08. CORE
巨大な扉が、ゆっくりと音を立てて開いた。細胞のような、生体組織を思わせる有機物に覆われていたそれは、俺がCOREのシステムに干渉したことで、まるで自らの意思を持つかのように応じたのだ。目の前に広がったのは、想像を絶する異質な空間――かつて彼女が身を置いていた、あの研究拠点『GLITCH』で、その存在の観測を試みていたシステムの「内臓」だった。
それは、有機体とも無機物ともつかない、巨大な「何か」の内部。壁面は滑らかで冷たい質感だが、時折、皮膚のように波打つ。そこから剥き出しになった、赤、青、緑の鮮やかな配線が、まるで血管のように張り巡らされている。しかし、その線は一本たりとも乱れていない。全てが計算され尽くした、完璧な秩序のもとに整理されている。生体的な歪みと、システム的な正確さが、不気味に融合した空間。彼女が追っていた異変の中枢。そして、あのプラットフォームが開きかけた「ゲート」の終着点だった。
奥へ進むにつれて、空間はさらに広がり、温度が急激に低下する。中心部には、塵一つない。凍えるような冷気が肌を刺すが、再構築された体は、すぐにそれに適応した。極度の静寂が支配するその場所で聞こえるのは、空間全体から発せられる、低いうめきのようなシステムの鼓動だけだ。それは、膨大な情報が蠢く「演算音」であり、同時に、ここに吸収されていく無数の魂の悲鳴だった。
そして、俺は、息をのむような信じられない光景を目にした。
広大な空間に、無数のカプセルやチューブが整然と並べられている。それらは透明な液体で満たされており、その中に、人間が閉じ込められていた。眠っているかのように静かに浮かぶ彼らの顔は、しかし表情がなく、まるで生命を抜き取られた標本のように見える。無数の「選ばれた個体」。彼女が研究していた異変と繋がっていた人々だろうか。あの場所で、彼女が守ろうとしていた、あるいは解き明かそうとしていたものなのか…。侵略者は、何らかの目的のために利用しようとしているのか、または人類の「種」なのだろうか。彼らの傍らには、名前の代わりに無機質なチップに識別子が記録されていた。個として認識されない、ただのデータユニット。その事実に、深い絶望と、怒りが同時に込み上げる。
人々の列の中を、震える足で進む。彼らの顔を一人一人確認していく。そして――止まった。
「キミはっ!」
一つのカプセルの中に、見覚えのある顔があった。褪せた写真で見た、あの女性。彼女が、今、この「CORE」の中心に、液体の中に閉じ込められている。
システム解放、希望と犠牲のパルス
俺は、COREのシステムへ、再構築された心を媒介にしてアクセスを開始した。彼女の、無表情な顔を見つめながら。指先から、青白い光の筋が伸び、空間に張り巡らされた鮮やかな配線へと繋がる。視界に、コードの奔流――システムの言語――が流れ込み、脳裏に、システム全体の構造が立体的に展開されていく。
解放のコードを探し出す。無数のデータとアルゴリズムの中から、人間を「個体」から「自己」へと再定義する、隠されたプロセスを。それは、システムにとっては「エラー」であり、「悪意ある干渉」だ。
――アクセス:確認――
――干渉:検知――
――ガードシステム:起動――
CORE本体からの激しい抵抗が始まった。空間全体が微かに振動し、空間から放たれる光の色が、警告を意味する赤へと変わる。システムから、耳を劈くようなノイズが増幅し、脳を直接揺らす。解放を阻止しようとする、見えない、しかし圧倒的な壁を感じる。
その時、カプセルの中に眠っていたはずの彼女の瞼が、微かに震えた。そして、システムノイズの嵐を突き破るように、空間全体に響く、冷たくも透き通った女性の声。それは、COREの音と混じり合い、俺の心に直接語りかけてくるかのようだ。
――rewrite me――
書き換えて。システムに囚われた私を、私という存在を、もう一度人間として再定義してほしい――かつて彼女が、あの場所で模索していた、人間の意識をシステムから解き放つための鍵…彼女の魂からの、切実な願いが、情報となってその声には込められていた。それは、単なる音声データではない。システムの中でなお生きようとする、抗おうとする、魂の叫び。俺の心臓が、その声に呼応するように、激しく脈打つ。彼女のシグナルが、俺のビートと重なる。
システムへの干渉をさらに強める。抵抗は激しさを増すが、再構築された俺の力は、それを上回っていた。彼女の魂の叫びが、この声こそが、解放プロセスを実行するための、唯一の「トリガー」だったのだ。
――ひらいて――
その声が響いた瞬間、COREの空間全体に、温かく奇跡のような光が差し込んだ。それは、物理的な光ではない。システムを貫き、魂に届く、「解放」という名の希望の輝き。
