箍が外れる
地下鉄を降りて改札階へと長い長いエスカレーターを昇っていると携帯電話が鳴る。
「あっ、少佐!今、どこで何してはります?」
「今駅に着いたところ」
「ああっ、もう!何仕出かしたんです?大阪放送局の統括管理部から滅茶苦茶抗議が来てますわ!何のこっちゃこっちには分からへんでしょ?電話受けた誰かが、どっか出かけてはります行き先は分かりまへんって、馬鹿正直に答えたらしくて!向こうはめっちゃ怒ってます!どないしましょ?」
「ああ、ごめんね。私から先方には電話しておく」
電話番号を聞き出し、駅前の公衆電話を使う。発信音が長々と続く。出ないつもりか?まあ、こちらは少々待ったところでどうという事はない。コールセンターに電話すれば、この程度は待たされる。当たり前の事だ。
「誰やねん!公衆電話から電話する奴は!」
ようやく繋がった。この声はさっきの赤松の声とは違うようだが。
「第13独立機械化実証実験大隊の六塚と申します。いつもお世話になっています」
あ、しまった。いつもの電話とは違うよ、これ。抗議に反論する電話だよ。けど、良いや。ちょうどいい煽りだよ。
「何やと!コラッ!もしかしてさっきカチコミに来た奴か、コラッ!なめとんかいや、ワレ!連隊長を何やと思うとるんじゃ、コラッ!」
「変態」
そうとしか表現しようが無いだろう?
「おどれ~、このクソガキっ!いわしたろか!ああっ!何とか言うたれや、コラッ!」
「あんた誰?」
ちょっと間が空いた。
「何じゃとコラッ!ぶち殺すぞ!このくそババア!」
「上に立つのがアレだから、部下もそうなんだ」
「コラッ!おどれっ!いわしたろか!」
「どうやって?興味深いですね。執務室で下半身を丸出しにするような輩をかばい立てする気ですか?何のために?」
ようやく罵声が止んだ。
「な、何やと?おい、おどれはそれを誰かに言うてへんやろな?」
「今あなたに言いました。まだ他の誰にも言っていませんよ。あんなお粗末なものを見せびらかされたとはね」
「くっそおどれ!連隊長の弱み握ってどうする気やねん!おいっ!何とか言うたらんかいや、おう!」
「立場分かってないんか?アホちゃうか、自分」
わざと低音で話しかけた。多分このチンピラも共犯で、ご相伴に預かっていた奴。そう考えればここまで突っかかるのも頷ける。それにしても、脅せばすんなり黙ると思われているとは。見くびられたものだ。
「本省にでも話を持って行けば不味いのはそちらでしょう?あれは執務室で売女と日常的に『何か』をやらかしていたということですよね?それを隠蔽する気ですか?そうするとあなたも共犯ですよ?」
「な、何を言うとんねん。おどれのやらかしたこと黙ってやるさかい、そっちも何も有らへんかったことにしとけよ。それが落としどころや。それで決まりやな。うん」
「勝手な事をほざくな!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。おかげで駅から出てきたアベックに軽く引かれたみたいだ。
「こっちまで共犯にされるだろうが、このチンピラ!誰だよお前!名乗らないと通話記録調べさせるぞ!」
少し間が空く。周りがガヤガヤしているのが、良く分かる。
「このババア!調子に乗るなよ!やってみたれよ!本省はこっちの味方じゃボケッ!おどれの思うようにはならへんぞ、ボケッ!どついたろか、くそババア!」
「名乗ることすらできないくせに」
悲鳴のような声が聞こえる。余程癪に障ったらしい。
「じゃかましいわ!島田じゃ!ようもこの俺様に喧嘩吹っ掛けてくれたのう。ぶっ殺すぞ!」
「そう。今すぐ本省に電話するから。じゃあね」
電話を切ってやった。射撃訓練がしたいが、そんな気持ちを抑えて大隊司令部へ戻ると、いっぺんに周りから寄ってこられる。どこで何をしていたのか。放送協会から抗議される理由は?
「お前らは黙ってろ!」
岡田は周りの下士官兵を黙らせ、俺の方に向かってくる。
「どういうことだ!きちんと説明しろ!仕事にならなかったんだぞ、おい!」
箍が外れるとこうなるのか。底が浅いな。
「後で説明する。黙ってろ」
大隊長室の扉を開けると岡田は、
「おい!逃げる気か!」
などとほざくので、
「木曽川!座席まで運んでおけ!」
と言い置いて座席に腰掛ける。さて、本省のどこに電話すべきか?そうだ、俺が「女性」であることを最大限生かせるところにしよう。その部署の電話番号は・・・。調べてみたら、有った。人事部のセクハラ相談室。まずここに「報告」してやろう。「抗議」に出向いたら「ご立派なモノ」を見せびらかされたのは事実だからな。ついでに島田とかいうチンピラに脅されたことも報告しよう。そうすれば後は自動的に本省内部で共有されることになる。あの態度で味方が多い訳が無い。どんな処分が下るか?懲戒免職かな?まあ、どうでも良いや。取りあえず電話しよう。その後は射撃訓練だ。今度は弾丸が当たるかな?




