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愛せなかった妻の命が今、危ない【アイゼル編】

 マーシャルとルークについて、3人が宿屋から持ってきた報告に特に変わった所はなかった。

 若い夫婦と赤ん坊が3泊滞在したと言うだけだ。


「マーシャルさんもルークも美形で目立つから、若い夫婦と勘違いして覚えてる人がたくさん居ましたよ。怪しい行動は一切なかったようです」

 ロイスが肉を片手に言う。


 朝から皆、何も食べていなかったのだ、報告が済むと黙々と食べ始めた。


 3人が宿屋から持ってきた料理はどれも美味しかった。

 隠れ家に用意された保存の効く硬い食事よりずっといい。

 ただし、ビールだけは隠れ家に用意されていたものの方が美味かった。


「いつも通り、何処で飲むより美味いな」

 ロイスが言う。


 宿屋のビールは少しだが酸味があり、保管期間が長い様だった。

 隠れ家のビールは苦味と香りのバランスがちょうど良く、適切な保管がされている。


 これは何も僕達の為ではなく、隠れ家の管理をする者が、古くなる前に交換して丁度いいタイミングで飲んでいるんだろう。


「隠れ家の管理を、あの門番に任せて正解だね」

 コリンが言う。

 これでいつ来ても快適な隠れ家になっているんだから、それくらの役得はあっていいだろう。


「それで、今後はどうしますか? 要塞都市まで行くのは構いませんが……」

 人心地ついたロイスが話し始めた。


 要塞都市とは辺境と帝国の境界線上にある都市で、辺境が帝国に組み込まれる前に大きな戦争があった場所だ。

 街の人々には、いまだに辺境へのわだかまりが残っている。


 要塞都市は辺境ではないから、ここの様な隠れ家も用意していない。

 僕が行くのは避けたい所だ。


「二人は、丸2日はこの街に滞在していたんだろう? まず、その時の行動を確認しよう」

 僕が言う。


「マーシャルさんは、ずっとターニア様と宿にいたようですよ。よっぽど疲れていたのか赤ちゃんがずっと眠り続けていたと何人もの証言があります」

 ダリルが答える。


「ルークも殆ど宿で過ごしてたみたいだけど、何度か出かけたみたいですよ。買い物をして荷物を持って帰って来たって言ってました。旅には何かと必要だから、おかしな事はないと思いますけどね」

 コリンの言う通りだと思う。


 マーシャルとルークに怪しい所はない様だが……。


「宿屋の主人がルークに必要なものを買える店を聞かれて答えてるんです。明日、確認して来ますよ」


 コリンが言う店は大通りだろうから、僕が行くのは避けた方がいいだろう。


 その後、僕らは朝まで休んだ。


 翌朝、店が開く時間にコリン達3人が出かけて行った。


 ギリアムと僕はここに来たついでだからと別件で要望のあった問題の視察をした。

 緊急性はないと思っていたが、城砦に戻ったら早急に手配しないといけないと思う。


 僕は街中を歩いていただけでなのだが、やはり平民には見えず目立つらしい。

 背の高いギリアムも一緒だから特に目立つ。

 変装の為のフード付きの外套が余計に悪目立ちさせている気もした。


 昼過ぎに聞き込みを終えた3人と比較的人目のない公園で落ち合った。


「ルークは食料や衣料品など旅に必要なものを買っていました。まだルークが滞在していた時からそれほど時間も経って居ないし目立つから、ルークの事を覚えてる人がかなり居て、足取りは完全に掴めたと思います」


 ルークはこの街の宿屋に夕方つき、滞在2日目に宿屋から出るとターニアの為の衣料品を買い、別の店で女性向けの装飾品を買ったらしい。

 多分マーシャルに送ったのだろう。

 街についてすぐに宿屋に向かった事は昨日の門番が覚えていた。


 そのまま宿屋に戻ると翌日まで宿で過ごしたようだ。


 滞在3日目は数件で食料を買っている。


「何処の店でも女性からの評判が良くて、あの美青年と知り合いなのか!?って聞かれましたよ。そう言えば城砦の女性たちも騒いでましたね」

 コリンがそんな事を言うから、ルークに対しての嫉妬心が少し刺激された。


 クレアもなんとなく、ルークの外見にぼーっと見惚れていた気がする。


「まあ、アイゼル様がフードも被らずに庶民の街を歩き回ってる様なものだからな」

 と、ダリルが言う。


「……僕が?」

「気づきませんでしたか、ルークとアイゼル様はとても似ていらっしゃる」


 気づかなかった。

 ルークは僕よりずっと若いし、髪の色も瞳の色も全く違う。

 目線の高さから、背格好は同じくらいかもしれないが——。


 クレアとルークが一緒にいるのを見て嫉妬心が抑えられない理由がわかった気がする。


「食料品を買った後に、ルークは教会に行ったらしいです。教会への確認はこれからですが、宿への戻り時間は確認出来ているので、教会にいたのは十数分でしょう」

 ロイスが言う。


 教会にいたのが十数分と言うことは、ちょっとした祈りの時間だろうか?

