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ようこそ大阪へおいでやす

「皆さま長らくのご乗車有難うございました。間もなく終点の根室、根室でございます」

信じられない車内放送が聞こえて来た。根室行の夜行列車など無かったはずだ。しかし、俺は座席に座っているのではなく寝台に横たわっている。札幌から走って来た列車なのだろうか?訳が分からない内に列車は停止。そして、俺はいつの間にか荷物一式を持って、出入り口の扉の前に居た。扉が開く。降りてみると確かに根室という駅名標があった。何故こんなところに来てしまったのか?そんな疑問を抱きながら改札口へ向かうと、軍人と思しき屈強な男たちが、煙草を吸いながら待ち構えていた。男たちは煙草を投げ捨て、無言で俺の方に向かって突進してきた。それなのに、いつの間にやらそいつらはオタクというか、如何にも異性とは無縁の人生を歩んできたであろう男達に姿を変えた。気持ちの悪いことに口々に好きだ!とか、愛している!とか、果ては結婚してやるから養ってくれ!などと、好き勝手に絶叫しながら逃げる俺を追いかけてくる。

「俺のことを熱い視線で見つめてくれたじゃないか!俺のことを好きだからだろう?10秒くらい会話もしたし!俺も大好きだよ!」

何でそうなる?冗談じゃあない!中身は男だよ!誰か助けてくれ!このままじゃ捕まっちまう!そう願ったせいか、ドンドンとノックにしては大きな音が響く。

「少佐!もう次の停車駅は八尾です!7時を過ぎているんですよ!いい加減に起きてくださいよ!」

静の声だった。何だ、巴じゃないのかよ・・・。しかし、悪夢から目覚める切っ掛けが向こうからやって来たのは、幸いだった。ごぞごぞと起き上がり、のろのろと身を起こす。鍵の位置は何処だったかな?

「急いで下さい!八尾を発車したら、次の天王寺下車ですからね!」

慌てて鍵の位置を確かめる。あ、これだ。扉を開けると、

「あ、おはようございます。遅いですよ。朝弱い方ですか?困りますよ!」

などと、腰に手を当て前のめりになって結構な言い草をぶつけてくる。

「あ、困るのは私じゃなくてですね、少佐ご自身ですよ?」

白々しいことをわざわざ付け加えてくる。

「少佐!天王寺で下車ですよ!天王寺7時30分着!昨夜お伝えしましたよね!」

「え・・・聞いていないわよ・・・」

寝ぼけ眼を擦りながら答えると、

「えっ、お伝えしていない?あっそれで私に起こす役を押し付けた訳ですね。何て卑怯な!まあ、貴女らしいですけどっ」

静はそんな独り言を漏らし、自分の指定寝台の有る二等寝台の方へ消えて行った。巴のせいにしたな・・・全く本当に「狸娘」だな。電波通信の内容を口にするとしたら、相手を貶めたいからだ。二人の仲の悪さからするとそれが一番妥当。でもそんなことどうでもいいや。巴では無く静が起こしに来たのも、少し引っ掛かるものを感じるけど、まあいいや。

 天王寺駅の関西本線ホームに降り立つと、二等寝台の方から巴と静がスーツケースを転がしながらやって来た。

「これから大阪環状線に乗り換えた後、今度は地下鉄に乗り換えです。2回乗り換えやから、後1時間ぐらいかかりますけど、もう少しですよって」

巴はにっこりと微笑んできた。

「せやけど、その前にちょっと髪が乱れてますんで、櫛を入れまっせ」

「あら、そう?」

俺は特にファッションに特に興味は無い。男だから、髪型なんぞ適当に七三分けにでもしておけば良いじゃないか、と思ったところではっと気づいた。あ、俺今女の子じゃん。少なくとも30代になったばかりの女性。少しは外見に気を使わないと。

「化粧室利用しましょ?場所何処やろか?」

巴は少し先に設置されている案内表示を確認する。そしてごく自然に、それは当然の質問だろうと言う事を聞いてくる。

「ところで少佐殿って、すっぴん派なんすか?昨日は全然化粧してへんかったし、スーツケースにも化粧品とかあらへんかったし」

あっそうだよ!化粧ぐらい普通するよ。まさかこんなことで、中身がおっさんだってばれないよな?

