果たして誰を処すべきか?
女性となってしまってからまだ日は浅いわけだが、まるで抵抗感が無いのは自分でも不思議だ。5月8日に、丸山がガソリンカードの一般競争入札を取り仕切ったが、責任者ということで俺も立ち会わされた。信販会社の社員たちと個別に名刺の交換をさせられたが、誰一人俺の中身がおっさんであることに気付いていなかった。挨拶するときに胸元に視線を感じたからまず間違いない。それだけ自然に所作が身に着いたという事だろうか?
だが流石にメイド服は難易度が高い。着ることは兎も角、着た後に要求される振る舞いだ。それを想像すると頭がくらくらする。笑顔を浮かべ、
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
などとご挨拶することを求められる。男相手に。全く何たるざまか。断固として拒否しようとしたが、静の奴、早速今晩から練習しようなどと戯言を抜かしに来た。
「明日からお休みでしょう?こういう時はお客さんも増えるのですよ。なるべく来て欲しくない困った連中もですけどね。それでもお仕事ですからきちんとしないとね。ねえママ」
その笑顔が小憎らしい。
「いまさらじたばたすること無いでしょう?本省には、目標として掲げて承認が得られていると申し上げたじゃないですか?簡単ですよ、やろ・・・男性を手玉に取るなんて。大和撫子である以上、それが当然です。腹をくくって頑張りましょう!」
拳を握り締め力説する。
「何で勝手に私を母親役にしたの?」
「えっ!そこからですか?やだなあもう、この可愛い女学生には帰るところが有るのですよ。まだ若いシングルマザーと共に暮らす市営住宅の一室が。家計を助けるために健気に働く可愛い娘。そして夜も休日も娘と一緒に必死に働く母。怪しい影が忍び寄りそうでしょ?少佐殿って、第一印象はきつめの顔つきですけど美人ですから、『親子丼』が楽しめそうって下種を吊り上げる『ルアー』として申し分ないですよ」
ウインクした後、余計な一言を添える。
「ま、この私の可愛らしさには及びませんけど!」
その通りだから黙っていたが、本当にお調子者だな。何処かでツッコミを入れる必要が有るかな?
巴なら散々にしばくところだろうが(実際大喧嘩になった)、本省が承認した以上それは命令に等しいわけだから、忠実に実行するより他にはない。
「辛くなったら言うてくださいね。あんな奴の言う事なんか聞く必要あらへんです!本省のお偉いさんは頭がおかしいですよ!上期だけとか勝手な事を言うてから!病み上がりの人にさせることやあらへんでしょうに!」
その通りだ。だが悲しいかな巴は軍人ロボット。人間の命令には原則として逆らえない。静に対して聞えよがしに言う事が精一杯の反抗だ。
ところが意外なところで怪気炎が上がっていた。第1中隊だ。第2小隊長の吉岡中尉(結局俺へのセクハラ行為の処分は停職10日だった)はまだ理解できるが、二神大尉までもが「怪しからん!」と本省の人事相手にまくし立てたと言う。何故だろう?その訳を問い質してみたら、
「あなたは病み上がりなんじゃ。精神疾患というものは過重労働が原因の一つというのは常識ですが。本省の連中は、偉そうに椅子に腰掛けておるだけで現場の状況が分かっておらん。全くもって怪しからん事です。わしが実質的な指揮官で、少佐相当官をただ椅子に座って判をつくだけなどと、戯けた認識を持っておる。何遍か抗議したが、取り合わんのですよ、奴ら」
と、憤りを露わにする。
「私の事を心配して下さったことは非常に有難いです」
ここで礼をすると、二神はしきりに恐縮するのだ。
「ですが、ご心配なく。上期だけ試験的にという事ですから。辛くなったら直ぐに言います。調査してみた結果、これは無理ですということが分かればそれで良いでしょう。私はそう思います」
流石に二神は黙った。
第3連隊傘下の部隊に間借りしているから、その店に出勤するのかと思いきや、全く関係ない店に採用面接に行くのだと言う。既にその店で雇われている静に続いて雇って欲しいと、そういうことだとか。
「そこはヤクザ同然のチンピラが経営に関与していて、女の子にも被害が及んでいるのですよ。メイドさんが着替えを盗撮されている映像が出回っていて、撮影現場がその店であることは特定できています。その他にも色々被害が出ているので、近日中に処すって目標設定したじゃないですか。やだなあもう、ママったら。もう忘れたんだ」
「私はあなたを処すことにしたいなあ」
「え~やだ~冗談上手いんだから!」
バシッと背中を叩かれた。ようやく仕事が終わってハンドバッグを手に帰ろうとしたらこのざまだ。
「今から役に入り込むの?女優にでもなったつもり?」
「もちろんです!」
良い笑顔でサムズアップしてきた。
「さあ、ママ。早く帰って着替えてきて。パンツスーツじゃなくってスカートでお願いね?」
ウインクしてくる。ああ、本当に処してしまいたい。




