6.モノクロの世界で、遠く輝く光
「昨日は大丈夫だった?」
話題を戻して話しかけると、
「誰に聞いてるのよ、隊長の私に心配なんて不要よ」
今度はいつも通りの調子で返ってきたので安心した。
「ふ、それもそうだね。けど無事で良かったよ、そういつも思ってる」
これはもちろん僕の本心だ。
普段はそんなことを伝えないけれど、今日はなんとなく伝えておこうと思った。
いや、伝えなければと悟った。
彼女はまるでバケモノか何か見るような顔でギョッとしている。
こんなことを口にする僕が意外だったようだ。
けれどそんな驚いた表情がみるみるうちに変わっていく。
その表情はなんだろう。今まで見たことがないけれど、怒っているように見える。
「……ねぇ、ヴィス……もしかして、」
ゴホ、コポ……。
「……え、あ……」
咳き込んだら口から何か出た。
リズがガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
彼女を見て、その視線の先にある自分の手を見つめる。
液体状の何かがベッタリと手を汚していた。
……ここまで調子が悪いのは初めてだ。
先程まで怒っていたような彼女の表情は、今はもう驚きで目が見開かれている。
「大丈夫だよ……心配しないで、」
「心配するでしょう!?」
「……リズ」
「先生を呼んでくるわ」
「いや、リズ、大丈夫だから」
引き止める僕を振り返り、顔を顰めてこちらを眺める。
僕が本当に呼んで欲しくないのを察したのか、かなり渋々といった様子はありつつもすぐに引き下がってくれた。
扉の傍まで向かっていたが、ベッドの脇まで戻ってきて僕を見下す。
厳しい顔をしたままの彼女が何かを差し出してくれた。
途中の棚上にあったタオルを持ってきてくれたようだ。
「ありがとう」
色がわからないが、錆のような味が口いっぱいを占めていることで吐血したことを理解する。
持ってきてくれたタオルで口元を拭った。
彼女は先程から黙って動かない。
「ヴィス、」
しばらくの沈黙の後に、先に口を開いてくれたのは彼女だった。
タオルから視線を上げて、ベッド脇に変わらず立ったままの彼女と目が合う。
「……なに」
僕を見つめる彼女はとてもとても悲しい顔をしていた。
初めて見るんじゃないかってくらい、今にも泣き出してしまいそうな顔。
つられて泣きそうになってしまう。だからちょっとだけぶっきらぼうに返事をした。
「……私はあなたのことがわからない。ずっと疑問だった。こんな実験に協力して、“治療“を続けることが」
「……」
「けど何かの事情があるんだろから聞かないでいた。ヴィスはいつもちゃんと未来を見て考えてくれていると思っていたから。でもやっぱり、どんな事情があろうと理解できない……なんで、なんで、研究所に協力して魔獣の薬を飲んでいるの?今までの研究所の成果を知ってる?……飲んだ瞬間に魔獣に変化した奴もいた。飲んだ瞬間に体が耐えられなくて全身から血が噴き出した奴もいたの……!!」
感情を吐き出す彼女の目には涙が浮かんでいた。
耐えて耐えて、涙が落ちるのを留めているようだった。
そんな彼女が僕には眩しくて、思わず目を細める。
いつだって自分の思うがままに生きていて、素直な気持ちをぶつけてくれる君が、暗い暗い僕の世界の中では光だ。
「リズ、僕の気持ちはずっと変わってないよ。深い考えも未来の為も何もない。一番最初に君に伝えた通り、少しでもいいから色が見えるようになりたいから、だよ」
そう伝えて、僕は今できる精一杯の笑顔を彼女に向けた。




