守られて無視されてた6年間
夜まではまだ時間がある。
今夜のアイゼルの話がどうなるのか?
明日からまた城を留守にすると言うのは本当なのか?
気になる事がたくさんあったけれど、アイゼルの事を考えるとキュッと胸が締め付けられるような気がした。
アイゼルは私を愛してると言って、キスした……!
かぁーっと身体も熱くなる。
もっとキスして、抱きしめて欲しいって気持ちが湧いて来て、恥ずかしくなる。
6年間、なかった気持ちに戸惑う。
……こんな時は教会に行こうと思った。
神聖な雰囲気が心を落ち着かせてくれる。
城砦にあるのは、司祭様とシスターだけの小さな教会で、普通はどの教会にもいる下働きをするホムンクルスもいなかった。
アイゼルがいない時などは無事を祈ってよく通っている。
扉をくぐると、
「クレア様。アイゼル様が城砦にいらっしゃるのに教会をお訪ねになるなんて珍しい」
とシスターに向かい入れられた。
司祭様にも挨拶して精霊に祈りを捧げると心が落ち着いた。
シスターが帰り際に話しかけてくる。
「何だか城では大変な事が起こっていたようでクレア様の事を心配だったんですが、その様子だと大丈夫そうですね」
ターニアの事を言ってるのだろう。
噂通りにアイゼルの隠し子を育てるなんて、普通に考えたら私の心労も溜まっているだろう。
けれど、浮き立つ気持ちを鎮める私の姿にシスターには、アイゼルとなにかあった事はバレバレなようだ。
シスターはミアと似た人種なのだ。
「アイゼル様が素直になられて良かった」
とシスターが呟く。
「え?」
「城の中でアイゼル様を昔から知っている者たちはずっと心配していたのですよ」
アイゼルが私を好きだってみんな知ってたって事よね?
6年間ずっと!?
そ、そうだったかしら……?
私に近寄りがたいという雰囲気の者たちが遠巻きにこちらを見ている様子が思い浮かぶ。
私自身がこの城砦で受け入れられていない気がして、俯いて自室に逃げるように移動する。
継母に嫌われていた私は実家の屋敷でもそんな風に暮らしていた。
自分自身で身につけた卑屈さが城砦の者たちを遠ざけていたのかもしれない。
アイゼルに愛されて、少し周りが見えてきたような気がした。
「ところで」
とシスターが話題を変える。
「私も少しだけお見かけしましたが、マーシャルさんとルークさん、素敵なお二人ですね。ここまで大変な旅でしたでしょうから、一度、治癒魔法をかけますので、来ていただけるようにクレア様からもお二人にお話しくださいね」
ニッコリと言う。
ミアと同じく恋バナ好きのシスターの興味本位である事は分かった。
ただ治癒魔法は必要だ。
「伝えておきますね」
そう言って、私は教会を後にする。
◆◇◆
アイゼルに呼ばれたのは夕食が済んだ後だった。
夕食は食堂でとるが、アイゼルは城砦にほとんどおらず、居ても自室に篭ることが多く、私が一人で食事をするのが常だった。
最近は悩んでいたりと自室で取っていたが、今日はもしかしたらアイゼルと楽しい食事が出来るかもしれないと食堂に来たのだが、やはり一人の食事になっていた。
呼ばれてすぐに、私はアイゼルの所へ行く。
ずっと待っていたから、会いたい気持ちが抑えられなくなっていた。
アイゼルの部屋はいつも通りに生活感がなかった。
「食事はどうされたの?」
アイゼルに聞くと、隣の執務室で取ったそうだ。
「明日からまた出掛けられるそうですが、そんなにお仕事が忙しいんですか?」
「ああ、ターニアの事も調べなくてはならないからね」
こんな事ではなくもっと聞きたい事があるんだけど、明日からまたアイゼルがいなくなる事に心がざわつい。
