同じ穴の狢
穏やかな春の日の午後。至福の時間と言っても差し支えないと言っても良い。あいにくここは地下1階なので、陽光を感じることは出来ないが。このまま何も起こらずに定時終了。そうなってくれれば良いというささやかな願望は簡単に打ち砕かれた。
給湯室でコーヒーを飲んでいると巴が飛び込んできた。
「大変でっせ!あの島田の野郎から電話です。憲兵隊に尋問されたのはお前のせいや、謝罪せんかいって逆切れしてます。どないします?」
「分かった。どこにかかってきているの?直通電話?」
「はい。あんまりしつこく電話が鳴るんで出たんですわ。そしたらのっけからいちゃもんです。たまらんですね」
「そう。すまなかったわね。すぐ電話に出るから」
大隊長室に戻って受話器を手に取る。こちらが話始める前に怒鳴り声が聞こえた。
「こらっ!このくそババア!おどれのせいで憲兵隊に尋問されたやんけ!どないしてくるんじゃ、ワレ!ぶち殺すぞ!それに何で電話してこんかったんじゃ、ワレッ!しばくぞ!」
本当に憲兵隊に尋問されたのだろうか?最新型の軍人ロボットを私物化しようとしたのが、一連の騒ぎの根っこにあることが認識されていないのか?
「お元気そうで何よりですね」
まあ、取りあえず煽ってやろう。
「むかつくやんけ、くそババア!まじでぶっ殺すぞ!」
「憲兵さんとお話しされたのでしょう?どうでしたか?有意義な時間でしたか?」
重ねて煽る。そもそも島田は懲戒免職になっても仕方が無いことを仕出かしているのだ。それを理解していないのだろうか?
「おう、おう、おう。確かに有意義な時間やったでえ。誰かさんのおかげでなあ」
「研究所の上層部も憤っているそうですよ。また別口でお叱りの言葉を頂戴できるのではないですか?」
しかし島田にひるんだ様子は全く無かった。
「せやからどうしたんじゃ!ええから理屈並べとらんで黙って頭下げろや!詫びの品物持ってこい!それとなあ、減るもんちゃうやろ!おどれの所のロボットどもと一発させろや!やらせろ!具合がええって聞いてるんやで、こっちは!せやったら俺にも一発させろや!」
その下卑た要求のせいで窮地に立たされているという自覚が無さすぎる。ひょっとして事情聴取を受けただけで何の処分も下されていない?
「あなたにしろ、赤松連隊長にしろ、どうしてそう下衆なことを堂々と要求できるのですか?」
「やかましい!男やったらかわい子ちゃんと一発やりたいのが当たり前じゃ!セクハラがどうとか、何をかまととぶっとるんじゃ!おどれもやることやっとるやろが!ギャアギャア言うなや!アホ!」
それにしても欲望に忠実だこと。いっそ清々しいくらいだ。思わずため息が出た。
「なんやねん!何か言うてみたらどうやねん!」
「スケベな上にアホのサボリ魔・・・。どうしようもない奴だなって」
すかさず受話器を耳から遠ざけた。あにはからんや、島田の大声が漏れてきた。
「じゃかましいわ!何を根拠に言うとんねん!ムカつくババアやんけ!いわしたろか!」
そこまでは聞こえた。その後も何かわめいているようだ。それが途切れたところで、こちらからも反撃だ。あの事務連絡のことに文句を言っておかねば。
「嫌がらせは止めて頂けませんか?本省からそちらあての事務連絡を何故うちに回してくるんです?私が拒否したら、マルロクの能力が足りないからだなどと、知りもしないで文句をつけてきて。マルロクをテストさせれば見返りに手伝ってやると、そんなことを言って恩に着せてスケベなことをするつもりだったのでしょう?よしんばこちらが指示通りにすれば、仕事をサボれるし我々を差し置いてしゃしゃり出てきたと非難できる。そういう事でしょう?」
「何を因縁つけとんねん!ロボット女と一発やって、そこらの姉ちゃんとの違いを確認せなあかんやろ!男として絶対にやらなあかん事やねん!」
「分かりました。私の方から研究所の技官の方々に、島田中佐からこんな電話があったと伝えておくことにします。よろしいですね?」
「よっしゃ。一発やらせるんやな?そういう事やったら勘弁してやってもええわ。赤松連隊長と一緒に楽しませてもらうで」
ゲラゲラと笑いやがる。それにしても今、こいつ何て言った?だがそれを聞く前に電話は切れてしまった。これはやばい!赤松の奴、懲戒免職になっていなかったのか?これは本省の人事に確認する必要が有るぞ!
俺は慌てて本省の人事部へ電話を掛ける。すると、とんでもないことが分かった。長々と待たされ、その都度電話に出るものが違う。どういうことなのか要領を得ない。待っている内に、
「貴様が例の女か?貴様は黙って座っているだけで給料が受け取れる結構なご身分じゃないか。ごちゃごちゃ五月蠅いぞ。研究所の爺共にご注進したところで無駄だ。赤松と島田は俺の可愛い後輩だ。貴様如きにちんぽを見せたから、それがどうした。こらっ!もっと腰を振れ!それより勝手に連隊長室に入って物を投げつけたそうじゃないか?ん?その責任を取りたくないだろう?島田が提案するようにお互いに何もなかった。そういうことにしておけ。いいか。この俺が決定したことだ。四の五の抜かすなよ?うん・・・いいぞ!うん、これはたまらん!・・・全くおぼこでもないくせに、詰まらんことで騒ぎ立てるな。行き遅れのくせに」
尊大極まりない奴だ。言いたいことだけ言って電話は唐突に切れた。一体どういうことだ?今電話で話した奴は誰だ?そんなものは座席表を見れば分かる。イントラネットで本省の人事部のそれを見る。部長の席には「岩瀬」とあった。こいつかもみ消そうと言う奴は。だが一応確認はしてみよう。しかし途中で妙な声と音が聞こえたが、こいつもメイドロボット?をセックスの相手にしているのか!それも勤務中にしていやがる!大胆不敵な奴だ。にわかには信じ難いがそうとしか考えられない。こいつらは同じ穴の狢で部下を差し置いて何をやらかしていやがるのか!
だがその怒りは一旦脇に置いて確認だ。セクハラ相談室に電話してみる。だが緘口令でも敷かれているのか歯切れの悪い答えだっだ。だがぽつりと独り言のように囁いて情報をくれた。
「赤松大佐と島田中佐は、人事部長の岩瀬大佐の後輩です。岩瀬大佐は第1方面軍司令部次長の舛添少将の後輩で、非常に可愛がられているそうです。私の口から言えることはそれだけです」
そこで電話は切れた。なるほど奴らの描いた絵図が見えて来たぞ。じゃあ俺も遠慮なく反撃させてもらおうか。俺は立ち上がって何度か深呼吸をして、ラジオ体操の要領で体を動かした。そうしないと怒りが抑えきれない。努めて冷静にしなければ。
座席に腰掛け報告書に目を通していると、不意に机上の電話が鳴る。
「宮崎だ。何点か確認するぞ。俺の質問に答えてくれ」
間違いなく開発チームの一員だ。静の顔を企画したのは確か「宮崎教授」。巴が言っていた人物だろう。どうやら話は通じそうだ。




