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貴族令嬢の歪められた愛

 バタバタ。

 足音が早朝の城砦に響く。


 昨日までと違う不穏な空気が朝の城砦に満ちている。


 ——この物語にはじまりをもたらすヒロインがやってくる日。

 でも、この物語はすでに、ズレている——


 帝国の辺境伯が治める土地の、特に辺境にこの城砦はあった。

 今日は、朝だと言うのに激しい雨で、外は夜明け前の暗さが続いている。


 城砦の使用人は珍しく朝から騒がしく動いていた。

 城砦の奥にある女主人である私の部屋にも、人々の喧騒が響いてくる。


 昨日の重大な決意を夫に伝える事だけを考えていた私も、流石に気になって来る。


「何かあったんでしょうか?」

 着替えを手伝ってくれている侍女のミアが言う。


 なんだかイタズラっぽく期待に瞳が輝いているように見えた。

「面白い事が起こったりしてないかな?」

 などと言う。


 ミアは結婚前から私の世話をしてくれていて、実家から付いて来てくれた。

 いつも一緒の何でも話せる関係だった。


「ミア」

 と、たしなめたものの、私も気になってくる。


 このところ連日続く雨と、私自身の悩みで暗く気持ちが塞ぐような日々が続いていた。

 だから、騒ぎの非日常感に少しだけワクワクする。


 でも、ちょっと考えれば、不穏な雨の日に起こる事がワクワクできるような出来事であることはまずない。


 ドクンッ

 不安に心臓が跳ね上がった。


 城砦をあげて大騒ぎする大変な事態が起こったのだ——。


「もしかしたらアイゼルに何かあったかもしれない!」


 私はそう叫んでいた。


 雨とは別に連日私を悩ませる主である夫のアイゼル。

 何かあったのかもと思うと、サーっと血の気が引いていく。


「どうしよう……!」

 不謹慎な気持ちは途端に不安に変わった。


「ちょうどいいじゃないですか。アイゼル様に何かあればこの城砦はクレア様の物になるんですから」

 平然とミアが言う。

 その冗談は笑えなかった。


「ミア、止めて! 嘘でもそんな事は言わないで!」

 アイゼルに何かあったかもと考えると、不謹慎にも少しでもワクワクしていた自分を呪いたくなった。


「クレア様、落ち着いてください。ごめんなさい。アイゼル様は大丈夫ですよ。万が一があると思ったらこんな軽口叩かないわ」


 ミアが座っていた私を優しく片腕で抱き寄せてくれる。

 背の低いミアが大きく見える瞬間だ。

 ミアは姉のように優しい。


 ……アイゼルは大丈夫。

 きっとそうだわ……。

 私は少し落ち着いた。


「ちょっと様子を見て来ますから、おとなしく待っていてください、奥様」

 ミアは片目をつぶって冗談目かして言うと部屋を出て行った。


 ミアが出て行くと取り乱してしまった自分が恥ずかしくなる。

 本当にアイゼルに何かあったと思ったわけじゃないの。


 ただ、一瞬だけ“何か”を期待してしまっていた罪悪感に我を忘れてしまった。


 アイゼルを失うなんて私には一瞬だって考えられない。

 ずっとそう思っている。

 ただ、この所は事情が変わってしまった——。


 もしアイゼルに万が一の事があれば、永遠に私のモノに出来るのに——、なんて考えが頭を過ぎるくらいに。


 その考えを避けたいのにイメージは振り払えない。


 ——どうして私の初恋はこんなにも歪んだ形になってしまったんだろう。

 自分で自分の肩を抱きながら身震いする。


 無邪気で純粋だった私はもう取り戻せないの?