「うん。面倒だし、そんなこと教わってない」

冷や汗ものだが、「本当の事」を述べて回答を打ち切ろう。

「ええ~マジっすか?」

「マジよ。第一、『そんな事』のお勉強なんかしていたら、今の私は居ないわ」

「は、はあ。そうっすね」

もっと追及されるかと思ったが、あっさり引き下がってくれたので正直助かった。それは、静からの通信内容に憤慨したからでもあるのだろう。

「官舎へご案内して、シャワー浴びてもろうてからにしたら、ええやないかって言うてますわ。その前の話をしとるのにから。ほんまにもう!勝手に次の電車に乗る気でっせ。電車なんかすぐ来ますよって、慌てる必要なんかあらへんですけど、ほんまあの狸娘は勝手な勝手なこと仕出かしてから。少佐殿、あれにはきつく言うたって下さい。ウチが言うたって聞かへんですよ、アレは」

俺の答えは今のところ、こうとしか言いようがない。

「私が言っても聞くとは思えないけれどね」

 森ノ宮駅で地下鉄に乗り換えるそうだ。目的地は鶴見公園。俺の新しい職場である「大阪人工知能研究所」は、その地下にあるという。巴はこれからの予定について話し始めたと思ったら、いきなり厳しい表情になった。

「今どこですか?遅いですよ?やと!あのクソガキ!」

又しても憤慨した後、俺に懇願する。

「ほんましばきましょうよ、あの狸娘は勝手なことばっか!」

「ええ、いずれ折を見てね」

「今すぐしましょうよ!」

「会うなり往復ビンタでもするつもり?」

「い、いや、そこまでは・・・」

巴の綺麗な顔が困惑に包まれた。それは俺にとって本意ではない。

「その辺は任せなさい」

今度は歓喜の色だ。それ一色に染まっている。信頼されているというのは嬉しいことだが、その喜色満面の表情を見てしまうと、それを裏切ってしまったらどうなるか?そのことが心配でたまらない。期待に応えられるのか?

 混雑した車内では皆、スマートフォンの画面を熱心に見つめているのだったが、何故かその中の一人が巴をスマートフォンで撮影してきた。こちらへ向ける所を確かに見た。パシャッという音もした。撮影するとしたらそれは明らかに巴の方だろう。撮影してきた奴は隣の座席の奴と、

「あんなでけーメイドロボット初めて見るわ~。なあ、自分、せやろ?」

などと笑っている。そして指先が画面の上をポチポチと動いているわけだから、有罪決定。つかつかとそいつに歩み寄り、

「勝手に撮影しないでくれる?それとSNSにアップロードするのも、お断り」

と穏便に申し入れたのだが、

「は?何言うとるんじゃ、ババア!すっこんどれよ!」

などと、すごんできた。まあ、服装と髪型から話が通じる相手ではないことが分かっていたので、いきなり逆切れしてくるだろうと予想していたはいたが、ババア呼ばわりには少々参った。いや、俺はおっさんだけどなあ。それより参ったのは、巴の方だった。物凄い勢いでこっちに向かってくる。

「誰のことをババア呼ばわりしとんねん!このクソガキ!新夢洲へ埋めたろか!」

と大音声で叱りつけ、胸倉を掴んで宙に浮かせる。座席からほんの50センチほど浮き上がっているだけではあるが、一大事だ。

「やめなさい!」

「はい!」

巴は案外素直に宙吊りを止めて、その汚らしいプリン頭の男を解放した。ドスンと音がして、そいつは座席へ元通り着席した。

「何をやっているの?普通、メイドロボットはこんなことしないでしょ?」

そう囁くように言ってやったのに、まるで意図が分かっていないようだ。むくれたようで、

「はあい」

と気の無い返事をして、元の位置に戻って吊革に身を委ねている。むすっとしているように見える。ご機嫌の一つもとらねばなるまいか?プリン頭の方は茫然としていて、もうこちらにちょっかいはかけて来ない。それで間違いないか確かめながら、そろそろと巴の隣に戻る。ご機嫌斜めの女の子への対処方法など、俺は知らない。ましてや相手は女性型アンドロイド。どうすれば正解なのか?そうこうしている内に地下鉄への乗換駅である、森ノ宮駅へ着いた。ホームへ降り立ち、スーツケースを転がしながら出口へ向かう。その間も不機嫌さを隠そうともしていなかった。仕方が無いので話しかける。

