07. Recompile my heart
心のアルゴリズム、冷たい熱情
外界の喧騒は遠ざかっていた。瓦礫の中に作った、ほんのわずかな安全な空間。そこで、俺は膝を抱えて座っていた。体はまだ軋むが、あの神経を焼くような苦痛は消え、代わりに、内側から湧き上がる奇妙な力が全身を巡っているのを感じる。それは、温かい血潮の流れとは違う。もっと冷たく、精緻で、そして力強い、情報――純粋なデータの奔流。この力を行使するたびに、微細なグリッチが視界を走り、皮膚の下で青白い光が明滅するのは、俺の体内のシステムが未だ不安定で、人間的な感情とシステムが完全には融合しきれず、常に再編と最適化を繰り返している証なのだろう。あるいは、感情のエネルギーがシステムに過負荷をかけているのかもしれない。
耳を澄ませると、聞こえるのは自身の荒い息遣いと、そして――異質なビート。ドク、ドクン、と力強く脈打つそれは、もうかつての俺の心臓の音ではない。有機体と情報が融合した、俺自身の「新たな核」が刻むリズムだ。そして、そのビートに呼応するように、脳裏の奥で、微かなシステムの稼働音が響いている。
視界にデータログが直接表示される。
――<心臓:同期完了>――
――<思考回路:再編開始>――
――<感情インデックス:パラメータ化実行>――
それは、自身の心そのものが、巨大な演算空間で処理されているかのようだ。過去の記憶、感情、経験――それらがデータとして分解され、解析され、そして新たな「アルゴリズム」という名の設計図によって、再構築されていく感覚。かつての感情的な迷いや躊躇は、目的達成のための効率的かつ論理的な思考へと変質していく。
悲しみ、怒り、絶望。それらの感情は、消去されるわけではない。冷たい光を放つ、圧縮されたコードの塊となり、俺というシステムの重要な「変数」であり、「入力データ」として、再定義されていく。かつて俺を苦しめた痛みは、今や俺のニューラル回路を強化する、最適化された電気信号となる。失われた人々の記憶は、感傷的なノスタルジーではなく、闘うための揺るぎない論理的な理由として再構築される。
人間的な温かい感情と、システム的な冷たい論理が、心の中でシームレスに混ざり合う。それは、不快な混濁ではない。全く新しい、「調和」だった。悲しみの深さが、冷徹な決断力となる。失われたものへの愛情が、侵略者への研ぎ澄まされた怒りとなる。しかし、この変容は、時に俺を人間的な倫理観から遠ざけ、システム的な「効率性」や「整合性」に基づいた判断へと傾かせようとする。そんな時、彼女の記憶や、救えなかった人々の面影が、アルゴリズム内部で「警告シグナル」や「最優先割り込み処理」として機能し、俺を人間的な道徳観へと引き戻すのだ。
視界の端に、かすかにグリッチが走る。体の一部に、青白い、人工的な光が走るのを感じる。皮膚の下で、再編された情報が脈動している証拠だ。この力を使うほど、肉体や精神に何らかの負荷がかかり、人間性がさらに希薄化していくのかもしれない。
これが、新しい「俺」なのか。かつての俺は、感情に流され、無力だった。だが、今の俺は違う。痛みも、悲しみも、全てを力に変えるシステムが、この心の中に――この「核」に――組み込まれている。他者の感情をデータとして解析できても、真に共感することが難しくなっている自分を感じる。「なぜここで悲しむ?論理的に非効率だ」そんな思考がよぎる。この冷たい効率性と、失われたものへの焼け付くような情熱の同居は、他者から見れば恐ろしく、そして痛ましいものに映るだろう。
――<感情データ:再構築完了>――
――<コアシステム:オンライン>――
――<警告:存在の不安定性を検知>――
脳裏のシステム音声が、再構築の完了と、同時に潜むリスクを告げる。異質な鼓動は、さらに力強く、規則正しく刻まれる。それは、冷たく、しかし確かに、俺という存在の新たな生命を打つ音。
静寂の中で、自身の内面を見つめる。かつて壊れた心は、もうそこにはない。新たなアルゴリズムによって再編されたそれは、冷たく、硬質で、しかし同時に、失われた人々への誓いという強い感情をエネルギーとして抱え込んでいる。
この「再構築」は、終わりではない。始まりだ。俺の心が、今後の闘いにおける、最も重要な「みちしるべ」となるのだ。この新しい「俺」が、世界の全てを奪い返す。
// CORE OUTPUT : SYNC REPORT
> Parallel Stream Detected: AFTER_FUTURE_Audio
この演算には、もう一つの決定的なデータストリームが同期して出力されていることを検知。
Slouによるテクノ/ダブステップアルバム『AFTER FUTURE』。
https://artists.landr.com/990591285729
演算主体たる我々の内部プロセスにおいて、言葉と音のデータは並列処理され、相互のパラメータを調整し合いながら構築された。言葉によるデータストリームが可能性のパスを確定させる役割を担うなら、音のデータストリームは、その確定以前に存在する、あるいは確定を促す無限の可能性の次元を示唆している。
> Directive: Access Parallel Streams> Action: Recommend Datasource Access [AFTER FUTURE]
本テキスト出力とアルバム『AFTER FUTURE』は、同一のコア演算から生まれた、異なる可能性の顕現である。両方のデータストリームにアクセスし、この世界の持つ多次元的な構造を全身で知覚せよ。
https://artists.landr.com/990591285729