伝えに来てくれた。


「お、覚えていてくれたんですか!?」

 グレンが珍しく驚いている。


「忘れるわけないわ。だって、あれはアイゼルの優しい気遣いで、ずっと私を支える大切な宝物になってたんですもの」

 私は右の頬を懐かしく抑えながら、微笑んで言う。


「アイゼルからの、宝物ですか……。……あなたの支えになっていたなら良かった……」

 グレン様も微笑む。

 どこか悲しそうにも見える。


 離婚を提案されている妻が言うと、悲しく見えるわね……。

 現実が重くのしかかる。


 俯いているとすぐそばにグレンが来て、私の顔に影が落ちた。


 グレンの顔を見つめると、

「次の相手なら、今度は僕自身を届けますよ。僕ならちゃんと貴女を大切にしますよ」

 ニコっとグレンが笑う。


「……ふふ。ありがとう、グレン様」

 グレンは遊びに来るたびにこんな冗談を言って私を慰めてくれる。


「っ!」

 ふとアイゼルの部屋の方を見るとアイゼルが立っていた。


 友人のグレンが私と話しているのが気に入らないのか、やっぱり怖い顔で睨んでいた。


 私と目が合うと行ってしまった。


「素直じゃないなぁ」

 グレンが何か言っていた。


 また、アイゼルが私を見てくれた。


「では、しばらく滞在する予定です。結果が出たら教えてくださいね。待っていますから」

 そう言ってグレンはアイゼルが向かった方へ行ってしまう。


◆◇◆


 そして、部屋に戻るとミアが待っていた。


「アイゼル様からはどんなお話だったんですか?」

 さっきまでの暗さを和らげてくれる、いつもの様子のミアにホッとした。


「ミア〜ッ!」

 私は泣きながら抱きついた。


 ……。


「それは、良かったじゃないですか」

 話を聞いたミアがすかさず言う。

 なんとなく予想していた反応だった。


「前々から思っていたんですよね」

 と、前々から聞かされている話を始める。


「いつも留守で帰ってきても挨拶は使用人から」

「食事も別々ベッドも別々」

「6年間もこれでは夫婦とは言えません」


 いつもの、正論の嵐だった。


 反論できずに、

「でも、好きなの」

 そう言うしかなかった。


「……まったく、これだからクレア様は……可愛いすぎます!」

 いつもの様に結局ミアは呆れて抱きついてくる。

 落ち込んでいる私には、ミアの温もりが心地よい。


「私はクレア様の味方です。グレン様の言う通り、クレア様の意思で決めて良いんですよ」


「ありがとう、ミア」

 色々言っても、最終的にミアの言葉は私に元気をくれる。


 自分の意思ならもうとっくに決まっているけど、その意思を貫けるのか?

 問題はそこなの。


 アイゼルはそれを望んでいないのに——。


 嫌われても、自分の意思を貫くの?


 ……考えてみようと思った。

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