「ねえ、私はあのプリン頭の失礼な奴の言ったことなんて気にしていないわよ?そんな顔しなくても良いでしょう?第一」

そこで声を潜める。

「軍人ロボットだとばれたらどうするつもり?」

「まあ、そうかも知れへんですけど、ウチはアレをシメるのは当然や。そう思てます」

返って来たのはそんな答え。こちらを振り向きもしない。改札階へと降りる狭いエレベーターの中で、ようやく不機嫌の理由を説明してきた。

「あんなんは、ちょっと締め上げたら大人しゅうなります。ビビらせたらええんです。それこそ」

巴は悪戯っぽい表情で語りかけてくる。

「アップロード何ぞしたって無駄です。ウチとこの情報収集隊と情報工作隊は優秀でっせ。これはあかんやろってもんがあったら、きっちり対処しますよって。それに」

ドアが開いてエレベーターを降りる時に、付け加えた。

「直ぐに忘れられますよ。なんぼバズッても、3日と持たへん。そんなもんです」

「そこは同意するけれど、一旦インターネット上に流れ出た映像は、そのまま彷徨い続けるものよ。あなたみたいな美人だったら特に」

そう言ってやったら喜色満面というより、にやけただらしない表情になる。

「何ですか、もう!そんな言われたかて、何も出ませんて、うひひ」

絵に描いた様な美人がにやけた顔をしているのも、どうなのか?しかし、次の瞬間巴の顔は凛々しく綺麗な元の顔に戻る。

「改札の外に狸娘がいてます。一発かましてやりましょ」

しかも口の悪さ、静に対する圧の強さは変わっていない。どうしたものか?二人揃って改札を出ると、巴と静の睨み合いが始まったので、互いに電波通信を使って言葉合戦でもしているのだろう。俺は又始まったと呆れつつ駅の外を見ると、横断歩道の向かい側の地下鉄の入り口の後ろに、巨大な庁舎が聳え立っていた。こんなところに大きな庁舎があったっけ?怪訝に思いつつも自分が異世界?の日本にいることの一つの証。そう思うことに決めた。

 いつの間にか無言での口喧嘩は終わったらしい。歩み寄って来た静は、合同庁舎の威容を眺める俺に、

「これが大阪に移転した省庁の集合体の一つですよ。そんなに珍しいですか?」

と冷ややかに言い放つ。むっとしたので、

「ここにあったのかって思っただけよ」

と返してやった。

「そうですか。でもここが勤務地ではありませんよ?残念ですが」

半分馬鹿にしたようなにやけ気味の静に、巴は不満を感じたのだろう。

「おい、そんな厭味ったらしい言い方やめんかい」

「やだな~そんなことありませんよ~」

静はそんなヘラヘラと笑いながら答えたので、

「そうよね、霞が関を追われ大阪の合同庁舎でも勤務出来ない、木っ端役人如きに気を使う必要なんてないわよね」

そう言い放ってやると静は、

「ひいっ!」

と小さく叫んで体が半ば硬直したようになった。

「場所が場所だから、ここでこれ以上何か言うつもりは無いけれど、私とて、上官を何と心得るのか。そんなこと言いたくないのよ。分かる?」

「あ、はい。分かります」

俺と巴に詰められたら流石に俯くより仕方がないようだ。俺は静の手を握り締め、地下鉄の入り口へ向かう。

「早よ行きましょ。こいつ、官舎へ早よ行ってシャワーでも浴びてから、身だしなみ整えてもろうたらええやんけ、って言うてましたよって。少佐殿は半分寝ぼけてはるし、すっぴんで平気なお人やからそれでええやろって」

巴は御注進に及ぶ。静から馬鹿にされているのは知っているが、それが具体化するとかなり不愉快だ。この狸娘!柔らかそうなほっぺをつねってやろうか。そう思わずにはいられなかった。

 地下鉄の改札口を通過してから、いきなり記憶が蘇る。そうだ、携帯電話のチェック、全然やってない!8月31日に夏休みの宿題に全く手を付けていないことが判明した。大袈裟に言えばそれぐらい驚き、自分の記憶力というか自分の頭脳が衰えていることを痛感する。しかし、せっかく思い出したのだから忘れたままより遥かに良い。エレベーターでホームへ降りてからハンドバッグの中の携帯電話を取り出す。まずは電話帳からチェックを始めよう。それを見れば交友関係等がある程度掴めるはずだ。しかし予想に反して家族や友人らしい番号は見当たらない。職場関係としか思えないものが、ずらりと並んでいるだけだ。戸惑っている内に電車はやってきてしまった。

 朝の通勤時間帯に郊外へ向かう電車だから、それほど混雑していない。だから、三人揃って座ることができた。もちろん静を左右から挟み込む形だ。

「あ、あのう、終点までこの形なんですか?私、護送されているわけじゃないと思いますけど?」

「そうね。私に同行しているだけよ。それはあなたの被害妄想」

ちらりと顔を見てから、言ってやると泣きそうになっていた。

「そんな~被害妄想なんて、酷いです~」

俺の肩を掴んでしきりに不当な措置だと訴えかけてくる。全くうざったいたら。だが、チャンス到来。ここでじわじわ尋問してやろう。静の手をどけて両手の拳を握らせ、太腿の上にちょこんと置いてやった。

