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赤ちゃんと仮面夫婦の契約

「また泣き出されては話も出来ないな。隣で話をしよう」 

 冷たい表情に戻ったアイゼルが言う。


 アイゼルが赤ちゃんを起こさない様に私の耳元で静かにそう囁く。

 険しい顔は相変わらずだが、その息のかかる近さに身体がキュッと熱くなった。


 でも、私の前でアイゼルが気を許したのは一瞬だった。


 ついさっきの赤ちゃんを見つめる優しいアイゼルの表情が懐かしくなる。

 ただ、あの優しい表情で今みたいに近づかれたら危なかった。


 ホッとしたような残念なような。

 私は物憂げな表情をアイゼルに向けていた。

 視線に気づいたアイゼルは一瞬だけ驚いて素早く目を逸らし冷たく無視する。


 外の側近に話をするとさっき出って行ったばかりの侍女たちが入れ替わりに部屋に入ってくる。


 中には魔石で動くオートマタのメイド人形もいて、ちょっとだけ赤ちゃんが心配になる。


 暴走したりしないかしら?


 昔の事件でオートマタの人気はすっかりなくなっていた。

 ただ、辺境伯に領地では昔ながらのオートマタをよく見た。


 特にこの城のような人が寄りつかない場所ではオートマタが役立っていた。

 侍女たちも居るし、この地のオートマタ技師は優秀でトラブルなどこの6年間なかった事を思い出して隣の部屋に移る。


◆◇◆


 壁一枚に隔てられただけだが、防音もしっかりされたアイゼルの執務室では赤ちゃんを起こす事がないだけにホッとした。

 ただ、赤ちゃんのいる温かみは部屋から消えてしまったけれど。


 アイゼルと2人きりになると、心に重石が乗ったよう。


「い、妹の子をどうするつもりなんですか?」

 緊張する二人きりの執務室で、意を決して私は率直に疑問をぶつけた。


「皇帝陛下の子でもある。君の妹の子であるよりも、こちらの方が確かだ」

「でも、私の所に連れて来たのだから、姉の私を頼ったのでしょう? アイゼルの所に連れてくる理由はないもの……」


 いや、アイゼルは皇帝陛下の家来なのだから頼られてもおかしくないのかも知れない。


 でも、家来なんてたくさんいるだろうし、わざわざ帝都からこんなに離れた辺境のアイゼルを頼る理由は何だろう?


 政務をこなしているのはアイゼルで、実質的なこの地の領主だとは言え、対外的にはお義父様が辺境伯なのだ。

 頼るならそちらが先では無いだろうか?


「アイゼルは皇帝陛下と個人的なお付き合いがあるのですか?」


 聞くと、アイゼルの動きが一瞬止まったような気がした。

 少し間があって答えが返ってくる。


「何故そう思うんだ」

 いつも通りの声だけど、平静を装っているように感じた。


 聞かれたくない事だったのかしら?


 私は少し動揺した。

「わ、わざわざこんな辺鄙な所を頼らずとも皇帝陛下になら幾らでも助けてくれる方がいるでしょう? ここを頼るにしてもお義父様の所ではなくわざわざアイゼルを頼るのは、個人的に親しくしているからなのかと……」


 アイゼルは、睨むような怖い顔だったけど、私の答えに納得したようだった。


「個人的には親しくはないが、この辺境は帝国に反乱を起こす事を常に警戒されている。もちろんこちらにその気はないから皇帝陛下に疑われないように使者を常に送っている。それを皇帝陛下が個人的に信頼してくれているのかもししれない。

 隠す必要があるなら、対外的に敵対している辺境に赤ん坊を送れば目眩しにもなるだろう」


 私は、政治事情には特に疎いまま暮らしていたので、辺境伯が皇帝陛下に疑われている理由がよくは分からなかったけど、たぶんそうなのだろうと思った。


「そう言うわけで、辺境の事情に皇帝陛下は詳しいから、実務をこなす私を頼ったのだろう。あるいは、妹君が皇帝陛下にここを進めたと言う事もあるかもしれない。いずれにせよ、皇帝陛下の子が私を頼って来たなら、私には受け入れるしか選択肢はない」

 なんだか筋の通り過ぎた説明だと思った。

 けれど、苦々しい顔で言うアイゼルの苦悩が伝わってくる。


 妹の話が出ると、私が赤ちゃんを押し付けてしまったみたいで申し訳ない気持ちがした。


「ところで、クレア。先日の答えは出たのか?」


 い、今その事を聞くの?

