メイド服とおさんどん
それから1週間ほどはてんてこ舞いだった。本省に早く数百人分の目標設定面談の結果を報告しなければいけない。かと言って通常業務はきっちりこなさなければならない。特にGR06、鎌倉静については本人の目標設定を早急に提出せよとの本省からの厳命が下る始末。本省からの電話・電子メールなど、暫くは「恐怖新聞」並みの恐ろしさを伴っていた。
それ故か連日悪夢に苛まれた。とは言ってもセクハラの件で、些細なことをさも重大な事として周りを巻き込み面倒な事を起こす上官だと、そんな風に思われているのではないかという強迫観念に駆られ、出勤して仕事をこなさなければならないと思い定めざるを得なかった。
「何か最近お疲れ気味ですね。大丈夫ですか?」
と毎朝確認してくる巴の声も耳に入らない。
「大丈夫よ」
というやり取りが儀式のように繰り返されていった。イライラは募るのだが再び射撃訓練というのも憚られる。ストレス解消をどうするかが目下の思案のしどころになってしまっていた。
そんな日々だった故か平成27年5月15日、いつも通り大袈裟に登場してきた静は早速自分の世界に没入するので、いつも以上にイラっとした。
「先日来よりご期待頂いておりました新企画!ああっ!これを披露できる機会が得られるなんて!」
そこで静は一回転し跪く。
「光栄極まりないです、はい。ところで私が提出しております報告書。素晴らしい内容でしょう?そう思われませんか?」
立ち上がり、こちらの様子を伺う。
「そうね」
素っ気なく答えてやったのだが、
「わあっ、感激です!そうですよね~、この可愛い部下の奮闘記!数十体の軍人ロボットを巧みに操る私の匠の技!認めざるを得ませんよね~。誰かさんは頑なに認めてくれないのです。指導してくれません?」
手のひらを組み小首を傾げて聞いて来る。
「考えておく」
「やったあ。言質取りましたよ?はい、言質」
馬鹿なことを堂々と述べられるのは、ポジティブと捉えるべきなのだろうか?
「実はですね、フフフ」
ニヤニヤと笑う。
「じゃ~ん、ご覧ください!」
面倒だが注目せざるを得ない。静が提示してきたタブレットを見つめる。そこに映っていた画像は、メイド服を着た俺だった。
「和式もありますよ」
指をスライドさせて出てきた次の画像は、女中のような恰好をした俺だった。
「どちらがお気に召しました?」
などと、どや顔で尋ねて来る。
「どちらでも良いわよ」
本当、心底どうでも良い。しかし、何故こんなことを示してくるのか?
「強いて言えばどちらが気に入りましたか?やっぱり趣味ってあるじゃないですか?私、それが凄く知りたいです!お願いしますよ、ねえ?」
にっこり微笑む。一瞬どきっとする。なんせ顔だけは良いからな、この娘。
「おさんどんの方」
決議書に目を通しながら答えてやったら、
「どうしてですか?」
理由を尋ねて来る。面倒くさいな。
「年齢を考えたらそっちでしょ?」
途端にケラケラと笑いやがった。
「そんなことないですよ~やだな~、メイド服も超似合うでしょ、ほら?」
最初の画像を見せて来る。
「どこで撮影したの?」
そう、撮影に応じた覚えは無い。
「いや、これはCG画像ですよ。なるべく可愛くしてあります。私の力作です!」
フフンと鼻息を鳴らす。
「つまり合成写真ということね?」
特に問題はないので、決裁印を押す。静はいささか虚を突かれたのか、
「まあそうとも言いますね」
と、テンションが一段下がった。が、直ぐに持ち直す。
「しかし安心しました。拒否反応でも出たら、か弱い私はその衝撃に耐えられないでしょう・・・」
右手を挙げながら、天を仰ぎ見る。まるでオペラ歌手みたいだ。
「良かったですよ。私の可愛い自慢のママは、どっちも似合っていて。超嬉しいです!」
再びにっこりと微笑む。
「はあっ?」
思わず大きな声が出た。
「どういう事?きちんと説明しなさい」
声が震える。ママって誰の事?
「あれっ?説明してましたよね?」
本気で疑問符を浮かべているような顔になった。おのれ!
「聞いてません!」
立ち上がって抗議するが、静は取り合わない。
「説明し、了承を得られました。私はそう解釈しています!」
きりっとした表情!真面目な顔になると、本当に学級委員長の如きだ。
「あのね・・・」
と問いかけたら、
「少佐殿は私のママとして一緒に市営住宅に住んで、一緒にメイドカフェで働くんです。夢が広がりますね!」
「うん・・・」
呆れた。なんだそりゃ!正直、思考が停止してしまってそれ以上何も言えなかった。
「あ、毎日じゃないですから。ママは昼間だけじゃ足りないから、夜も土日も働いているんです。可愛い娘と肩を寄せ合って慎ましく暮らしているのです・・・。ああっ!何て可愛そうなの!」
感極まったのか、天井に向かって陶酔した表情を浮かべる。
「そして、そんな可愛そうなシングルマザーに何故か近寄ってくるやろ・・・男性。嗅覚良いですよね?どこで知り合うんでしょうか?ねえ?」
悪戯っぽく笑う。
「そんなところ、危険なやろ・・・男性が群がるのではないか?そう疑われるところ、その一つに囮として現れると。そういう事なんです」
腕組みをして、又もやどや顔になる。
「そして母子が身を寄せ合う市営住宅に転がり込み、いつの間にか何処ともなく自分探しの長い旅に出て行ってしまうのですよ。不思議ですねえ、そういうやろ・・・男性が何人も出るなんて。でも、全くの偶然ですよね!」
この娘は何故に男を野郎と頑なに決めつけ、そのくせ途中で訂正するのか?何か理由でも有るのだろうか?そんな下らないことが気にかかる。
「と言う事でですね・・・」
静はタブレットを操作する。
「データは少佐のパソコンに送信しましたので、後でじっくりとご覧下さい」
思わず頷く。静は本当に素晴らしい笑顔を浮かべ、手を振ってから大隊長室を出て行った。