「官舎への荷物の運び入れは終わっている?」

話題を変える。引っ越すわけだから、多分色々な荷物は引っ越し屋の手によって、運ばれているはず。

「あ、はい。既に荷物は届いていますよ?それがどうかなさいましたか?」

静の声は随分弱弱しかった。語尾が尻すぼみだ。

「今日の予定は?それが聞きたかったの」

「今日は昭和節の旗日ですから、終日お部屋の整理整頓・お掃除になろうかと」

弱気な声色のままだ。

「ふうん、お掃除」

俺の独り言に静は、ビクッとした。

「あ、いえ、普通の意味での『お掃除』ですよ?」

どうやら自分に対する詰問が既に始まっていることに気付いたらしい。バイバイでもするかのように、しきりに左右に手を振り、焦りの色を隠さない。

「そう。あなたの仕事は早速始まったと思ったけれど、そうじゃなかったのね」

「いえ、あのう、任務は5月1日の編成記念式典を滞りなく行った後ですよ?」

「そう」

ぼうっとしながら扉の上にある電光掲示板を見る。目的地は終点。まだ何駅かあるようだ。

「緊急事態でも発生したのかと思ったけれど、そうじゃなかったのね。良かった」

「あ、はい、そうですね・・・」

消え入りそうな声。

「部下から置いて行かれるなんて初めての体験だから、ドキドキしたわよ、私」

「あ、はい。申し訳ありませんでした・・・」

大分しおらしくなっている様は確認できた。

「木曾川から何か言われているでしょうけど、それ、自業自得だからね?」

「ひえっ!」

静は悲鳴を上げ、ビクッと硬直した。

「私が悪かったです。許してくださいよ~」

こちらを向いたら、、涙が浮かんでいた。

「そう。まあいいか。泣かせる気はないし」

さあ、演技派の狸娘はどう出るか?

「ありがとうございます。許して頂いて」

そう言って礼をする静であったが、下を向いているときにちろりと舌を出していた。

「あっでもウソ泣きは禁物よ、狸娘ちゃん」

 終点の駅を出ると、合同宿舎らしき建物はすぐ知れた。と同時に3人のメイドさんも目に映る。こちらに一糸乱れず駆け寄って来た。

「あのう、大隊長殿ですか?」

猫耳を付けたメイドさんが尋ねてきた。あ、これがGR05だ。背丈は静とさして変わらない。髪型はボブなので、ぱっと見だと男の子に見えなくもない。ただ、胸の膨らみは凄いから女の子なのは間違いない。唐突に「Fカップ小学生」という単語が頭に浮かんできた。

「明後日からね」

三人の顔がぱあっと明るくなる。希望に満ち溢れた顔というのは、多分こんな感じのものだろう。

「曹長殿の命令でお迎えに参りました」

ビシッとした動作で敬礼してきた。もちろん他の2人も。俺も答礼する。右肘をスカートの裾に戻すと、3人とも敬礼してきた時と同じように、一糸乱れず敬礼をやめた。メイドの格好をしていても中身は「軍人ロボット」なのだ。

 リーダー格の猫耳メイド(襟に着けられている階級章らしいものには、星が3つ有った)に付き従っている他の2人は犬の耳。ふさふさした尻尾が揺れている。猫耳はアンテナで、尻尾は充電用ケーブルを外皮付きの非常用電池で巻いたものだと、後で聞いた。犬耳も同じだとか。首に鈴の付いたチョーカーを付けているのも猫と犬に関しては共通だそうだ。