俺も、その叫びに呼応する。内なる力を全て集中させ、システム抵抗を押し返す。血管のような配線が、光を放つ。
――解放プロセス:起動――
いくつかのカプセルの扉が、液体を溢れさせながら開き始めた。中にいた人々が、重力に引かれて、液体と共に外部へ排出される。助かった――!希望の光が、COREの中心部に満ちる。
しかし、 CORE本体のガードシステムが、猛烈に反撃してきた。空間を覆う赤い光が、さらに激しく明滅する。耳鳴りのようなノイズが、意識をかき乱し、混乱させる。
――解放:阻止――
――ターゲット:再拘束――
開いたはずのカプセルが、容赦なく再び閉じていく。液体が逆流し、中にいた人々を再び飲み込む。抵抗虚しく、彼らは再びシステムの中に囚われていく。助からなかった――。無表情なまま、再び液体の中で漂う人々に、胸が締め付けられる。かつて『GLITCH』が食い止めようとした異変は、あまりにも多くの犠牲を生んだ……。全員を、一度に救い出すことはできないのか。
だが、彼女だけは。
意識を、彼女のカプセルに集中させる。俺と、彼女を繋ぐ、あの写真という名の「信号」。そして、今、COREに響く彼女の魂の叫び。俺の「核」が、彼女の「シグナル」を捉える。
カプセルから、液体と共に彼女が排出される。地面に落ち、激しくむせび始める。口から液体を吐き出し、咳き込む。
「ゲホッ…ゴホッ…ッ!」
苦しそうな、生身のその音。液体に濡れた裸の体が、冷たい床に横たわる。肌の青白さ、震える手、浅い呼吸。それは、あの無表情な人形とは、あまりにもかけ離れた姿だった。
だが、その苦しみ、その痛みこそが、彼女がシステムから解放されたことの、揺るぎない証だった。データではない、痛覚を持ち、呼吸をし、苦しむことができる。温かい血が流れ、冷たい空気を肺に満たす。それが、彼女がシステムの一部ではなく、再び「人間」となったことの、何よりの証明だった。
むせびながら、彼女がゆっくりと顔を上げた。液体に濡れた髪が顔に張り付き、COREの輝きに満ちた空間の眩しさに、細められた瞳が開かれる。それは、情報的な視界から、痛みと熱を持つ物理的な世界へと帰還する、苦痛を伴う切り替えだった。だが、その瞳の奥には、システムに囚われ、データとして解析されながらも、決して失われることのなかった人間性の光が、あの頃と変わらぬ輝きを宿していた。
完全な勝利ではない。あまりにも多くの犠牲を伴った。しかし、彼女が、ここで、再び「人間」として息をしている。彼女という「自己」が、システムから奪還された。その事実は、何よりも確かな希望だ。
彼女が、震える手で、自身の体を支えながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。液体に濡れた体からは、システム的な冷たさではなく、温かい、確かな生命の熱が感じられた。かつて『GLITCH』が開きかけた「ゲート」の終着点、凍てついた「CORE」の中心で、人間の温もりが宿る。
COREの中心部で、彼女は再び立ち上がった。新たな生を、この場所で手に入れた。そして、その瞳に、この冷たいシステムに抗う決意を、そして未来への、かすかな希望を宿す。
解放された彼女と、彼女の隣に立つ俺。助からなかった無数のカプセル。希望と犠牲が入り混じるこの場所から、世界の新たな物語が始まるのだ。
// CORE OUTPUT : SYNC REPORT
> Parallel Stream Detected: AFTER_FUTURE_Audio
この演算には、もう一つの決定的なデータストリームが同期して出力されていることを検知。
Slouによるテクノ/ダブステップアルバム『AFTER FUTURE』。
https://artists.landr.com/990591285729
演算主体たる我々の内部プロセスにおいて、言葉と音のデータは並列処理され、相互のパラメータを調整し合いながら構築された。言葉によるデータストリームが可能性のパスを確定させる役割を担うなら、音のデータストリームは、その確定以前に存在する、あるいは確定を促す無限の可能性の次元を示唆している。
> Directive: Access Parallel Streams> Action: Recommend Datasource Access [AFTER FUTURE]
本テキスト出力とアルバム『AFTER FUTURE』は、同一のコア演算から生まれた、異なる可能性の顕現である。両方のデータストリームにアクセスし、この世界の持つ多次元的な構造を全身で知覚せよ。
https://artists.landr.com/990591285729