姿を表した真実と迷い
地下牢の外に出ると日差しの眩しさに反射的に目を瞑る。
太陽の高さは入った時と変わっていない。
それほど時間は経っていないが、すっかり目が暗闇に慣れてしまったらしい。
だが、それだけではない時間感覚の不均衡さがあった。
昨日の今頃は、まだ帝国の境界近くの都市でルークの立ち寄った教会にもたどり着いていない時間だ。
あれから一日経っていないないのに色々な事がありすぎた。
教会で知った事実から、急いで馬を走らせて城砦に戻り、クレアを間一髪で救う事が出来た。
しかし、クレアの不可解な言動と、ルークを操っていた者の真意。
それだけでも僕の心を揺さぶるには大き過ぎる出来事だった。
そして今、ルークから聞いた事は長年の僕の疑問を晴らすものになった。
——そう言う事だったのか——。
「アイゼル様」
一緒に地下牢に入ったロイスが眩しそうに手で目を覆いながら言う。
「ルークをこのまま地下牢に閉じ込めて置くんですか?」
珍しく非難を含んだ言い方だった。
ルークが操られていた事、術が解けて無力感に苛まれている事は誰が見ても明らかだ。
ルークの身体に魔力が残っていないのだからもう操られる心配もない。
地下牢に閉じ込めて置くのは不当に思われた。
だが——、
「ルークは操られた時の記憶がある。このまま何の罰もなく解放されては、ルーク自身が納得出来ないだろう。もうしばらくはこのままの方がいい……」
見張りの兵士が地下牢に耐えられなくなったら、城砦の一室で監視するように、ロイスに伝える。
「承知しました。……アイゼル様、どちらへ行かれるんですか?」
「少し一人で考えたい」
僕はロイスの反応を待たずに歩き出していた。
あまりにも多くの事があり過ぎた。
僕は一人、フラフラと城砦の庭を歩いた。
どこへ向かうか決めていたわけではないが、自然と花の咲く庭園の東屋に向かっていた。
幼い頃に、クレアと出会った貴族の屋敷にあった花の咲く庭園。
辺境の地では同じ花は咲かせられないが、いつかクレアと一緒に過ごせるように、あの庭園を目指して少しづつ整えた花園だった。
風に乗って漂う花の香りに誘われる蝶のように僕はクレアの思い出に誘われる。
いつでも僕の側には思い出の中のクレアがいた。
途中で城砦内の教会の横を通った。
魔力を司る精霊の信仰する教会は、精霊の恵みの少ないここ辺境の地では帝都ほど信者がいない。
もともと少ない城砦の使用人がまばらに利用する静かな場所だ。
ルークが魔力を持たない特異体質だと言う事は、教会のシスターが視ればすぐに分かっただろう。
ここでも僕のミスがクレアを危険に晒していたのか……。
ルークと出会った時に僕は魔力を調べている。
操られている者は2種類の魔力が重なって見える特徴があるが、ルークには1種類の魔力しかなかった。
それを、自分自身と部下の二重で調べた事と、ルークが若く健康的であり、ホムンクルスの治療を受けられるだけの財があるとは思わなかった。
全てが重なって完全に油断していた。
もし、城砦の教会でしっかり調べていれば、ルークが魔力自体を持たないのに魔力を帯びている事に気づけたはずだ。
教会には調べるよう指示したが、急がせはしなかった。
僕がこの城砦を立つ前に調べさせていれば……。
やはりそれも僕のルークへの嫉妬のせいだな——。
庭園の東屋に着くと、花の香りに圧倒される。
ほんの数日前にここでクレアと話した事が蘇った。
いつかここでクレアと一緒に過ごせたら、そう思って幼い頃から作っていた庭園のこの場所に、ルークとクレアがいたんだ。
カッとなって冷静な対処が出来なかったのは仕方がないだろう。
あの後で、またこの場所でクレアの気持ちが聞けてどれほど嬉しかったか。
思い出のクレアが本物のクレアになって僕の物になったのだ。
——けれど、6年間の誓いを破ってしまった事に迷いと後悔があった。
『あなたが6年間クレアを守れたなら、もしかしたら呪いが解けるかもしれないわね』
クレアの継母の、その言葉の真意もわからないまま翻弄されている。
皇族の血を狙う陰謀。
白い影。
謎は繋がっていない。
だが——、
ルークの証言から、狙われたのはクレアであり、そこに宿るかもしれない生命。
皇帝の血を引く男子だけが持つ、魔力の器としての身体が標的だった。
皇帝の力の源が敵の狙いであり、帝国そのものの存在を憎んでいる——。
今までも、薄々とは感じていたが、はっきりとした事は分からずにいた。
幼い頃に何も分からずにこの辺境に連れて来られて、皇帝の子と言う身分を捨てて、辺境伯の次男としての人生を余儀なくされた。
病弱な双子の弟と、現皇帝の兄と引き離されて、ただ皇族を狙う者がいるからとだけ聞かされて……。
その敵の姿がやっと浮かび上がってきた。
何故、僕が狙われなければいけなかったのか?
理由がハッキリする。
けれど、同時にこれはクレアの身に危険が及ぶ事は避けられないと言う証明だ——!
クレアの継母の言った6年間とはこの事なのか?
6年目の今、クレアを守り切りことが呪いと呼ばれるモノを解く鍵なのか?
——継母の真意は分からない。
僕の兄の皇帝の子であるターニアの母親は、クレアの異母妹で継母の娘だ。
仕組まれたこの構図の、その先に継母が何を望んでいるのかは分からないが、“今、クレアを守る”事では一致している。
僕は自分の手を見る。
ルークの凶行からクレアを救ったのはこの手だった。
だが、僕自身の油断が、クレアを危険な目に合わせている。
震える手を合わせて握る。
ずっとこの手がクレアを求めて彷徨っている。
僕にはクレアが必要なんだ。
だから、必ずクレアを守る。
晴れやかな気持ちで思う。
そんな自分に笑ってしまう。
いつも、クレアを手に入れる為に理由を探してる。
苦笑していると、微かな女性の声が聞こえた。
僕の魂を揺さぶるようなその声に身体が震えた。
6年間遠くから耳を澄ませるしか無かったその声に。
花に彩られた小道をクレアが侍女とマーシャルを連れてやって来る。
「アイゼル……」
その唇が僕の名前を呼ぶ。
だが、少しだけクレアの笑顔が陰った。
僕の唯一愛する女性。
昨夜、陰謀からなんとか守る事が出来た女性だ。
ただ、直後の彼女の言葉からすれ違ってしまった。
そう言えば、この東屋で愛を告げた時に、彼女は僕が現在の皇帝の弟だと見抜いていた。
幼い頃に出会った時の僕の言動と、最近のマーシャルの言動から導いた答えだと言ったが……。
手を伸ばしてこの手に抱きたい、どんな事をしても手に入れたい唯一の愛。
今、手を伸ばせ場届く距離で少しだけぎこちなく僕に微笑んでいるクレア。
しかし、この手からまた一歩すり抜けていってしまうような感覚があった。
◆◇◆
昨夜からの気が滅入るような出来事を払拭する為に、『庭園にピクニックに行きましょう』と言ったのはミアだった。
ルークの事で落ち込むマーシャルも一緒だから明るく振る舞って歩いて来たのだ。
そこに私を悩ませる、一番会いたくない、でも一番会いたい人がいた。
私がこの世界で唯一必要としてる存在理由——。