 ルークは信仰心が厚いのかもしれないな。


 やはりマーシャルとルークに疑うような行動は見られない。


 ルークが目立っても市場を回っていたんだし、僕が教会にいくのも問題はないだろう。

 そもそも教会では平民と貴族が一緒に祈っているものだ。


 ——ただ、個人的には教会は避けたかった。


 僕と言うより、帝国の皇族は魔石に魔力を込めてる魔法を利用する。

 昔ながらの人間が魔力の媒体となって魔法を使う教会とは、根本的に相性が合わないのだ。


 表面的には帝国と教会の仲は悪くはないが、舞踏会でのオートマタの事件が力の均衡を崩していた。


 帝国が推していた魔石を動力として動く機械人形のオートマタが使えなくなり、教会が昔から使役する人間の一部から造られる魔法生物のホムンクルスが人々の暮らしの中で優勢になっている。


 ここ、辺境の地では事情が少し違って、自然の中に魔力が少なく、教会の勢力は強くない。

 だからこそ、皇帝の弟の僕が身を隠すのには丁度良かったのだ。


◆◇◆


 僕はロイスと一緒に教会に行った。

 5人一緒の行動はさすがに目立つから、他の3人は自由時間とした。

 ルークの教会での動きが確認できれば、明日には城砦に戻ろうと思う。


 本当ならこのまますぐにでもクレアに会いに帰りたかったが、どんなに急いでも着くのが真夜中になる。

 クレアを起こしたくないから、夜明けと共に出発する方がいいだろう。


 辺境にあるだけあって、街の教会は都市の規模の割には小さかった。

 訪れる信者の数は多いらしく、中は少し窮屈に感じた。


 ロイスがルークが訪れた時にもいたであろう、司祭やシスターを探す。



「あれ、あんたまた来たのかい。もう出発したと思っていたけど」

 不意に声をかけられ、振り返ると小さな老婆がいた。


「親戚の家に奥さんと急いで行くと言っていたのに、赤ちゃんがまた熱でも出したのかい?」


 話し続ける老婆に、僕はルークと勘違いされているのだと気づく。

 ルークは本当に僕と似ているらしい。

 フード付きの外套を着て髪の色が隠れていれば、同じに見えるのだろう。


「あんたも折角ホムンクルスから命をつないでもらったんだ。無理しちゃいけないよ」

 一通り勝手に話すと老婆は去って行った。


 ホムンクルスだと……?


「アイゼル様。ルークはここに来て、やはり祈りを捧げて帰ったそうです。シスター何言うには、さっきまでアイゼル様のそばにいた老女にしばらく質問攻めにされていたようですが……」


「……どうかしたんですか? アイゼル様?」

 話を聞いて戻って来たロイスが僕の様子に驚く。


 僕は自分の間違いにやっと気づいた。


 老婆の話によれば、ルークはホムンクルスによって命を救われた事があるのだ。

 ホムンクルスは魔力の塊で、教会が得意とする治癒魔法の媒介としては最高のものだ。

 一介の兵士が簡単に受けられる治療ではない。


 何故ルークがその治療を受けられた?


 司祭たちが自らの身体の一部を媒介に魔力を注ぎ込んで造られるホムンクルスは絶対に人間に逆らわない。

 治癒魔法の媒介として人間の身体に魔力が移っても、その制約は続き、人間の身体を操つる事が出来る。


 つまり、ルークは——。


「急げ! 城砦に戻るぞ!!」

 ロイスに行って翔ける。


 マーシャルとルークは、皇帝陛下の事を知っていて、皇弟とも関わりがあった。

 皇帝陛下の直接の命令で僕の所に来たのだ。

 だから、僕は調べるという行動とは裏腹に、彼らを信用してしまっていたんだ。


 そして、ルークに嫉妬している自覚があった。

 クレアとルークが一緒にいるだけで込み上げてくるやるせない気持ちが、僕自身がクレアの気持ちを信じきれていないせいだと思った。


 そんな自分が嫌で、判断を誤った。


 マーシャルとルークを信用する事で、クレアへの信頼を示そうとしてしまった。


 マーシャルとルークがどれだけ信用できそうでも、クレアを置いて城砦を離れるべきではなかった。


 ——クレアが危ない!


 僕はギリアムたちと合流し、ルークがホムンクルスに操られているかもしれないと叫ぶと門へ急いだ。

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