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 朝、目が覚めるとアイゼルは出掛ける支度をしていた。


 何故、私はアイゼルの部屋にいるんだろう……。


 ……あ!


 昨日、あんなに抱き合ったりキスしたりしたのは初めてで、夢見心地だった……。


 ……。


 ……あれ?


 あれから私、寝てしまった……。


 昨夜の事を思い出している私に、アイゼルがキスする。

「あの、私……」


「どうしても行かないといけない。戻って来たら楽しみにしてるよ」


 アイゼルに言われて、赤面する私。


 部屋から出るとギリアムがいた。


「おはようございます。クレア様」

 いつものように挨拶されていつもと変わらないけどギリアムだけど、私は顔が見れなかった。


 アイゼルに連れられて自室に戻ると、部屋に入る前にアイゼルがまた私にキスして戻って行く。

 名残惜しい気持ちで後ろ姿を見送るとすぐにアイゼルが戻ってくる。


「君は……!」

 抱きしめられてキスされて、もうずっとこのままでいたい。

 幸せすぎてアイゼルを抱きしめていると、部屋の中でミアがニッコリ微笑んでいた。


「なにもなかったのよ!」

 アイゼルが去った後に言うが、ミアはとても信じてくれなかった。

 目の前であんな事してたんだから説得力はないけど、本当なのに!


 説明してやっと納得したミアは呆れていた。


「アイゼル様は出掛けてしまうそうですから、綺麗にしてお見送りしましょう」

 と言われて、気合を入れて玄関ホールに行く。


 出掛ける支度をしているアイゼル達がいた。


 いつもなら窓の外に出掛けて行くアイゼルの後ろ姿を見送るだけだった。

 振り返ってくれないアイゼルに寂しさと、近づけない自分の勇気のなさに後悔を抱えて。


 今日はアイゼルが私を抱きしめてくれる。

「綺麗で置いて行きたくないよ」

 そう、ささやく。

 胸が切なさで締め付けられる。


 みんなが驚く様子を感じたけれど、私もアイゼルに抱きついた。


「気をつけて下さいね」

 そう言ってキスする。


 夫婦なんだもの、これくらい当然よね?


 でも、今までの事を考えると大胆すぎる気がした。

 これ以上に夕べ何があったかを証明する行動はない——。


 な、何もなかったのに!


 でも、やっと心から帰って来てくれる事を願って送り出せる。

 そんな安堵が広がるけれど、寂しさもいつもの何倍にも膨らんでいた。


 ポロポロと涙が流れてくる。


 アイゼルはそんな私を呆れず抱きしめてくれる。

「すぐ帰ってくるよ。この城なら安全だから大丈夫」

 そう言ってキスするとアイゼルは出かけて行った。


 アイゼルは以前のように振り返らなかった。

 私も以前のようには見送れない。


 さっきまで触れていたアイゼルの温もりが馬の蹄の音と一緒に遠ざかって行く。

 寂しさで、離れて行く姿を見つめてはいられない。


◆◇◆


 私はいつものように食事をして自室やターニアの様子を見たりして過ごした。


 ただ、もうアイゼルに会いたくて落ち着かない。


 ターニアは目が覚めていて、寝返りを打ってはニコニコと笑顔を見せて機嫌が良さそうだった。


 ちょうど様子を見に来ていたマーシャルが

「ここにくる間はずっと抱っこで移動していたので、伸び伸びできて良かったです」

 と言っていた。


 本当の母親のアリシアに会える時まで、ターニアの事をうんと見ていたい、アイゼルと一緒に——。


 ルークは夜中にもターニアの護衛の当番があるらしく、ちょうど休息に向かうところだった。

「ルーク、疲れてるの?」

 マーシャルが話しかけている。

「そう見える? 別の人にも言われたよ。なんともないんだけど……」


 話しながら2人一緒に廊下を歩いて消えて行く。

 今朝、私とアイゼルもああいうふうに並んで歩いていたのかしら?


