初恋の終わり 1
私の住んでいる町は、思っているより、ずっと小さいみたい。
次の日、会う人、会う人みんなに、『昨日は大変だったね!』だとか、『辛い目にあったね、かわいそうに!』だとか声をかけられどおし。
仕舞いには、どういう噂になっているのか、『野良犬にでもかまれたと思って、すっぱり忘れてしまいなさい!』だとかいう人もいた。
う~ん・・・・・・
なんか、ヘンな噂が一人歩きしないといいな。
ともあれ、昨晩は、警察のパトロールがまじめに行われていたみたいで、一晩中、家の前の通りから、なんども職務質問を行っている声が聞こえてきた。
一応、ありさちゃんが泊まっていってくれたし、今朝も学君と服装を入れ替えて登校したのだけど、いつもの男たち、今日は一人も現れなかった。
やっぱり、可憐な絶世美少女つかさちゃんってイメージを壊すような、暴力場面を眼前にして、多くの男たちが幻滅してしまったのがひとつの理由。
それから、犯罪行為に走ってでも、私を手に入れたい! と極端な行動に出てしまうほど執心していた男たちが、実際に誘拐未遂事件を起こし、逮捕されてしまったことも大きな理由かも。
あの人たちは、朝から、家の前で待ち伏せしていた男たちのリーダー格。そんな人間がいなくなってしまったのは、仲間と固まってないと何もできない、気の小さな彼らにとっては大きな痛手。
そして、一番大きな理由は、事件を受けて、警察が本気で取り締まろうっていう姿勢を示したこと。
待ち伏せする男たちっていうのは、本質的には、優柔不断な小心者。警察がパトロールを強化し、頻繁に職務質問するようになれば、おびえて、退散してしまう。
だって、もし、芯の強い大胆な人間だったら、私が嫌がっているのを分かっていて、待ち伏せたりしないし、好意を受け入れられる可能性がないなら、すっぱりとあきらめて、次の素敵な女の子を口説こうとするもの。
まあ、もっとも、彼らが、私ぐらい素敵な女の子に出会えるとは思えないけど・・・・・・
可能性がないのに、いつまでも一人の女の子に執着するなんて、自分では、なにも決めることのできない小心者でしかない。
とにかく、こんなに簡単に、問題が解決するのなら、私が最初に相談したとき、警察がしっかり動いて、取り締まっていてくれればよかったのに!
ほんと、警察って、肝心なときに頼りにならないんだから!
学校では、同級生たちや先生たちが、いつも以上に優しく接してくれて、ちょっとうれしかった。
それから、昨日の功労者のありさちゃんと島崎君、一時間目の途中に呼び出されて、お昼まで帰ってこなかった。
お昼休みにもどって来たありさちゃんに尋ねると、市役所へ行って、表彰状をもらい、市長さんと握手してきたんだって。
その後、地元の新聞記者さんたちに生まれて初めて取材されたなんて、興奮気味に話していたし。
うんうん、よかったね、ありさちゃん!
学君も委員長も、なんだか、自分たちのことのように、鼻高々にしている。
で、放課後、私たちは、いつものように旧館の生徒会室。
雑用をチャッチャと済ませて、今日も勉強会が始まった。
みんなは真剣に参考書に取り組み、ノートにカリカリと書き込んでいるけど、私は、いまいち集中できない。
清貴さんが一目ぼれした相手はだれなのか?
この秋に予定されている交換留学に参加するかどうか?
私には、いろいろと考えるべきことがあった。
みんなと同じように、参考書を広げ、勉強しようとするのだけど、いまいち気分が乗らなかった。
ついつい窓の方へ目が行き、空を流れる雲が、どんどん変形していくのを眺めていた。
最初は、ソフトクリームの形、それから、いびつなハート、ウサギがぴょんと跳ねる寸前の姿勢をしたかと思うと、馬がいななき、四分休符なのに、変形は中断されない。
もちろん、群れ飛ぶパンツなんて見えはしなかったけど・・・・・・
ふっと、視線を地面の方へさまよわせると、裏庭の植物棚のベンチに人影が見えた。
もうほとんど満開といってもいいような、見事な紫の花房が垂れ下がる植物棚の下、花房のひとつひとつを確認するかのように、見上げている男性の姿。
・・・・・・清貴さん。
心臓がトクンと跳ねた。
私、静かに立ち上がり、部屋を出て、廊下へ。
私ではなく、他のだれかの面影を追い求めている男性のもとへ。
たぶん、傷ついてしまうかもしれない。
それでも、私の気持ちはとめられない。
私、何も考えず、考えようともせず、ずっと憧れ続けた人のもとへいそいだ。