やるせない朝
平成27年5月16日。土曜日にも関わらず俺は「出勤」しなければならない。メイドカフェへ。今朝は案外早く目が覚めた。5時少し前。巴は驚いていた。
「大丈夫ですか?まだ眠たいのやったら、2度寝してもろうたかて構いませんよ。あのアホが持って来た案件なんか無視しましょうよ」
まだぼうっとした頭で巴を見る。眼鏡を掛けてみる。ああ、やっぱり美人だなあ。誰でも振り返るレベルだよ、間違いなく。口の悪さで台無しになるから、そこを何とかしてもらえれば完璧美人なのになあ。でもその口の悪さが全開になるのは、静がいる時。
「今朝も少佐殿が寝てからああだこうだって命令を飛ばしてました。この部屋から。勝手に根っこを生やす気かも知れんですよ。油断のならんことです。早めに追っ払いましょうよ」
着替えを持って来て「ご注進」する。巴と静が「共存」できるとは到底考えられないから、静に出て行ってもらうよりほかはあるまい。静の塒は何処だか知らないが、おそらく研究所だろう。少なくとも俺の仮の宿からは出て行ってもらわないと。
こちらはそのつもりなのだからさっさと出て行ってもらいたい訳だが、こちらに姿を現した静にはその気が無いのかも知れない。
「あっ、ママ起きたんだ。今日は早いね」
にっこりと笑う。そして巴に噛みつかれる。
「誰がママじゃい!勝手に決めつけるなや、ボケ!」
「え~しばらくそうしてもらう事は承認されているんですけど~」
毎度おなじみの口喧嘩が始まり辟易させられるのだ。
それを何とか抑え込んで朝食にする。こちらの気を引くべく微笑む2人。黙ってはいるが、間違いなく水面下でやり合っているはずだ。何とかならないものかと、ゆっくりと考える。早く素晴らしい計画が浮かんでくれば良いのだが、そうもいかない。2人を引きはがすより他仕方があるまい。
メイドに化けるまでにはまだ時間が有ったので、少し出かけることにしたが、やはり面倒なことになった。巴は、
「どこぞ行かはるのやったら、たまにはウチも連れて行ってください!」
とアピールするし、
「やだなあ、ママ。お買い物なら私と一緒よ。ね?」
静はにっこりと笑いながら俺と腕を組んできた。おまけに桜達は割って入るなと散々2人から脅されていたので(そうでなければ大人しくしているはずが無い)、ここぞとばかりにジッと固唾を飲んで隙を伺っている。
何だろう?1人になる時間が極端に少なくなったからか、他人に自分のペースを乱されると本当にイライラする。仕事でもそうなのだから、私生活でのそれは耐えがたい苦痛だ。世話になっているという罪悪感めいた感情が、家族に対する抑えた気持ちになっていたような気がする。だがそれも限度がある。水面下の冷戦。それが行われているという事実。それへの不快感から俺の感情は爆発した。
「ついてこないで!」
そのまま扉を開け外に出る。急いでエレベーターに乗ると先客がいた。西岡少尉だ。
「おはようございます、少佐相当官」
「おはようございます」
そのまま黙っていても良かったが何故か話をしてみたくなった。気まずい空気など、3階から1階までなのだから大したことじゃない。そのはずだが。
「研修、お疲れ様でした。大変だったでしょう?大隊の者全員に行うのは」
「いえ、それほどでも」
西岡の答えは素っ気なかった。しかし、
「私の事よりご自身の健康の事を第一に考えられた方が良いと思いますよ」
降りてから言い残して黙礼し、庁舎の方に向けて去って行った。俺はそれを見送り愛車の元へと向かう。その途中で気付く。
「あっ!しまった!」
思わず声が出てしまう。そうだった。鈴木に「指導」を受けたのかどうか、静に確認していなかった!何故今突然思い出すのか?病気になってからこうなんだよな。大事なことを忘れてしまい後で不意に思い出す。静の奴め、俺からの追及が無いのを良いことに、有耶無耶にして誤魔化すつもりだな?全くあの狸娘は!
愛車に乗り込んでも不快感は残ったまま。静に対するそれと、俺自身の不甲斐なさ。苛立ちを感じながら、さあ今日はどこへ行こう?でもどこへ?走りながら考えよう。そこでふと余計なことが頭をよぎる。俺の人生もそんな感じだったなんて。ぼんやりとそんなことを思い、気分がより一層沈み込む。少し涙が出て、鼻が詰まった。