 アイゼルに似たルークとマーシャルの、お似合いの二人をうっとり眺めると、キスの感触が蘇って手を唇に当てた。

 

 う、自然にしてしまう仕草が恥ずかしい。


 何を見てもアイゼルが恋しくなり、このままではいけないと思う。


 アイゼルの気持ちを確認して、私との未来を望んでくれている事はとても嬉しいけど、私とアイゼルの物語はこのまま進む事が約束されているわけではないのだ。


 ——この物語には本来のシナリオがある。


 アイゼルとマーシャルが乗り越えた試練を、私自身がアイゼルと乗り越えないといけない。


 ——この帝国の危機が、世界の危機なんだ。


 転生者の私は物語の結末は知ってるけど、全てを思い出していない。

 物語を全て思い出し、私自身が乗り越える準備をしないと……、アイゼルとずっと一緒にいられる未来はない。


 転生者だと気づいたのは夢からだけど、夢を見て思い出すのは確実じゃない。

 これまでで夢見る以外で思い出したのは、ルークの存在や赤ちゃんの性別に違和感を感じた後に、マーシャルの話から情報が繋がって本来の物語が見えた時だ。


 物語のズレが思い出すきっかけになっている。


 でも、ズレを感じるには物語を進めていかないといけない。

 ズレてしまった事は戻せないし、後から対処するにも限界がある。


 私が、アイゼルと一緒の未来を作るために今出来ることは何?


「しばらくいい天気が続きそうだね。精霊の魔力が穏やかだもの」


 そんな声が聞こえてくる。

 使用人同士の何気ない会話だ。


 この世界は精霊の魔力で出来ている。

 

 まずは世界について知る事が大事じゃないかしら?

 知識と情報を持つ事でズレにも素早く対処出来るし、物語がズレる前に何か思い出せるかもしれない。


 この世界の事を学び使える知識を増やす。

 その為に、図書室の本を読む、人に話を聞く。


 この2つが今の私に出来ることだ——!


◆◇◆


 もう日が暮れようとしていたが、私は城砦内の図書室に急いだ。


「クレア様、どうされました?」

 図書室の管理もしているアイゼルの側近の年配の男性に声を掛けられる。


「ええと、久しぶりにお勉強しようと思って……」

 言いながら、ふと気づいた。

 自分が転生者だと思い出す前に、この世界の知識について、この図書室で学んだ事があった気がするのにどんな本を読んだか思い出せない。


 生活に根付いた知識や思い出と結び付いた知識はある。

 全て忘れてはいないけど、前世の当たり前とこの世界の当たり前の間にある乖離が、本から得ただけの知識を頭から取り出し辛くしている。

 