◆◇◆


『僕、絶対にクレアちゃんとまた会いたい! 会いに行くよ!! そして、結婚しようね』

 そう言って小さなアイゼルは私の頬にキスしたの。


 アイゼルとの婚約が決まって、届けられた人づての頬へのキス。

 温もりが私の支えになった。


 ずっと幸せな結婚ができると信じて疑わなかったのに——。


◆◇◆


 私、ミアが騒ぎのある城砦の裏口の方に行くと使用人たちが慌しく動いていた。

 城主のアイゼル様も側近たちと何か話している。


 その中でも比較的に暇そうな使用人に話を聞いて、ついでに炊事場でクレア様の食事を頼む。


「ミア」

 背中に声がかかる。

 アイゼル様の側近で私とも比較的に親しくしてくれるギリアム様だ。


「クレア様はどうしている?」

「アイゼル様に何かあったのではと心配なさってますよ」


「アイゼル様を……」

 私が答えるとギリアム様は優しく微笑んだ。


 クレア様の可愛さを噛み締めるといいわ。


「アイゼル様は無事だよ。クレア様には心配しないように伝えてくれ」

 そう言ってギリアム様は去って行ったけど、何処かクレア様を憐れむような表情になっていた。


 純粋で可愛すぎるから、憐れでもある。

 クレア様の事は、私もそう思う事があるけど、アイゼル様側の従者から思われるのは、なんかムカつく。


 ギリアム様がアイゼル様の側に行ってクレア様の事を報告する。

 アイゼル様は驚いた後に苦悶の表情を浮かべる。


 ただ、ギリアム様が最初に見せたような和やかな微笑みが側近たちには広がっている。

 そう、私のクレア様は可愛いのよ!


 そして、食事を貰うと、私はクレア様の元へ急いだ。


◆◇◆


 アイゼルは辺境伯の次男だった。

 皇帝には及ばないけど、皇帝の力の及ばない辺境を支配するかなりの権力を持つ家系。


 地方貴族の令嬢に手が届く存在じゃない。

 なのに、婚約者になれたのはアイゼルが幼い日の約束を果たしてくれたから。


 でも、結婚して6年間、ずっと夫婦らしい事は何もなく、結婚した当日にはもうこの結婚が間違いであった事に気づいた。


『酷い! どうして! 旦那様はクレア様との結婚が嫌だったんですか!?』

 側で見ていたミアはひどく怒っていた。


 ミアが私のためにアイゼルに怒ってくれる気持ちは嬉しかったし、自分がとても酷い扱いを受けている事も分かってる。


 それでも、どうしてもアイゼルを嫌いになれないし、離れたくないと思った。

 むしろ、嫌われているのに結婚できた事が嬉しかった。

 アイゼルが居るだけで、お母様のいる屋敷よりは温もりを感じられるもの……。


 アイゼルは、私との小さな頃の約束を覚えていてくれたのかしら?

 頬へのキスが覚えている証と思っていたけど……。


 あの日の私と大人になった私は、すっかり変わって、アイゼルが覚えていたなら、がっかりしたのかもしれない。


『クレア様がそれでいいなら、もう何も言いませんけど、これ以上ここにいたらもう再婚なんて出来ませんよ』


 ミアにはすっかり呆れられて、結婚して6年、私は24歳になっていた。


 ——再婚するなら、もういい縁談は無いだろう。


 自分から離婚するつもりはなく後悔は無いけれど、ミアも一緒に6年分の歳をとらせてしまった事が可哀想だった。


『私は一生クレア様にお仕えするって決めてるからいいんです。慣れればここの暮らしも悪くないです。ただ、クレア様の赤ちゃんのお世話はしたいなぁ』


 それは叶わない夢だった。


 ミアだけでなく、周囲の期待もあった。

 6年間、子供のいない事がじわじわと私を追い詰めて来ていた。


 私たち夫婦が不仲である事は城砦の使用人なら誰でも分かる事だ。

 でも、対外的には仲のいい夫婦を装い、外には知られないようにして来た。

 それはアイゼルも同じだったと思う。


 と言っても、私は殆どこの城から外には出ないので、手紙の中や、滅多に尋ねてこない来客に対してだけでよかった。


 それでも、何処かからは噂がもれるものだ。

 6年間も子供の出来ない夫婦。

 私たちの話題の前には、いつもその言葉が付いていた。


 城砦の小さな村でも話題になり始め、その時が迫っているような感覚があった。


 私は、ずっとアイゼルのそばにいたいだけなのに、時間がそれを許してはくれない——。


——!


 ——そして、つい先日、政務から城に戻って来たアイゼルから離婚を提案された。

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