てへぺろでござる
「お帰りなさいませ、旦那様」
淡々と事務的に。それでいて別に客が怒るわけでもない。案外喜ばれた。
「ああいうきつめのおばちゃんに冷たい目で見られるのも、たまには良いよね」
などと連れの男と話しながら帰って行った客もいるのだ。だから採用面接に行った金曜日の夜、
「えっ、陽葵ちゃんのママ!へえ~」
などとジロジロ眺めてきたマネージャーと称するプリン頭の、いかにも頭の悪そうな男が、
「取りあえず体験入店してみいひん?自分、可愛いし、絶対稼げるようになるで!」
と提案してきたのも、ある意味当然だろう。まあ、どうせ若い女全員に言っているのだろうが。
閉店時間になってバックヤードに戻ってくると、
「いや~お疲れちゃん。あんな対応止めてって思ったけど、案外良かったやん。ねえ、明日も来る?当然来るやろ?陽葵ちゃんからお金に難儀してるいうて聞いてるし、来てくれはるよね?」
こちらにぐいぐい詰め寄って来て、
「あ、忘れとったわ~。これ、今日の給料」
手渡してきたくしゃくしゃになった銀行の封筒に入っていたのは、3万円だった。
「上手いことやったら、もっと稼げるんやで?なあ、陽葵ちゃんママ。夜に仕事やったらもっと稼げるでえ。なんせ酒があるさかいなあ。来てくれはるやろ?」
そこからは、あれよあれよという間にスケジュールが組まれ、源氏名まで決定。俺は晴れてメイドカフェの店員さんになった。
「良かったね、ママ。可愛い制服貸してもらえて。よう似合ってはるよ。ガンガン稼いでいこうね?」
静はそう微笑みかけてくる。本来の目的を忘れているのではあるまいな?それにしても、「陽葵」と書いて「ひまり」とは。そんな読みにくい、というよりすんなり読ませる気の無い名前を俺がつけたことになるのかよ。何ともまあ。あのアホっぽいマネージャーとやらと同レベルに見られるじゃないか。
だから安っぽい女だと思われる。お疲れ様ですと型通りの挨拶をして店から帰る時、聞き耳を立ててみると、
「そやねん。アホ女のおかんが体験入店してきたんやけどなあ、やっぱりアホやで!めっちゃチョロいし!」
笑い声が響いた後、煙草を吸ったのだろう。呼吸音と共に煙草の臭いにおいが漏れてきた。
「ババアやけどまあまあイケてるのかもしれん。年よりは若く見える。乳もCカップぐらい?せやから、ヤリ目やったらええ感じやねん。娘と一緒に『親娘丼』といったろ思てな。羨ましい?せやろ、せやろ?」
また馬鹿笑いが響く。
「上の人にバレへん内に食うたろ思うねん。酒奢ったるし、酒で潰したろ。な?」
そこまで聞いたら胸糞悪いので店を出た。自分が女性として見られていることが、これほど気持ち悪いと思ったことは無い。胸がむかむかしてきた。吐きそうな気分だ。だが静にそんな気分をぶちまけるのもどうか?よくも、という気持ちがないわけではない。だが悪いのは奴ら。早急にお掃除することにしなければ。 地下鉄に乗る際に、ホームへ降りる長いエスカレーターを降りる、その時に問い質した。すると携帯電話の電子メールの着信音が鳴る。
【処すのは簡単ですよ?ただ、どこまでやるか?これが結構匙加減が難しいところでして。出来る限り構成員とその周辺の者を処して、居抜きで店舗を乗っ取りたいんです。それが今回の『お掃除』の目標でして】
電子メールで会話するつもりらしい。確かに物騒な話だから、例え隠語を使用していてもそれは推測しやすいから、聞かれるわけにはいかない。そういう事だろう。
【どれだけの人数を処すか決まっていないの?】
【舎弟みたいな連中が結構いますけど、関与の仕方とか濃淡がありますから、どこまでやるべきか決めかねていまして。もう少し情報収集したいんです】
【いつまで情報収集するつもり?さっさとケリをつけなさい】
【もうしばらくメイド服着てみません?似合ってましたよ?】
静はしれっとそんなこと言ってくる。おまけにこちらを向いてぺろりと舌を出してきた。ついでと言わんばかりにウインクをして拳を頭に当てる。「てへぺろ」というやつか?頭にきたので、思いきり頬をつねってやった。




