第一章 屁理屈男、空から手紙を拾う③
◆ シーン3:動揺と自問
放課後の道は、世界のうちで最も理性を失った空間である。
男子生徒は声を張り上げ、女子生徒は騒ぎ笑い、カップルは遠慮なく相互の情動を可視化している。
しかもそれを誰も咎めないのだから、これはすでに文化の崩壊と呼んで差し支えない。
だが、そんな騒がしい通学路にあって、私は一人、手紙を読み返しながら歩いていた。
周囲の騒音は聞こえていない。いや、耳に入っているはずなのに、意味を成さない。
私の脳は現在、極めて異常な状態にある。
「……これは、偶然ではない。何か、論理的な因果があるはずだ……」
空から手紙が降ってくるという現象が、運命だの奇跡だのという詩的概念で片づけられてたまるものか。
私は理性的存在である。屁理屈の塔を建て続けてきた。
従って、この現象にも、明瞭な説明がなされねばならぬ!
可能性を検討せよ。冷静に、知性的に、だ。
(1)手紙は誰かが校舎の上階から投げた。
(2)あるいはドローンによる投下。
(3)異常気象が上空のポストをひっくり返した。
(4)神の戯れ。
馬鹿馬鹿しい。最後の選択肢など、私の辞書に記載されていない。
だが──どうしても、どれもが決定打に欠ける。
「なぜ、私の目の前に、あのタイミングで?」
風は吹いていた。手紙は舞った。偶然? いや、必然に見える偶然。
もしくは──
「私が、選ばれた……?」
違う! 私がそんなメルヘンを信じるはずがない。
だが──しかしだ。
あの手紙には、知性があった。
私の屁理屈が“切る”ための刃なら、あの手紙は“問う”ための灯火だった。
私は誰とも議論を交わしてこなかった。
交わせなかった。だって、誰もついてこられなかったからだ。
だが──あの手紙の主なら、どうだ?
あの理性的で、詩的で、孤独な文章の主なら……!
「……あの人と、議論がしたい……」
ぽろりと、口から言葉が漏れた。
それは、もはや屁理屈ではない。欲求だった。
言語による格闘。観念による相互作用。
この胸のざわめきは、まさか──否、そんなはずはない。私は屁理屈男だ。恋愛などという熱病には罹患しない。
だが、この奇妙な欲望は確かに存在している。
「もう一度……言葉を交わしたい」
それは、知的共鳴を求める欲望だった。
論理の奥でくすぶる情熱。言葉を通してつながる、もうひとつの“共感”の形。
──ならば、するべきことは一つである。
「返事を書こう」
私は呟いた。
まるで、神託を受けた預言者のように、真顔で、空に向かって宣言した。
それは、屁理屈の塔から投げ下ろす、はじめての梯子だった。