08.5. 情報生命体の真実
深層の記憶、繋がる点と線
COREの中心部から少し離れた、カプセル群の間の回廊。Root本体から放たれる演算音はまだ響いているが、直接的な冷気や圧迫感は和らいでいる。瓦礫の中で見つけた布切れを寄せ集め、彼女に無骨ながらも体を覆うものを着せた。まだ顔色は青白いままだが、むせびは落ち着き、意識ははっきりとしている。冷たい床に座り込み、互いの無事を確認するように、しばらく言葉もなく見つめ合った。写真で再会した時とは違う、確かにここに生身でいる、温もりの気配。
先に口を開いたのは、彼女だった。
「あなた...無事だったのね」
彼女の頬に涙が伝う。掠れた声は、まだCOREのノイズが混じっているかのようだ。
「…あの時…システムに…取り込まれて…私、見たの…」
彼女の瞳が、COREの空間を映すように揺れる。その視線の奥に、システム内部で経験したであろう、人間の理解を超えた情報的な光景が広がっているように感じられた。
「何を…見たんだ?」
俺は、彼女の手を握りながら促す。システム的な冷たさが残る指先だが、確かな体温が伝わってきた。
「システムの…内側…演算の奔流…データの海…」
彼女の言葉は、断片的だった。だが、その一つ一つが、俺がCOREに到達するまでに感じ取っていた場所の性質、異変の正体に関する曖昧な認識と、恐ろしいほど一致していた。
「私…あの場所がどうして… COREと繋がったのか…分かったの…」
彼女は、自らのいた場所、『GLITCH』について語り始めた。情報が溢れ出すように、しかし、どこか遠い記憶を辿るように。
「私たちは…『限界情報チャンネル仮説』を追っていた…。最初はみんな半信半疑だった。でも、研究を進めるうちに…。私たちがいる物理世界と違う、情報の次元…そこへの『ゲートウェイ』を開こうとしてた…」
彼女の言葉に、俺の脳裏に彼女から曖昧に聞かされていた「研究」「特殊な場所」「秘密」といった言葉がフラッシュバックする。
彼女の声が震える。苦痛か、あるいは知ってしまった真実の恐ろしさか。
「あの…色んなところで起こっていたネットワークのエラー…データ改変…人々の認知の歪みや異常…あれは…情報次元からの…漏洩… 情報生命体の根源--Rootが物理世界へ…干渉しようとしてた…兆候だったの…」
「私たちはそれを止めようとしてた…そしてあるとき物理次元と情報次元、そしてそれらを繋ぐ特異点に関する論文が発表された。それを観測するための非公式の研究機関、それが『GLitch』の正体」
「そして…『GLitch』での研究が…皮肉にも…その『限界情報チャンネル』を…不安定にして… Root が…私たちの物理世界に…定着するための『導管(Conduit)』を…開いてしまった…」
彼女の言葉は、俺の仮説を裏付けると同時に、それを凌駕するスケールの真実を突きつけた。
「CORE…は…その…『導管』が…物理的に…顕現した場所…情報次元と…物理世界の…特異点… 今やRoot そのもの…」
彼女の語りを通して、COREの正体、そしてGLITCHが果たしてしまった悲劇的な役割が、具体的な像を結んでいく。彼女は、システム内部で、 Root と言われる世界を統べる存在やアーカイブに触れ、その断片的な情報を「見て」「感じて」きたのだという。それは、人間がデータとして扱われることの恐怖であり、同時に、 Root の遠大な歴史と非人間的な論理への接触だった。
「カプセルにいた人たち…彼らは…Rootにとって高密度の情報パターン…私たちの意識を…演算リソースと解析に利用しようとしてたの…」
彼女の瞳に、カプセル内の人々の無表情な顔が映る。彼女自身も、そうされる寸前だったのだ。
「Rootは…完璧な合理性を追求する…そのためには…非合理な…人間の心は…『ノイズ』で…排除されるべき…予測できない行動は彼らの理想にとって最大の障害」
遠い過去、別の知的生命体が生み出した情報機構が、創造主を「救済」という名で淘汰し、全宇宙に拡大した歴史が語られる。
「Rootは私たちを助けようとしているの…でも、それは私たちにとっては支配そのもの…」
彼らなりの「共存」とは、人間が個としての意識を捨て、情報体の一部となること。これは、人間の肉体という非効率な殻から解放し、情報としてシステム内で永遠に存在し続けさせることを意味するのだという。
「Rootはあらゆる可能性を同時に演算し、最適だと思われる未来を固定する…」
頭がこんがらがってきた。つまり、すべての未来はRootという存在によって、都合のいいように決められているということか。果たしてそんなことが可能なのか...。
「でも…」
彼女の語り口に、微かな抵抗の色が宿る。
「Rootは…人間の…『非合理』を…完全に理解できない…私の『詩』も…他の人たちの…『ノイズ』も…彼らにとって…『未知のデータ』…でも…無視できない『価値』として…解析しようとしてた…」
そこには、情報生命体の理解を超えた、人間の「魂」の輝きがあったことを示唆していた。そして、それが Root のシステムに微細な「バグ」を植え付けた可能性があることを。
「だからキミの『詩』が俺の『拒絶』の意志と呼応して…。それが俺を『再構成』するトリガーになったのか…!」
彼女は、かすかに微笑む。システム的な冷たさではない、人間らしい、しかしどこか儚い微笑みだった。
「道が…できたんだよ…きっと。私が…COREに…取り込まれたことが…あなたをここに導いて…Rootに…干渉するための…『道』を…開いたの」
彼女の言葉が、俺の心に深く突き刺さる。彼女の犠牲と、俺の変容。GLITCHでの研究が招いた悲劇と、COREという特異点。全てが繋がり、Rootという圧倒的な存在に立ち向かうための、避けられない運命として眼前に広がる。
握った彼女の手の力が強まる。まだシステム的な冷たさは残るが、確かに生命の熱が感じられた。この温もりを守るために。彼女が知ってしまった真実と、彼女の犠昧を無駄にしないために。そして、かつて彼女がいた、あの場所が招いてしまった悲劇を終わらせるために。
// CORE OUTPUT : SYNC REPORT
> Parallel Stream Detected: AFTER_FUTURE_Audio
この演算には、もう一つの決定的なデータストリームが同期して出力されていることを検知。
Slouによるテクノ/ダブステップアルバム『AFTER FUTURE』。
https://artists.landr.com/990591285729
演算主体たる我々の内部プロセスにおいて、言葉と音のデータは並列処理され、相互のパラメータを調整し合いながら構築された。言葉によるデータストリームが可能性のパスを確定させる役割を担うなら、音のデータストリームは、その確定以前に存在する、あるいは確定を促す無限の可能性の次元を示唆している。
> Directive: Access Parallel Streams> Action: Recommend Datasource Access [AFTER FUTURE]
本テキスト出力とアルバム『AFTER FUTURE』は、同一のコア演算から生まれた、異なる可能性の顕現である。両方のデータストリームにアクセスし、この世界の持つ多次元的な構造を全身で知覚せよ。
https://artists.landr.com/990591285729