閑話2 ある男の顛末
暗く、残酷で、軽くホラーな展開です。読まなくても本編には支障がありません。
57話と58話の間の話です。
父は平民だった。
だが頭脳明晰で一目を置かれ、若い頃から国の中枢で働いていた。
そしてとある不正を暴き、正した功労者として子爵位を授爵された。
母は剣豪のスキルを持ち、国一番の騎士だった。
父は一代で子爵位を賜り、領地を守り、母と婚姻を交わし、5人の息子を設けた。
家督を継ぐ長男は、父譲りの頭脳を持ち、早くも国の中枢で働いている。
次男は母譲りで剣豪のスキルを持ち、我が国の騎士団の第2部隊隊長だ。
4男は魔力を豊富に有し、剣技も鮮やかで宮廷魔術師団に所属していた。
5男はまだ学生だが父譲りの頭脳を持ち既に一目を置かれていた。
我がマーキス子爵家は、近いうちに伯爵位を賜ると言う話もある程、家族皆優秀だった。
ワタシを除いて。
ワタシは頭が悪かった。剣技も無難程度。魔法量も少ない。
父も母も、貴族として常に心を配り、努力し、自分の出来る精一杯を行えば良いと言ってくれるが、華々しい一家の中で唯一劣っている自分に、強い劣等感があった。
だから、その憂さを自分より身分の低い者で晴らす。
父や兄達から都度諌められたが、その時は言うことを聞くふりをして、外では自分を変えることはしない。
能力を持った者にはこの劣等感はわかるまい。
だが、ダンジョンの調査に抜擢された時は得意な気持ちになった。
兄から気を引き締めよ、と言われたが余計な事を言うなと思った。
何故ならば、王国騎士団団長から直々に期待している、と言われたからだ。
ワタシには重要なダンジョン調査に派遣される価値があるのだと、功績を上げれば出世するに違いないのだと確信した。
でも、そこから狂い始める。
冒険者は自分より身分の低い者達がなるものだと思っていた。
だが、中には貴族出身でワタシより身分の高い者もいたのだ。
ワタシの支度をせよと命じたら、冒険者ギルドの関係者で侯爵家出身の男に一喝された。
気に入った平民の女がいたので愛人にしてやろうと言ったが、伯爵位と同等の身分を持った女だった。
ワタシは獣人族など低俗な生き物と認識している。
だから、この国では良しとされていないのに、意見されたことに苛ついて罵ってしまった。
辺境伯など田舎者だと信じていた。
辺境伯領の騎士団を小馬鹿にしてしまったが、それは間違っていたようだ。
全てが問題になった。
このままだと出世どころか我が首が危うくなる。
これらを払拭する為に、国に献上しようと、平民から素晴らしいマジックバッグを強奪しようとした。
だが、それも失敗に終わった。
スタンピードを止めた英雄になんて事をするのだ。
身綺麗な格好を見て、平民だと思うのか!
そう罵られ、とうとうワタシは拘束されてしまった。
拘束されたまま森を歩かされるのは屈辱だった。
貴族に対して不敬だと抗議したが無視をされた。
ミールナイトに戻り事情聴取を受けた後、ワタシは王都へ移送される事となった。
牢付き馬車での移動は惨めだった。
父や兄達と話をさせてくれと懇願したが許されなかった。
やがて裁判が始まった。
ダンジョン調査中の全てが問題視された。
サバンタリア王国とロストロニアン王国からは、ワタシの発言と行動が非常に不快であったと抗議文が提出された。
国王陛下の代理人から、我が国で種族差別は悪とされる旨を読み上げられた。
王国騎士団の騎士からの発言や行動は国交に亀裂を生じさせる行為であり、重罪と見なされる。よって、ムットー・マーキスをマーキス子爵家から除籍し、平民とする。と伝令を受けた。
愕然とした。
ワタシが平民?
…………平民だと!
抗議をしようとしたが取り押さえられ、直ぐに地下牢へ入れられてしまった。
数日後、長兄と次兄が面談にやって来た。
ワタシは兄達に何とか除籍を免れないかと訴えた。
ドン!