 物語の結末を知って、原作知識と言う武器を手に入れたけど、使いこなすのは難しい。

 ——今の所、万能の武器ではない。


「……世界の事を学び直せる本はある?」

 私が尋ねると側近は探してくれる。


 図書室は、辺境の城砦にしてはなかなかの蔵書があった。

 子供の頃からここが拠点だったアイゼルが持ち込んだのだろう。

 兄や弟を助けたいと言っていた小さなアイゼルの姿が浮かんで、胸が締め付けられた。


 しばらくして、懐かしい精霊の本が渡された。


「アイゼル様が大切に読まれている本です。こちらはいかがですか?」


 出会った時に小さなアイゼルが読んでいた本だ。

 多分、同じ物はもうボロボロになっているから、これは2冊目だ。


 以前の私は、懐かしいこの本の思い出が今のアイゼルの冷たさを浮き立たせるようで手に取る事が怖かった。


 今、精霊の本を手に取る。

 この中に大切な人を守るヒントがある。

 小さなアイゼルもやっていたもの。

 アイゼルを守るために、小さなアイゼルの軌跡をなぞってみよう。


「ありがとう」

 そう言って図書室を後にする。


◆◇◆


 自室に戻り美しい装丁の本を開く。


 6歳の子供には難しい本だった。

 今の私でも全部を理解するのは難しい。


 本当にアイゼルは必死だったんだね。


 全部読むのは大変だけど、目次や概要だけでも基本的なこの世界の魔法の事を学び直すのには役に立った。


 頭を無理矢理にでも使う行為が、今朝のアイゼルの思い出に熱くなる心を鎮めてくれる。


 ヒロインのマーシャルは魔石を使うオートマタの技師でこの世界の魔法に精通している。

 精霊と魔法は物語に深く関わっていた筈だもの、私が理解しておく事は大事だわ。



 ——昔、神と四大精霊が世界にはいた。


 風のシルフ

 地のノーム

 水のウンディーネ

 火のサラマンダー


 人間は彼ら精霊から魔力を頂き生活していた——


 昔、アイゼルに四大精霊の名前で字を教えて貰ったのよね。

 ページをめくる度に現れる挿絵と装飾された文字が懐かしい。


 ——しかし人間の数が増えると、与えられる魔力だけでは足りないと人間が神と精霊達を滅ぼしてしまう。

 四大精霊が制御していた魔力は世界に散らばっていった——


 だから、世界には精霊の魔力が満ちているのよね。

 小さなアイゼルは場所による精霊の花の色の違いを見つけたんだわ。

 天気も、植物も、人間にもそれぞれの魔力が宿っているの。


 ——人々は空気や物に宿る魔力を使い魔法を使っていたが、信仰の力でより強力な魔法を生み出したのが教会である。

 自然からより多くの魔力を引き出す方法を生み出して、方法を学んだ者を司祭やシスターと呼んで教会を建てた。


 教会は僅かな材料から人間を作り、作られたホムンクルスは感情を持たない人形で、人々の生活を助ける奴隷として重宝された。

 強い魔力を使う司祭やシスター、魔力がなくとも使えるホムンクルスの影響で、自然に使えるものも多かった魔法がいつの間にか教会のものになっていく——


 今は奴隷と言う扱いはされてないけど、殆どの教会にはホムンクルスがいるわね。

 ホムンクルスの美しすぎる感情がない顔が浮かんで、少し怖くなってページをめくった。


 ——しかし、教会以外の人々の生活は困窮して行く——


 ここからはアイゼルの話になる。


 ——そこで台頭して来たのが、特別魔力が溜まりやすい宝石を媒体に魔法を使う勢力である。

 中でも、特に宝石に魔力を貯めるのが上手い者がいつの間にか帝国を築き教会をも飲み込んでいった。


 誰でもが魔石を使えば魔法が使え、魔石で動くオートマタが人を助ける為に使われるようになる——


 そう、ここが皇帝の弟のアイゼルが命を狙われる理由だ。

 ターニアに託されていた身分を保証す皇帝の魔力が込められた魔石を思い出す。

 あの小さなペンダントの魔石に、都市を破壊出来るほどの魔力が込められていると言う。


 それに、皇帝暗殺未遂事件から急速に廃れて行ったけど、オートマタの存在も大きい。


 本の中で、教会と帝国の魔力への思想の違いが挿絵になっている。

 この魔力をめぐる教会と帝国の根深い確執は今も続いている。


 ——帝国内の教会は勢力を失いつつもまだ絶大な権力を持って存在していた。


 その理由は、治癒魔法の存在が大きい。


 魔石での治療は、薬師や医者を介して行われる。

 薬を持って病を癒す、薬師の効果は殆ど感じないほどゆっくり効く。

 医師も、怪我の手当が上手い程度で、根本的な治癒は出来なかった。


 一方、教会の治癒魔法は怪我や病気を一瞬で治す事も出来る。

 ただし、本人の生命力を無理矢理引き出すやり方であり、後の副作用も大きいので、教会でもゆっくり治して行くのが主流だ。

 本人の生命力がない場合は治す事が出来ない。


 ただし、ホムンクルスを生贄に治す事で本人の生命力は殆ど関係がなくなる。

 ホムンクルスが貴重なので余程のお金持ちだけが受けられる特権になっている——


 ここまで読む。


 少しだけ、この物語の事を思い出せた。


 本を閉じるのは小さなアイゼルと離れるみたいで少し辛い。


 そう言えば、ルークは教会で治療を受けたと言うけど、どれくらいの怪我だったんだろう?

 生命力をつかって治したのなら、何か影響があるかもしれない……。


『ルーク、疲れてるの?』

『そう見える? 別の人にも言われたよ。なんともないんだけど……』


 少しだけ胸騒ぎがする会話だった。


 教会のシスターも会いたがっていたし、明日はルークとマーシャルを教会に誘ってみよう。


 何か新しい情報が得られるかもしれない。


 そう考えて今日は眠りについた。


 またアイゼルの思い出が戻って私を優しく包んでくれる。

 私は、アイゼルと私の未来を守る為に知識の夢に浸った。

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