初恋の終わり 6
「あ、神宮寺さん」
「こんばんは」
戸口に現れたのは、髪の長い女性。端整といってもいい顔立ち、美しい人。
まだ、未成年。少女らしさが、どこかしら残っているけど、でも、私なんかより、はるかに大人びた雰囲気をあたりに振りまいている。
ゆっくりとした足取りで、私の隣にやってきて、席に着いた。
「瞳から訊いたけど、なにか私に相談したいことがあるんだって?」
ちょっと不思議そうな目の色。口元にかすかな微笑を浮かべて、私を見つめているのは・・・・・・
梅田美樹。
さくらヶ丘女子高校最後の生徒会長・梅田先輩だった。
「わざわざご足労おかけして、申し訳ございません。早速ですけど、先輩、この春まで、交換留学の制度で留学してらしたんですよね?」
「え? ええ、そうよ」
「ちょっと、そのことについて、詳しく教えていただきたいなって思って」
「ああ、そういうこと。いいわ、なんでも訊いて」
「ありがとうございます」
急速にあたりから光が弱まり、暗くなってきた。
「ちょっと暗いですね。明かりのスイッチ入れますね」
私、立ち上がって、入り口の方へ歩いていった。
「ええ、そうね。外、真っ暗・・・・・・・!?」
そのとき、私の背後で、息を飲む気配がした。
私、照明のスイッチを入れた。
振り返ると、ガラスに写る梅田先輩の顔が見えた。
目を大きく開き、呆然と外の一点を見つめていた。
部屋の光が邪魔で、もう暗い外の様子なんて見えないにも関わらず。
「先輩?」
私の呼びかけに、反応がない。ただ、ガラス越しに外の様子をのぞこうと、一生懸命。
私、近づいていき、先輩の肩に手を置いた。
「え? あ、ああ、神宮寺さん・・・・・・」
「やっぱり先輩だったんですね?」
「え?」
「清貴さんが探していた人って」
「・・・・・・? だれ?」
「去年の秋に、裏庭のベンチにいた男の人です」
梅田先輩の目が大きく見開かれた。
私、精一杯の笑顔を浮かべた。得意のエンジェルスマイル。どんなときでも、まわりの人を魅了する必殺の笑顔。私のトレードマーク。
「先輩、行ってあげてください。清貴さん、去年の秋から、ずっと待っていたんです。あのときの少女といつか再び出会えるかもしれないって」
「・・・・・・!」
「先輩も、やっぱり清貴さんのことを探していたのでしょう? 待っていたのでしょう?だから、裏庭の花が満開になる季節に合わせて、なんだかんだと用事を見つけて、学校へやってきたのでしょう?」
「ど、どうして・・・・・・」
「似たものカップルですね」
軽く笑う。
「清貴さんも、先輩も、お互いに惹かれあい、一目ぼれして、約束を律儀に果たそうとするなんて」
ちょっと奥歯をかみしめた。
「ともかく、行ってあげてください。私のことは、もういいですから」
「で、でも・・・・・・」
「前を向いて歩きなさい。決して、後ろを振り返るんじゃないわよ!」
私、入り口の方を指差した。
「え?」
「観桜会のとき、そう言っていたの先輩自身ですよ。ほら、立ち上がって、歩いていくの!」
先輩の手をとって、引っ張り、立たせ、そして、背後に回って、入り口の方へ背中を押してあげた。
2,3歩たたらを踏んだけど、踏みとどまって、私の方を振り返った。
私、こぶしを固めて、あげて見せた。
「グッドラック!」
先輩、ようやくうなずいた。そして、前を向いて、小走りにでていった。
廊下へ、外へ。
私、先輩の背中へ向けていた笑顔のまま、近くの椅子に座り込んだ。
気づいたら、頬を暖かいものが流れ落ちていた。慌てて、スカートのポケットを探り、ハンカチを取り出す。そのとき、スカートの裾がシミになっていくのが目に入った。
シミがどんどん広がり、数が増えていく。
なんだろう?
なんで、シミなんて私のスカートについているのだろう?
ぼんやりと頭の中で考えていた。
シミをハンカチで押さえようとした。その途端、手の甲に生暖かい水滴がはじけた。
手が止まった。
そうか、私、泣いているんだ。
こうして、私の初恋は終わった。