表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結婚したのに6年間無視され続けた私、本当の理由  作者: 唯崎りいち
第二章 光差す聖堂・仮面の夜
32/48

転生者の“致命的”な失敗

『ここだ』


 低く、くぐもった声が聞こえた気がした。


 自室で、正気のないルークに襲われて私、クレアはベッドの上に押さえつけられている。

 ルークの目は虚ろにどこかを見ているが、手は正確にナイフを掴んで獲物を狙っている。

 逃げられない体に向けられた刃先が私の子宮を狙って振り下ろされる。


 ——何が起こっているの!?


 アイゼル!!


 ——6年間、形だけの夫婦だったアイゼルとやっと気持ちが通じたばかりなのに……。


 やっぱり、私は所詮はこの物語にはいない存在で、ハッピーエンドなんて望めるわけなかったんだ……。


 ただ、最期にアイゼルに会って、好きだって、世界で一番大好きだって伝えたかった。

 その為にこの世界に転生したのに。


 前世での私は病弱で、ほとんど病院に入院して一生を過ごした。

 でも、本のヒーローに恋して、ずっとアイゼルの事を考えていられて幸せだった。

 本の世界こそが私にとって本物の世界だった。


 ヒロインになれなくてもいいから、この世界の片隅にいれたら良かった——。


 それが、気付いたらアイゼルの妻になっていた。

 形だけの夫婦だったのに、アイゼルも私を好きでいてくれた。

 こんなに嬉しいことないのに、もう死んでもいいくらい嬉しいけど。


 もっともっと、好きって言いたい!

 この気持ち、アイゼルにもっと伝えたい——!!


「何をしてる!!」


 闇の中に声が響いた。


 振り下ろされたはずのナイフは私の子宮からズレて、ベッドのはしに転がっている。


 いつのまにか、私を拘束していたルークの身体が無くなっている。


 代わりに黒い影が私の側で、ベッドの下を見つめる。


 見つめた先には虚なルークが腰をついてどこか遠くを見つめている。

 薄暗い部屋の中でよく見えないが、その後ろには何人もの騎士がいる。


 私は、身体にかかっている圧力が消えた事は分かったけれど、何故なのか理解出来ないままだった。


 この黒い優しい影が私を助けてくれた——。


 だって、アイゼルは出かけてこの城砦にはいないのに。

 今はもう真夜中で、こんな暗闇の中を城砦の周りの険しい道を通るなんて事はしない。

 だから、アイゼルが、こんな真夜中に帰って来るはずがないのに——!


 ただ、さっきまでの緊張が自分の身体から抜けて行くのが分かった。


 ——私のすぐ側にアイゼルがいる。


 私が体を起こそうと動くと、影が振り向いた。

「クレア!」

 そう言って、私を背中から強く抱きしめる手はアイゼルのものだった。


 だって、アイゼルは留守で、真夜中に戻って来るはずないのに……。


 さっきまで私自身も安全な城砦にいて、命の危険があるなんて気付いていなかったのに。

 ルークがマーシャルと2人で並ぶ様子を遠くから見て微笑んで、ルークが危険なんて思っていなかったのに。

 アイゼルは私の危機に気付いて戻って来てくれたの?


 疑問はあったけど、ここに本物のアイゼルがいる事が真実だった。


 私もぎゅっとアイゼルを抱きしめた。

「もう会えないかと思った……! アイゼルっ!」

 言葉にすると瞳から涙があふれた。



「クレア様っ!」

 ガチャ!


 ミアが隣の部屋から入って来る。


 異様な室内に絶句した後で手早くランプに明かりを付ける。

 アイゼルの従者のギリアムがミアの所によってランプを受け取る。


 ルークの背後にいた騎士はアイゼルの従者達だった。

 暗がりの中で明かりを持つ暇もなく、私の部屋に来たのだろう。


 ルークがギリアムが持つランプの明かりに照らされると、他の従者達に捕まっていた。

 ルークの目は虚でどこも見ていない。

 

 明かりに照らされて異様さが際立った。


 ルークのアイゼルにそっくりな顔が人形のように動かず、美しいけれど、ぞくりと背筋を凍らせる。

 まるで死んでいるよう。


 昔、教会で見たホムンクルスを思い出す。

 人間離れした美しさに誰もが一度は恋すると言われているけど、私は怖いと思った。


 昔、会った事のある綺麗な男の子だったアイゼルの方が好きだと思った。

 アイゼルに恋してるって自覚したのは、ホムンクルスを見てからかもしれない。


 そんな思い出が、より一層アイゼルに似たルークの表情に恐怖を感じさせた。


「……っ! アイゼル……っ!」


 ぎゅっと、ますます強くアイゼルに抱きついた私を、アイゼルもまた強く抱き返す。


「クレア……!」


 名前を呼ばれただけで、暖かさが恐怖を引き離して行く。


「怪我はないか?」

 抱きしめながらアイゼルが優しく言う。

 心からの安堵を感じるけど、恐怖の余韻に手が少し強張っている。


 アイゼルによっていつの間にか、たくしあげられたスカートが整えられて、露わだった腹部も隠されている。

 押さえつけられていた両手首が少し痛いけれど、他はどこも異常がない。


 私が大丈夫だと頷くと、アイゼルの安心したような吐息が漏れ最後まで残っていた緊張が和らいだ。


 私はより深くアイゼルの身体に沈んで、優しさに包まれた。


 ——もう何も怖くない。

 


「アイゼル様。ルークは地下牢に……」

 ギリアムの声が冷たく響く。


 虚なルークがアイゼルの従者に無理矢理立たされて、地下牢に連行されて行く所だった。


 マーシャルの顔が浮かぶ。


「待って! ルークは操られてただけなの!」


 私はアイゼルの身体から顔を離すと、アイゼルに向かって言った。


 私がその立場を奪ってしまった本当の原作ヒロイン。

 彼女が傷付いていたら、私はこの安心を心から喜べない——。


 ルークが地下牢に入れられた事を知ったら、どれほどのショックを受けるだろうか?


  ルークがホムンクルスの治療で生命が助かった事に心を痛めていた!


 その時、私の頭の中に一筋の光が降りて来てパッと広がる。


 ——そうだ——!


「アイゼル! ルークはホムンクルスの治療を受けているの! だから、教会に操られたんだわ!」


 私はアイゼルの目を見て必死に訴えた。

 事情を知れば、ルークを地下牢に入れるのをやめて貰えると思ったから。


 でも。

 アイゼルの瞳は驚愕に見開かれていた。


「何故っ!? クレア、君がそれを知っている……!」


 驚愕は苦悶に変わり、私から目を逸らしている。


「えっ? マーシャルから聞いたのよ……」

 私は戸惑いながら答える。


「違うっ! ホムンクルスの治療を受けた者が、教会に操られると、何故、君が知っている!」


「あ」


 そっちか……。


 思わず声が漏れていた。


 そう言えば、

 “これを知る者は教会関係者でもごく一部”

 そんな一文があったかも知れない……。


 この物語の原作を病室で読んでいたから。

 私が、原作にいない貴族令嬢だから、知り得た事だ——。


 私は、焦点の合わない目でアイゼルの方を見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