愛されていたのは、私じゃない誰かだったの?
「じゃあ、あれはどう言う事ですか?」
ミアが言う。
「そんなに守りたいクレア様ならあなた達が知られたくない秘密を知ってたからって疑う事ないでしょう」
小柄なミアが、自分の倍以上ありそうなギリアムに負けじと迫っている。
「そうはいかない。知っていると言うことは誰か秘密を漏らした者がいる。情報の繋がりは人の繋がりだ。クレア様を守る為には知らなくてはいけない事だ」
落ち着いたギリアムの言葉は、私ももっともだと思う。
この情報を私に知らせた人がいれば、その人と私は繋がってる。
私がただ知っているだけでも、漏らした人には何らかの思惑がある。
知らずに利用されているにしても、情報源は確認しなければいけない。
納得なんだけど……、
……誰も居ないのよね、私に秘密を漏らした人なんて。
強いて言うならこの物語の原作者から聞いたのかしら?
思い出せてはいないけれど、あとがき迄読んで、インタビュー記事も読んで、物語には出てこないような、本当に誰も知らない裏設定とかまで知ってる。
ギリアムがジッと私を見ている。
分かっているけれど、私は目を合わせられない。
私がこの本の転生者で、前世で読んで知ってたと言う事実は信じて貰えないだろう。
ある程度推測が出来る事実なら誤魔化しは効くけど、
『教会で最上位の治癒魔法のホムンクルスを材料にした治療を受けた者は、ホムンクルスの魔力が身体に残っている間は教会の最上位の術者になら操る事が出来る』
ここまで詳細なら、知っていないと推測も出来ない。
まして、帝国でも上層の一部しか知らない情報ならなおさら知る機会が全く無い。
ミアと言う味方を得ても、やっぱりここで行き詰まってしまう。
「クレア様はずっと不思議な方なんです! 秘密を知ってたからって何の不思議があるんですっ!」
ミアがいきなり叫んだ。
ちょっと無茶苦茶な理屈だわ。
ギリアムがそんな事で納得するわけ……。
「そうだな、クレア様は不思議な方だ」
ギリアムがそう言って微笑んでいる。
——え?
「ですよね!」
ミアが飛び上がらんばかりに喜んでいる。
さっきまであったミアとギリアムの身長差以上の距離が、グッと近づいてる気がする。
私はぽかーんと呆気に取られるしか無い。
「あなたは分かって居ると思っていましたよ」
「私だけじゃなく、城砦の者はみんな感じてるはずさ」
私を置いてきぼりにして、二人は私がいかに不思議な人なのか談義をしている。
「クレア様の周りはいつでも光で溢れているんです!」
「クレア様が来てから、城砦が明るくなった。アイゼル様が避けても、どれだけ大切な人なのかはみんな知っていたよ」
「あら? それはアイゼル様の影響って事じゃない」
「クレア様が来る前からアイゼル様の想い人の事はみんな知ってた。アイゼル様が熱心に庭園や部屋をクレア様の為に整える様子に、そこまでの方なのか半信半疑だったんだ。クレア様本人の様子にみんなの疑問は吹き飛んだのさ」
さっきの一発触発の緊迫感はどこへ行ったのか、穏やかで、しかも、話がすごく合ってる!
だ、誰?
これは誰の話をしているの——?
——クレアは私だけど、全然私の事じゃない!
原作の本当のヒロインのマーシャルが皇帝の子のターニアを連れて城砦を訪れる——。
そんな、本来とはちょっとズレた物語の始まりから、私は自分がこの物語にいない存在だって気づいた。
そう——。
私はずっと、自分がこの世界に住んでいたクレアで、前世の記憶を思い出したんだと思ってたけど……。
原作外からの転生者の私は、気付いた時に本物のクレアを消していた——!?
私はゴクリと唾を飲み込む。
このずっと小さな頃から続くクレアとしての記憶が、私がクレアだったって証拠だと思ってたけど、違うのかも知れない。
クレアの記憶ごと乗っ取って入り込んだ転生者が私……?
前提が崩れて行く——。
ミアに慕われて、ギリアムが認めているクレア。
——アイゼルが恋焦がれているのは私ではない——
『何故っ!? クレア、君がそれを知っている……!』
あの、アイゼルが私に向けた、本来いるはずの無い存在へ向けられる異質な目——。
それが一番相応しい、今の私へ向けられるべき評価なのかもしれない——。
俯いた私にミアが気づく。
「本当の事なんです。私たちみんなクレア様が大好きなんです」
私が照れてると思ったのか、ミアが言う。
——違う。
私は、こんなに自分の事をクレアだと思っているのにクレアじゃないの?