次兄がテーブルを叩いた。
そして、この期に及んで何を言っているのだと声を荒らげた。
長兄は静かだが怒気を含む声だった。
国王陛下に恥をかかせたのだ。本来であればお前は極刑だ。
命を繋げられたのは父上と母上の功績があったからだ。
お前と共にいたマクレーン・ボイストは犯罪奴隷となり既に奴隷商に連れて行かれた。
ボイスト準男爵家は資産を全て没収の上、爵位剥奪されて平民となった。
お前は先程言ったように父上と母上の功績があり、また優秀な弟達の将来を鑑みて、極刑となる家族がいるとまずかろうと減刑されただけだ。
我らも男爵位に降爵となり、近いうちに今の領地から出ることになるだろう。
領はセルレジオ子爵が継ぐことになる。
あの、セルレジオ子爵だ。
黒い噂が絶えず、領民は資産を搾取されると噂の、あの、セルレジオだ。
父が繁栄させた子爵領の領民がどれほど苦しむか。
それを考えもせず、お前は己の保身のみか。
静かなる怒りが俺の心をえぐった。
次に次兄が話し出す。
ダンジョン調査に抜擢されたと浮かれていたお前に俺は気を引き締めろと言ったはずだ。
これは騎士団団長の策略でもあると。
お前は出世に一歩前進だと、余計な事を言うなと、調査隊に加われなかった嫉妬かと言ったな。
そんなわけあるか!
俺達と懇意にしている侯爵家と騎士団団長の侯爵家は敵対関係だ。
自分の息がかかっている子爵よりも先に我らが伯爵位を賜ることを良しとしていなかったのだ。
お前の性格を考え何かしらのトラブルを起こすと踏み、調査隊に抜擢したのだ。
だからあれほど真面目に取り組めと言ったのに、これでは団長の思う通りではないか。
怒りに震え項垂れる次兄に長兄が言った。
何を言っても今更だ。
私もお前もこれからがある。
汚名を濯ぎ名誉を挽回すれば良い。
そしてワタシに告げる。
ただ、お前はもう我がマーキス家の一員ではない。
長きに渡り、叱り、貴族の役割を説き、学ばせた。
だが、お前は何としても我らの声を聞き入れなかった。
父上も母上もはお前を見限り、除籍を認めた。
これがその書類だ。
見せられたのは、ワタシの除籍に関する書類だった。
既に承認され、ワタシは貴族という地位を失っていた。
今一度言うが、我らはもう二度とお前を受け入れることはない。
平民がマーキス家と名のることは断じて許さぬ。
そう言って2人は出て行った。
ワタシはとうとう家族を失った。
気がつけば貴族街の通行門から出されていた。
手には幾らかの金子。
行くあてがなくフラフラしていると親切な男が声をかけてくれ、意気投合し、相棒となった。
共に過ごし、酒とギャンブルと女を覚え、気が付けばかなりの借金をつくっていた。
相棒に3日後までに金を返さなければ奴隷に落ちると言われた。
父や兄に助けてもらおうとしたが、貴族街の門を通ることは出来なかった。
その時、ミールナイトにいたガキを思い出した。
あのマジックバッグを売ればかなりの金になる。
相棒に話すとミールナイトへ一緒に行こうと言われた。
再び借金をして王都からミールナイトへ向かった。
だが、町中どこを探してもあのガキはいなかった。
チッ元貴族のくせに使えねえな。
相棒だと思っていた男は金貸しの一員だった。
気のいい仲間だと信じていたのに裏切られたのだ。
搾り取れねえなら、もうお前は用無しだ。
借金には俺の足代や宿代、ああ、観光代も上乗せしとくぜ。
わざわざミールナイトまで来てやったんだから、ま、手間賃って事で。
こうしてワタシは、抵抗する間もなく奴隷商に売り飛ばされ、借金奴隷に落とされた。
金を返す当てもなく、現状を受け入れるしかなかった。