「帝都にも行くんですか?」
「いや、私は帝都には行けない。事情を話そう……」
アイゼルは私にしっかり向き合うと椅子に座らせて、テーブルを挟んだ向かいに座った。
「私は君が言うとおり、皇帝陛下の弟だ」
アイゼルが言う。
「私が6歳の頃、今の皇帝陛下の父、私の父でもあるが、その時の皇帝陛下の暗殺未遂事件が起こった。皇帝の血脈を絶やそうとする者がいる。そう感じた父は3人の息子のうちの一人を死んだ事にして逃したんだ」
そう、現在の皇帝陛下には弟が二人いて双子だったけれど、一人は小さな頃に亡くなっている。
「双子だった皇子のうち弟は病弱で、病弱な弟皇子が亡くなった事にされて、辺境伯の子供としてこの地で暮らす事になったんだ」
それがアイゼルだった。
「皇帝の血を繋ぐために逃がされて、いつ命を狙われてもおかしくないままに生きて来た」
「でも、亡くなったのは双子の兄の方ですよね? 子供の頃のあなたは病気の弟を助けたいと言っていたもの」
「そうだ、亡くなったのは病弱だった弟だとされたけど、本当の弟はまだ帝都で生きてる」
アイゼルは悲しい顔をして言う。
急に元気な皇子が亡くなっては怪しまれるから、病弱な弟皇子が亡くなった事にして、本当は元気だった兄皇子のアイゼルが逃がされた。
残された弟皇子は死んだ事になっているから、生きている兄皇子に成り代わって生きる事になった。
——これは私の転生者としての原作知識。
「弟は自分が殺されて、僕として生きていかなければならなくなった。生かされる為に僕は出て行ったけど、彼は死んでもいい存在として城に残されたんだ」
それは、言わなくても分かってしまう事だから。
周りの者の行動が全て物語ってしまう。
——僕は死んで、殺されてもいい存在としてここに居る——
弟の悲しみを思って、アイゼルはずっと苦しんでいたんだ。
——僕は死んだ事にされて、家族と引き離されても、守られている——
この落差が、私の会った小さなアイゼルを駆り立てていた。
目の前にいるアイゼルはもう全然小さくないけど、未だに弟を救えない事に痛みを抱える小さな子供のようにも見えた。
私は、子供の頃のあの日からの年月に胸が苦しくなる。
「ただ、君と子供の頃に約束した事が支えだったんだ。皇子だと気づかれないように誰とも親しくならなくていいように、人から悪く思われる事も好都合と利用した。
でも、君に嫌われるかもしれないと思うと怖かった。君と婚約して、やっと会えた時は嬉しかったよ」
あの結婚式で再会した時のアイゼルの最初の微笑みは本物だったんだ。
今、アイゼルが同じ微笑みを見せてくれる。
ただ、何処か悲しそう。
年月の隔たりを埋めたい、そう強く思う。
「アイゼルと婚約出来て、私もとても嬉しかったわ。悪い噂を信じた事はなかったし、ずっと大好きなアイゼルだったから」
私達は見つめ合った。
6年間のすれ違い少しだけ溶けた。
身体から熱が込み上げてくる。
手を伸ばしてアイゼルに触れたい。
——でも、ここで話を終わらせるわけにはいかない。
「でも、なら、どうして急に私を無視したんですか?」
無視は本当に唐突だった。
再会してアイゼルの笑顔を見た後に、もうすでにアイゼルが笑いかけてくれる事はなかった。
アイゼルは苦しそうに答える。
「……私の命が狙われていると言うことは、結婚した君の命も狙われると言う事に気付いたんだ」
「え!?」
「それまでは自分の命が狙われている事よりも、守られていることが苦しかったけれど、君を守らなくてはいけないと思った時に、怖くなったんだ。誰か分からない敵が君も狙っているような気がして、君の母上が……いや、それはいい」
お母様……?