 唐突に聞かれて言葉を失う。


 先日の答えとはアイゼルからの離婚の提案の件だ。


 私は、悩みに悩んだ末に昨夜やっと離婚を承諾する事に決めた。

 伝えるつもりでいた事だが、妹の赤ちゃんがやって来て事情が変わったのではない?


「それは……」

「いや、今さらその話しは無しだ」

意を決して応えようとしたらアイゼルに遮られた。


「もうこの子を私と君、二人の子として育てるしかなくなった。すまないが、君が私と離婚したくとも、するわけには行かなくなった」


「え?」

 一緒に育てるって、それはまだ私はアイゼルの側にいてもいいって事なの?


「内密に連れて来られたのだ、皇帝陛下の子だと言う事は隠して育てなければならない。私の子として育てるのに妻が居なくては疑われてしまうだろう。だから君の助けが必要なんだ」

 やっぱり苦々しい顔でアイゼルが言う。


 ああ、そうか、そう言う事か。


 アイゼルは私と離婚したい。

 けれど、皇帝陛下の赤ちゃんを託されて離婚するわけには行かなくなってしまった。

 だからこんなに苦しい表情をしているんだ。


 そうか、そうなんだ。


「でも、妻なら私ではなく別の方でもいいのではありませんか?」

 黙っていればいいのに、そんな余計な事を聞かずにはいられなかった。


 アイゼルが私と夫婦でいる事が嫌々でも、私はまだ一緒にいてもいい事が嬉しかった。

 もう私の心は決まっていたけれど、嫉妬心が口を動かしてしまった。


 私と育てたい、私が良いって言って欲しい。


「使用人たちの下らない噂を聞いているんだな。君が信じていても構わないと思っていたが……」

 目を伏せてアイゼルが呟いた。


 ああ、余計な事を聞いてしまったと思った。

 アイゼルも愛人がいると使用人達が噂している事は知っていたのね。


 城の主人としては知っていて当然なのかも知れない。

 きっとアイゼルは噂を放置して私の耳に入る事も計算ずくだったのだ。

 私から離婚したいって言い出すと思っていたのね。


 あの赤ちゃんが来て、アイゼルと話さなくてはいけない事がたくさんできた。

 アイゼルの部屋に通されてから、6年間分の何倍も話せて嬉しかったけど、聞きたくない事も聞かされる。


 ショックな情報が次々に入ってくるわ。

 何だか他人事みたいに受け止めていた。


 きっと、アイゼルから嫌われているかも知れない。

 それが今までの私の最大の不安だった。

 けれど、ここまで嫌われていたと分かったなら不安はもうない。


 嫌われて者としてこの状況を利用して側に居ればいいじゃない。

 だって、それでも好きなんだもの。


「さっきも言ったが下らない噂だ。私に愛人などいない。クレア、今は君しか頼れる人が居ないんだ」

 アイゼルは私を見ずに言う。


『私に愛人などいない——』


 心に光が差すように、スッと軽くなった。


 私は心の中でニッコリと微笑んだ。

 やっぱり私が好きになった人だわ。


 私の事はどう思われていても、絶対にずっとアイゼルの側にいる。

 絶対、絶対、側に居る!


 だって、大好きなんだもの!


 不本意だとは思うが、と前置きした上で

「一緒にこの子を育ててくれ」

 そうアイゼルは言った。


「……これが“呪い”が解けるきっかけなのか——?」

 アイゼルが何事かつぶやく。

 

 それが、諦めになったのだろう。

 さっきまで苦々しさは消えて、微笑みが浮かんでいた。


 あの幼い頃に出会った男の子の笑みだ。


 隣りでスヤスヤと眠る赤ちゃんの少し夫に似た金髪と碧眼の顔を思い浮かべた。

 二人はとてもいい親子になれる気がした。


「はい」

 私も一緒の親子三人で居たら、いつかアイゼルが私を好きになってくれる事もあるかも知れない。

 そんな淡い期待を持ってしまう。


 また、アイゼルの笑顔が見れたんだもの。


 私は、嫌われてても諦めない——。

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