元騎士だからか、直ぐに護衛として買い手が決まった。大店の商家だった。
王都から地方へ仕入れに行った際、A級の魔獣と対峙した。
途中逃げ出したが体につけられた奴隷紋が痛み、結局戦うことになった。
何とか馬車を逃したが、最初に逃げ出したことと日頃の態度が仇となり、折檻のうえ再び奴隷商に売られた。
次も護衛として買い手があったが上手くいかず、ワタシは護衛として使い物にならぬとレッテルを貼られた。
次は荷物持ちだったがその大事な荷物を落としてしまい、壊した代金を借金として上乗せされて再び売られた。
次は便所の処理に買われたが、うっかりミスをしてスライムを分裂させ増やしてしまい、便所が溢れる騒ぎを起こした。その修理代金を借金として上乗せされ、折檻の後また売り飛ばされた。
こうしてあちこちを転々として行くうち、自分がどの国にいるのかもわからなくなり、流れ流れて大規模な炭鉱山に売られたのだった。
ここは本当に厳しい。
仕事も寝泊まりもずっと炭坑内で、何ヶ月も空を見ていなかった。
食事が少なく栄養価も低いものばかりなのに重労働で、体が悲鳴を上げていた。
倒れることもあるが鞭で打たれ働かされた。
辛かった。
ある日、懐かしい人物に再会する。ダンジョン調査隊に共に参加したマクレーンだ。
広い炭坑内でたまたま会えた。
ワタシが声をかけると驚いた顔をしていた。
ワタシよりも先にこの炭鉱山で働いていたらしい。
見知った顔を見て嬉しかったが、マクレーンは時折ワタシを睨んでいた。
そんなある日、転機が訪れた。
監視人に呼ばれついて行くと、炭鉱山の管理責任者がいた。
責任者に会うのは初めてだった。
責任者の話では、この国の公爵の希望でワタシが売られる事になったらしい。
ワタシはその場で了承する。
出発はこのまますぐだと言われ、責任者に連れらてれ炭坑入口へと急ぐ。
ようやくここから出られるぞ!
公爵の屋敷であればここよりは良い環境だろう。
一生懸命働いて認められるよう努力するつもりだ。
久しぶりに仰いだ空は青く、まるでワタシの心のようだった。
長いこと暗い場所にいたので眩しくて目が痛い。
明るさに慣れた頃、公爵家の物らしき馬車がやって来た。
随分と頑丈で、そして汚いと思った。
牢付きなのは、奴隷を運ぶからなのだろう。
我がマーキス家にも牢付きの馬車はあったが、もう少し綺麗だったと記憶している。
公爵家と言っても貧乏なのだろうか?
まあ、良い。
この炭坑の中よりはずっと綺麗だからな。
関係者に声をかけられ、ワタシは馬車のステップに足を置く。
もう一度仰いだ空はやはり美しかった。
あいつ、笑ってたぞ。
あの公爵の所に連れて行かれるんだ。狂っちまったんじゃないか?
いや、あいつは外の国から来たばかりだ。自分がどうなるのか知らないんだろう。
それもそうか。
あそこに行くと、もう二度と出られないんだろう?
ああ、おかしな薬の実証実験に使っているらしいぜ。
俺は拷問器具の使い心地を試してるって聞いたぜ?
俺は飼っている魔獣のエサって聞いた。
…………………………。
いずれにしても、ろくでもねえな。
怖い、怖い。
お前達!いつまで休憩するつもりだ!さっさと働け!
やべえ。
んじゃな。
夜はどうする?
あの酒場へ行くか。
了解、夜に。
ああ。
監視員と門番の興味は他に移って行った。
もう、ムットーを思い出す者もいないだろう。
いや、1人だけ。
今まで散々俺を馬鹿にしたんだ。
公爵家行きの奴隷を推奨したって問題ない。
ざまあみろ!
マクレーンが晴れやかに笑う。
7ヶ月後、自分の行く道も知らずに。