留学!? 1
その晩も、何事もなく過ぎていき、無事に朝を迎えた。
ただ、今朝は眠たい。
だって、よく眠れなかったのだもん。
夜中、ハッと気がついたら、私のベッドの中に、床に布団を敷いて寝ていたはずのひかりんがもぐりこんでいて、私の左腕を抱えるようにして眠っていた。
おかげで寝返りも打てないし、左の耳元では、他人がスースー寝息を立てているのを、一晩中聞かされる羽目に。
ホント、安眠妨害なんだから。でも、いつか清貴さんみたいな素敵な旦那さまができて、ふたりっきりの新婚生活を始めたら、こんな風に二人でベッドをともにして眠るのだわ。なんて、うっとりと考えだしたら、もう、眠れなくなっちゃった。
結局、カーテン越しに見える窓の外が白々と明けるまで、そのまま将来のことを考えちゃってた。
絶対、絶対、幸せになるんだから!
今朝、我が家で一番早く起きだしたのはママ。
箒を出して、家の前の掃除をし、庭の草花に水をやるのが日課。
今朝も、家の前を掃く、シャーシャーというリズミカルな音が通りから聞こえていた。
でも、はじまって5分ぐらいした頃だろうか、その音が途切れた。
代わりに、前の通りから聞こえてきたのは・・・・・・
「あら、神宮寺さん、今朝もお早いのね?」
「あ、本多のおばあちゃん、おはようございます」
「まあまあ、精が出るねぇ。でも、最近、このあたりも物騒になってきたから、ほんとヤになっちゃうね」
「え、ええ、そうですね」
「昨日なんて、うちの前の通りで何人か若い衆が倒れてたから、介抱してあげたら、なんでも、お宅のお嬢様にやられたっていうじゃない?」
「・・・・・・そ、そうなんですか」
「私、びっくりしちゃってねぇ。あんなかわいらしいお嬢さんが、大の男を何人も投げ飛ばしたりするなんて。そしたら、そのあと、帽子かぶって男の格好した当のお嬢さんが通りかかったものだから、腰を抜かさんばかりに驚いちゃいましたよ」
「は、はぁ~」
「お宅のお嬢さん、格闘技かなにかなさってらっしゃるの?」
「い、いえ、そういうのは全然」
「そうなの。でも、強いらしいわね?」
「いえ、そんなことは・・・・・・」
「じゃ、昨日は、男の格好してらしたから、男の格好をすると、強くなったりするのかしら?」
「さ、さぁ~ そんなことはないとは思うんですけど・・・・・・」
「神宮寺さんは、中国旅行とかしたことある?」
「え? あ、はい、1度だけ」
「そう、昔、死んだ亭主が言っていたことなんだけど、中国の奥地に、泉がたくさん湧き出る場所があって、その泉の水を飲むと、呪いがかかってしまい、その人とは正反対の性質になるとかいう伝説があるんだって。きっと、中国に旅行されたときにでも、お嬢さん、そのお水を口にしちゃったのかもしれないわね?」
「おほほほ、まさか」
「ふふふふふ、まあ、そんなのお話の中だけの話よね」
「ええ、もちろん。でも、もしかしたら、前の旅行のときに、道に迷って、呪泉郷の泉に落ちちゃったのかも知れませんわね?」
「ほお、それはそれは」
「きっと、つかさが落ちたのは、男溺泉ね」
ん・・・・・・?
二人して、朝っぱらなんの話してるんだか。
大体、前の旅行のときって、ナニ?
パパやママが中国旅行したのって、私が生まれる前、20年以上前の話でしょうに!
それに、本多のおじいちゃん、今もピンピンしてるでしょ?
昨日も、ウォーキング中のおじいちゃんとすれ違ったし。
ったく、しょうもない冗談を言い合うのだから、二人とも!