ふたりの場合 木崎×花穂編 第4話
「係長、もうそろそろ帰りません?」
時計を確認するともうすぐ日付が変わろうとしていた。
車で夜景を見に小高い山の中腹の駐車場へと来た私たち。
確かに、夜景スポットだけあって、フロントガラス越しの眼下に広がる夜景はとても綺麗だ。
でも薄暗い車の中は、なんとなく居心地が悪くて思わずそんな台詞が口をついてしまった。
「なにいってるんだ。この前は、帰さない、とか言ってたくせに」
「あ、あれはっ。……お、お酒に酔っていたと言いますか」
明らかにからかわれているみたいだけど、言葉尻に段々勢いがなくなっていく、私。
運転席側から抱き寄せられて、係長の胸に無理矢理おさまってしまった。
「それとも、12時過ぎるとシンデレラみたいに魔法が解けちゃうのか?」
「あ、ちょっ。かかりちょ」
焦って抗議すると、
「直哉」
いつもより低い声色で囁きかけられた。
「え?」
顔を見上げると係長と目があって、頬が熱くなっていくのが自分でもわかった。
「名前だよ。俺の。呼んで?」
知ってるでしょ?と言いながら首筋に顔を寄せ、少しひんやりした唇が押し当てられる。
「え、あ、ちょっ」
「だめ、抵抗しない」
「や、……あの。誰か来たらっ」
「うーん。来たら見せ付けてやるか?」
意地悪な笑みのまま、私の顔を覗き込む係長。
すっごく、すっごく楽しそうなんですけど!
「ちょっ!冗談はやめ――、んっ」
抗議しようと口を開けたところで、台詞ごと係長の唇に飲み込まれてしまう。
「――んな訳無いじゃん。誰が見せてやるか」
そう言うとまたキスをされる。
真顔でそんな台詞を言わないで欲しい。
「か、かかりちょ」
「違う、花穂。名前、読んで?」
甘く囁きながら、片手で私のストレートボブの髪をゆっくり梳きながらなでる。
恥ずかしくて、なかなか呼べない名前。
だから呼び慣れている役職名でつい呼んでしまう、私。
ここで係長の名前を口にするのは、かなりの勇気がいる。
「……。な、直哉さ、ん?」
顔から湯気が出てるんじゃないかと思うくらい顔が熱い。
しどろもどろになりながら小声で呼ぶと。
「んー。ま、いいか、うん」
子供が悪戯を楽しむような笑顔で抱きしめられる。
「……?」
顔を上げて係長を確認しようとすると、耳元で囁かれる、甘い魔法の呪文。
「今日は、俺が帰さない」