……。
このまま一緒にいたら、ミアもギリアムも、絶対に私がそんなに不思議な人じゃないないって気づくわ……。
「覚えていますか? クレア様」
ギリアムが私に尋ねる。
「幼い頃にアイゼル様に初めてお会いした時の事を」
沈んだ心が明るなる、アイゼルとの大事な記憶——。
「もちろん、覚えているけど……」
——あれが私が本当に経験した事なのか分からない。
お父様と一緒に行った貴族たちの集まりで、私みたいな子供もたくさん居たけれど、私は子供たちに馴染めなくて一人で外に出た。
そこで庭園のベンチで本を読んでいる小さな男の子がいた。
「あの頃のアイゼル様は辺境に来たばかりで、ずっと心を閉ざしていました。でも、クレア様に出会ってから、ずっと明るくなられて、私ともクレア様の事でたくさん話をするようになったんですよ」
ギリアムが懐かしそうに微笑んで言う。
「ギリアムも、あの場所にいたの……?」
思い出すと、アイゼルを見守って食事やおやつを届けてくれる、少し年上の男の子がいた事を思い出す。
一緒に遊んだのは一度きりだけど……。
「——お兄ちゃん? ……ギリアムが、あのお兄ちゃんだったの?」
私は気付かなかった事に驚いた。
あのお兄ちゃんの面影がギリアムにはハッキリと残っているのに。
——経験してない思い出だから分からなかった?
あの時のアイゼルとギリアムはまだぎこちなかった。
でも今は、ギリアムのアイゼルに対する信頼が伝わってくる。
原作でもギリアムは忠誠心が強かったけど、本当の信頼関係はまだなかった。
私は知ってる原作知識から、そう判断していたけれど、今までギリアム話からは、アイゼルとの信頼関係がもう既に築かれてる感じがする。
私はギリアムの優しい微笑みとは逆に、酷く暗い気持ちが胸を覆った。
この記憶のクレアが、アイゼルとギリアムを繋いでいたんだ——。
原作を超える二人の絆を紡いだ彼女は、確かに不思議な人だったんだろう。
笑顔の少女を見つめて、幼い2人が並んで座っている。
確かな絆の始まり。
——でも、私は彼女じゃない——。
何も出来ない、ただ原作知識を持った転生者。
「いつもアイゼル様と話していたのは、クレア様と出会った時の事です」
ギリアムは話を続ける。
「小さな可愛いらしい女の子がアイゼル様に近づいたと思ったら、本を奪っていきなり投げたんですから……」
ギリアムは言うと思い出したのか微かに笑った。
「う、奪っては居ないわ!」
私は少しだけ訂正する。
でも、アイゼルが読んでいた本を投げたのは本当だ。
「あれは、別の場所で男の子がやってたから真似しただけで……、本を投げるのがいけない事だって知らなかった……の」
クレアの記憶を辿ると、ベッドの上で本を読んでる少女がいた。
ずっと病院に入院していて本だけが唯一の世界だった前世の私。
積み上げられた本の知識は使われないままに少女と一緒に眠っている。
楽しい本の世界だけど、少女を病気の檻に閉じ込める象徴のようでもあった。
ここでは何も知らず、何も出来ない——。
——少女が読んでいた本のヒーローのアイゼルも運命に翻弄されて、知識だけを積み重ねる、何も知らない、何も出来ない子供だった。
だから、惹かれたんだと思う。
何度も何度も繰り返しアイゼルの物語を読んだ。
アイゼルとずっと一緒に居たくて、本を抱きしめて眠った。
——きっとこれは恋だった。
でも、本の檻からは逃れられない。
本を投げ捨てて何処か遠くへ行きたい。
それが私の本当の願いだった。
その願望があの時、叶ったんだ——。
庭園の木漏れ日に揺れるベンチ——。
アイゼルが落とした本を拾って、ずっしりと知識の重みを感じる。
小さな女の子の力ではそう遠くへは飛ばせなかったけど、宙に舞った本が、鳥の翼のよう白い両翼を輝かせた。
ドサリと地面に落ちた本を拾い上げると、満面の笑みで急な事態に驚くアイゼルに渡す。
『次は君の番!』
——。
——思い出した。
——あれは私だ——
前世の記憶を思い出していなくても、クレアは間違いなく私だった。
アイゼルの心の壁を取り払って、ギリアムとの本当の信頼関係を築かせていたのも、ミアを救ったのも……。
『クレア様は出会った時からずっと不思議な人でしたよ』
——ミアの言葉が私の中で響いた。




