2.居場所より大切なもの
人類史上最も夢見る事が多いものは、完全に主観を入れて決めていいのであれば、不老不死、時間操作、空を飛ぶ、こんなところだろうか。
この全ての可能性を秘めた魔法、それは全世界共通の、それこそ創作でしか手に入れられない物なわけで、そんな力を手に入れた俺はというと───真昼間からベッドでゴロゴロしていた。
「ふふっ。このアニメ面白いなぁ」
『……』
「ここで主人公の過去が!?胸熱だ!」
『……』
「こんなに感動させられるなんて…星5!お気に入りに登録!」
『……』
「さて次は何を見ようかな──」
『♪〜緊急アラートです!緊急アラートです!このままダラダラしていると体が腐ります!!!』
唐突にヘッドホンに流れ出したアオの音声に、俺の鼓膜を通って脳までダメージが届く。ヘッドホンを放り出すのと、俺が叫ぶのは同時だった。
「ぎゃああああ!耳が潰れるーーー!!!」
じたばたとベッドの上で悶え苦しむ俺にアオが語りかける。
『私もちょっとぐらいショックを受けるのは許容しました。今までの体が急に少女の体になったら現実を受け入れられなくなるのもわかります。ですが!!!貴方はこんなにずっと長い間何をしているんですか?』
「…アニメ見たりラノベ読んだり、、、かな。あと音量下げて……」
小声で抗議するも無視してアオは捲し立てる。
『それがダメなんですよ!魔法を使えるというのに一歩も外に出ないじゃないですか。元の体だったら思うように動けないだろうな、と思って体も変えてあげたのに…』
「一緒にアニメ面白がってたくせに……てか、え!?そういう理由だったの?」
『……ソンナワケナイヨー』
もっと問い詰めようとする俺を制止してアオは話す。
『取り敢えず、家の中に閉じこもってないで外出しましょうよ!暇で暇で死にそうです』
「AIなのに?」
『はい』
「はぁー。俺だってもちろん外に行きたいんだよ?でもさぁ、俺、髪青色じゃん!」
『!?!?』
困惑するアオに思いを叩きつける。
「恥ずかしくて外に出れないよ。いくら元の姿じゃないとはいえ、ずっとこのままなんだよ?美少女が青色の髪で歩いてたら即盗撮されてインターネット上で特定される。そんなの耐えられないから!」
『あなたは魔法使いなんですよ?そんな有象無象なんて気にしなければいいじゃないですか。どうとでもできるでしょうに』
「無理無理無理無理。こんな派手な格好じゃ心がもたない」
『そうですか、、、理解できませんが姿形を普通にできればいいんですね?』
なにやらウンウン唸り出したアオに呆気に取られていると、突然虚空から髪飾りが落ちてきた。
『テッテレー!髪色蛙ー!これをつければ髪色を好きに変えられますよ♪良かったですね!全ての悩みを解決です!』
「――――」
『どうしたんですか?肩を震わせていますけど。あっ!もしかして嬉し泣きしてるんですか?いやー困っちゃうなー……』
「そういうのがあるならとっとと出せー!!!!!」
真昼間の地上全てに降り注ぐ暖かい日差しが、顔を照らし、目を細めさせる。手で目を覆いながら辺りを見渡すと、世界が輝いて見えた。
『私が来てから昼間に外へ出るのは初めてじゃないですか?こんなに気持ちいいのに!』
「昼間は目立ち易いからね」
滑らかな黒色に変わった自分の髪を見て、歩き出す。
『どこに行くんですか?』
「散歩」
周りには昼食を食べに来た社会人達の姿ががちらほら覗きだしている。ちらほら刺さる視線は自分の存在を疑っているように感じる。付近の学校ではお昼休みの合図だろうか、聞き覚えのあるチャイムが鳴り響いている。
逃げ出す様に足を進めている間、アオは声を発さなかった。
「とうちゃーく」
歩くこと数分間、アオと俺は木々に囲まれた空間に来ていた。
『凄いですね、ここ!都会の中なのに自然豊かな空間に早変わりしました。藤がいっぱい咲いていて綺麗ですね。あ!池の中に鯉や亀がいっぱいいますよ!!』
ベンチに座って空を見上げる。雲ひとつない快晴だ。
「楽しんでもらえて良かったよ。ここはぼーっとするのに最適なんだ。奥まった場所だからあまり人もいない。匂いや風も気持ちいいんだよ。お前にはわからないかもしれないけどな」
『なんとなく、わかる気もします』
「そうか……」
それからしばらく続いた静寂を破ったのはアオだった。
『ごめんなさい』
「?...いきなりどうしたの?」
『あなたの事情を何も考えずに生活を壊すようなことをしましたよね。体を変えたせいで学校に行かれなくなったでしょう?』
「まあ、そうだね」
『あなたが社会からの疎外感を感じていることに気づけず、無理やり外に出させた、』
「うん」
『幸せにするためにしたことでしたが、あなたを苦しめていたんですよね……だったら元に戻したほうが──』
「違う!!!魔法をもらってから幸せじゃないなんて思ったことないから!」
『そうですか……?』
「うん。自分が美少女になったってのは正直言って興奮する」
『そうですか……』
心なしか蔑むような口調になったアオに、説得を続ける。
「それに、あともうちょっとで空を飛べるようになりそうなんだ。手伝ってよ」
『はい!わかりました!!!』
ニコニコ笑いながら、話が無事に終わったことに俺は心の中で安堵していた。本当にアオには、こんな奇跡的な人生を送れることに感謝しているのだ。元の人生に戻ってはたまらない。
その気になれば魔法を剥ぎ取れる、ということに恐怖を感じながら。
その後、ポケットに入っていたクッキーを鯉にあげてから家へ帰った。少しアオとの仲が深まったように感じた。