「君に冷たくすると不安は消えてホッとした。だから、離婚して離れる事が君を守ることだと思った。ただ、一度、結婚してしまったら相手が皇族を狙っている以上は君の命は狙われ続ける。たとえ君に触れた事がなくても狙う奴らには分からないだろう。だから、この城砦に閉じ込めて命だけは守りたかったんだ。
……いや、それを口実に閉じ込めたかっただけだ……」
「アイゼル……」
「君を危険に晒しても、僕のそばにいて欲しかった……」
アイゼルの身体が微かに震えている。
お母様の名が出て、まだ何かを隠しているような気がする。
私に冷たかったお母様がアイゼルにも何かしらの?
今、アイゼルは私を失う恐怖を思い出して震えている。
私を守る為だったのは本当なんだ。
「このままじゃいけないと思っていても、ただ君が側に居てくれるだけで嬉しかった」
私は苦しそうに首を垂れて懺悔するアイゼルを抱きしめた。
「私も側に居られて嬉しかったです」
こんなに想って貰えていたなんて、これ以上ない真実だ。
「許してくれるのか?」
私の事でアイゼルを悩ませた。
ただでさえアイゼルは、自分の出自と皇帝陛下や皇弟の事で悩んでいるのに。
アイゼルとの思い出を振り返れば、何か深い事情がある事は分かったのに。
「……許すとかじゃないわ。アイゼルが私の事を想っていてくれただけで嬉しいの。なのに気づかなくてごめんなさい」
自然に私の目から涙が溢れた。
私が居なければこんな悩ませる事は無かったのに。
アイゼルが私を抱きしめる。
「グレンを選ばないでくれて、ありがとう」
グレン様が?
二人はそんな話をしていたの?
アイゼルに引き寄せられてもっと強く抱きしめられる。
「いつか君を解放できる日がくると思っていたけれど、ターニアが現れて、夫婦として過ごさなければならなくなった。
それをきっかけに君と近づこうとした。情け無いけど、これが僕の本当の姿だよ」
そう言ってアイゼルは静かに笑う。
「まだ僕を好きなら、ずっとそばにいて欲しい。何があっても、もう離さないから」
アイゼルが私の顔に手を置いて私の顔をアイゼルに向かせた。
私の顔が歪んで涙が激しく溢れた。
「嫌いだって言ってくれたらもう諦める嘘はつかないで、本当の事を言ってくれ」
アイゼルが真剣に、落ち着いた声で言う。
「い、言えない……。アイゼルが私といて不幸になってもいい、ずっと私といて欲しい。我儘だって分かってるけど」
「僕はクレアが居てくれれば絶対に不幸にならないよ」
アイゼルが笑って何度もキスしてくれた。
でも、まだアイゼルは微かに震えている。
ずっと私を守ってくれていたアイゼル。
まだ、私を守り切る自信がないんだ。
本当に私の事を好きだから不安になってる——。
——私も同じだから分かるの。
私はアイゼルを引き寄せて自分からキスをした。
長く、気持ちが伝わるようなキスを。
アイゼルが私の顔を見た。
「私がアイゼルを離さないから!」
強く宣言する。
私は最初からズレた存在なのに迷っちゃダメだ!
私も迷わない、アイゼルを迷わせない!
「クレアちゃん……」
アイゼルは驚いた後、笑ってまた私にキスをする。
「変わらないね」
「アイゼルも変わってない」
子供の頃と変わらない2人の、6年間のすれ違いが終わった——。
私がギュッともっと強く抱きしめるとアイゼルは止めてしまう。
「アイゼル?」
「ダメだ。このままじゃ止められなくなる!」
アイゼルは私が狙われないためにあえて触れ合わなかったと言っていた。
「今更、遅いでしょう。もう子供もいるんだもの」
急に現れた赤ちゃんを2人で育てる事にしたんだもの。
そう言って私からキスすると、諦めたようにアイゼルもキスを返した。
この上なく幸せな気持ちでアイゼルの温かさを感じる。
腕の中が気持ち良くて、いつのまにか私は眠ってしまった。
微笑みながら自分が眠っているのを感じた。
アイゼルは少し呆れたように微笑んで、でもホッとした顔をする。
私を自分のベッドに運んでくれると、優しいキスをしてくれた。




