天の川を渡って ~エピローグ~
青年はベンチに腰掛けていた。
知り合いの少女に呼び出されたから。
なにか青年に話があるらしかった。
でも、もう陽が山に落ち、あたりは真っ黒になっている。
少女がやってきて、話が済んだら、家まで送ってやらなければ。それと、先日、彼女は事件に巻き込まれたそうだし、まだ少女なのだから、こんなに暗くなる時間まで、外を出歩いているんじゃないと注意しなければ。
そんなことを考えながら、少女が現れるのを待っていた。
約束の時間はとっくに過ぎているが、少女の呼び出しのメールには、追伸で、他の用事が延びて、30分ぐらい遅刻するかもしれないなどと書いてあったので、大人しく待っていた。
空は満天の星空。
植物棚の天井には、たくさんの紫の花房をつけるツル植物が巻きつき、もう満開に咲き誇って、あたりに甘い匂いを漂わせていた。
その花房の間にも小さく星が瞬いているのが見える。
と、校舎の2階の部屋に明かりがともった。
こんな時間なのに、ここの生徒たちはなにをやっているのだろう?
見るとはなしに、その明かりに視線をやった。
ガラス窓の低い位置に、女生徒のシルエットが浮かんでいる。
座っているのか?
あの髪型からすると、この青年が待っている少女ではないようだ。
ふっと、鼻先を甘い香りがゆれた。
少し風ができてきたみたいだった。
また、再び天井越しに星を眺めた。
東の空にアルクトゥールス、南にスピカが見える。春の大曲線。
それに、しし座のデネボラを足して、春の大三角。
高校時代に覚えた星の名前が、スラスラと出てきたことに、青年はかすかな満足を覚えた。
もう少ししたら、北東の山の上からベガが昇ってくるはず。
青年は、そちらの方向を祈るように見ていた。
そう、あれから、もう半年。
もうこの植物棚の花は満開に咲き誇り、甘い香りをあたりにふりまいている。
うっとりするような美しさ。
あのときの、秋の星空の下で見た、あの少女に勝るとも劣らない可憐さ。
ぜひとも、あの子に見せたいと思った。
いや、あの子と一緒に眺めてみたいと欲した。
だから、あんな強引な約束を彼女としたのだ。
もしかしたら、彼女は青年との約束をとっくに忘れ果てていているのかもしれない。
もしかしたら、彼女は他の男に恋をしていて、彼と花を眺めたいとは思っていないのかもしれない。
もしかしたら、彼女は、あの強引な約束をした青年を嫌っているのかもしれない。
いろんな、もしもが、青年の頭の中を駆け回り、渦巻いているのだった。
そして、今回の満開時に彼女と眺めることができなくても、いつか再び会えることを願って、来年も、再来年も、毎年毎年、この場所へ来ようと、星に誓うのだった。
少女は、黒々と聳え立つ山をにらんでいる青年を遠くから眺めていた。
後輩の少女に背中を押されるようにして、裏庭に飛び出してきたものの、いざあのときの青年を目の前にして、なんと声をかければいいのか分からなかった。
ずっと私のことを待っていてくれたのですね?
ううん、違う。
あの約束を覚えていたのですね?
ううん、それも違う。
少女は迷っていた。
全然、正しい答えを見つけられなかった。去年まで、学業の成績が3年間トップであり続けた自分なのに、なにが正しいのか、なにをすべきか分からないなんて・・・・・・
ともすれば、このまま何も見なかったことにして、その場からはなれ、逃げ出したいという気持ちになる。
でも、それは絶対に間違いだという確信だけはある。
私は、一人で歩んでいかなければならない。
あのベンチに座り込んでいる青年のもとへ、一歩一歩と。
少女は胸の前に手を組んだ。
そして、静かに目を閉じた。
どうか、神様、私に勇気を・・・・・・
脳裏にあの時見上げた4つの星の姿が浮かんだ。
少女のその小さな声が、神様の窓といわれる4つの星に届いたような気がした。
ゆっくりと目を開いた。
もう、迷いは消えていた。
それから、少女は一歩を踏み出した。
「あれがデネボラ、アルクトゥールス、スピカ」
青年は、星をひとつひとつ指差し、自分の記憶を確かめていた。
大丈夫、忘れてなんかいない。
あの星空に夢中になっていた日々がよみがえる。
だれもいないはずの青年だけの空間。
だが・・・・・・
突然、背後で人の気配が動いた。
かすかな躊躇したような息遣い。
青年は背後を振り返ろうともせず、じっと虚空をにらんでいた。
背後に神経を集中して、後ろの人物の息遣いを探る。
やがて、青年の表情がゆるんだ。
「やあ、こんばんわ」
「こ、こんばんは・・・・・・」
「やっと来てくれたんだね?」
背後でうなずいたようだ。
「ね、見てよ。すごく素敵な花だろう?」
「え、ええ・・・・・・」
「この花を、この景色を君に見せたかったんだ」
「・・・・・・うん」
頭上の花房が小さく揺れた。
青年は、立ち上がって、ゆっくりと振り返った。
星の光を宿す瞳が、青年を見つめていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は、静かに見つめあっていた。
そして、微笑を交し合った。
「私、梅田美樹です」
「俺、三木清貴」
風が吹いて、花房が揺れる。
さらに濃い甘い香りが二人を包み込んだ。
二人だけの世界を覆い隠すかのように。
ちょうど空の上では、星が流れた。天の川を渡って。
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