「そう。あなた達が私の部隊の兵隊さん?」

「はい、そうであります!」

「猫ちゃんとワンちゃんなのね。狸じゃないのね?」

「え、ご存知ですか?わ。凄い!もう私達の事が分かっているんですね!」

犬樫と名乗った黒髪ロングの犬耳メイドは、興奮した様子でこちらを見ている。

「ある程度だけどね。それにしても、ねえ、鎌倉。子狸ちゃん達のお出迎えが無いのが残念ね。ひょっとしてあなた、人望無いの?」

静は顔を真っ赤にしながら、

「もう~いじらないでくださいよ~、反省してますから~」

と、むくれる。巴は馬鹿にしたように笑い、3人のメイドたちはクスクスと笑い、軌を一にして尻尾が逆立ち、ビクッとして動かなくなった。

「鎌倉!この子たちに何か言ったわね?」

静の方を向き言ってみると、

「やだなあ~そんなことしてませんよ~」

笑って誤魔化すつもりらしい。

「何か怪しいのよね。ねえ木曾川?」

今まで沈黙を保ってきた巴だったが、流石に静に対しては遠慮など無かった。

「そうっすね。こいつ今、兵達だけに電波飛ばしよりました。ウチとの意思共有するチャンネルになってへんかったです」

腕組みをして静を睨んでいた。それ故か、静は少しづつ顔から汗が流れ始めたようだ。

「そんなところは『人間』で『狸』じゃあないのね?」

少し可笑しくなった。だから、俺はちょっとだけ笑顔だったかも知れない。そのまま笑顔を作り、兵達に語り掛けた。

「怒らないから言ってみてごらんなさい。今、鎌倉曹長はあなた達に何て言ったの?」

「はい。曹長殿は『うっさい、黙れっ!』と言いました、大隊長殿」

犬萩と名乗った、髪型はセミロング、ちょっと男っぽい顔のメイドが答えた。静は気まずそうに顔を背ける。

「鎌倉曹長の態度、どう思う?」

そう聞いてみると、

「ひど~い」

リーダー格の猫耳がそう言うと、

「ひど~い」

残りの犬耳たちも続いた。

「さて、じゃあ酷い人は放っておいて行こうか。官舎へ案内して頂戴」

「はあ~い」

呑気というか脱力するような声だったが、これはこれで良いのかもしれない。3人のメイドさんは、それぞれスーツケースを転がしながら上官2人を先導し、静はふくれっ面をしながらついてくる。

「少佐殿。私、ハブられるような事しましたっけ?」

むすっとした不機嫌な声で聞いてきやがるので、宣告してやった。

「一つ。私の命令に反する振る舞いを複数回繰り返した」

手のひらを見せながら親指を折る。

「二つ。私を無視して歩を進め、置き去りにした」

今度は人差し指を折る。

「三つ。部下を威圧し、沈黙することを強いた」

最後に中指を折る。

「ええっ!私そんなことしていませんよ~。ひど~い」

静は上目遣いで可愛らしく誤魔化そうとするが、今度は通じさせるものか。

「まあ、私への対応だけでも軍法会議ものじゃない?その上部下に『黙れ』は無いでしょう?いい加減、猫かぶりは止めなさい。怒るわよ?」

静は絶句し茫然とした顔になった。

「あ、あのう、あれで怒っていなかった?本当ですか?」

「そうよ?」

「ええ、かなり怖かったですよ、昨夜の少佐殿」

「そうなんだ。でも、あなたは木曾川を全く怖がっていないじゃない。そうでしょう?」

「あはは・・・」

静にはもう乾いた笑いしか残されていなかった。

 俺の部屋は2号棟の3階321号室。嬉々として先導する兵達に続いて歩いてゆく途中で、ふと仕返しというか面白いことを思いついた。

「鎌倉。あなた、メイド服持っている?」

「えっ⁉」

素っ頓狂な声が響く。

「今日はお引越しの日でしょう?あなたもそれを手伝うために、こうやってついて来ているわけでしょう。違うの?」

実際の所静の予定など知らない。だから試してみた。こちらを優先するか?それとも何か口実を述べて逃げるか?

「あのう、質問の意図が良く分からないのですか・・・」

などと、右手をそろそろと挙げながら答えた。

「何だか女学校の先生になった気分ね」

くすくすと兵達が笑う。

「とぼけない。要するにメイド服に着替えて、引っ越しの手伝いをしなさい」

「ええ~どうしてですか?」

大袈裟に驚いている。

「メイドっていうのは家事をするために雇われていて、メイド服はそのための機能的な制服のようなものでしょう?だから着なさい」

言い渡してやると、まだ抵抗を続ける。

「ええ~、ですから意味が分からないです!着用しなければならない必然性が理解できません!」

「頭でっかちな理屈をこねない。手伝えと言っているのだから手伝いなさい」

ここまでずっと黙っている巴だが、水面下ではしっかりとやり取りをしていたようだ。静が悔しそうに体を震わせている以上、そうだと判断できる。

「何か不都合でもあるの?」

こう言えば、必ず理由を付けて回避するだろう。賭けても良い。絶対そうする。何故かそう確信できたのだ。

「ええ、大いにあります!」

それは、とても嬉しそうな弾んだ声。そしてこちらを見つめてくる、若さに溢れた健康的な可愛らしい顔。こんな顔で見つめられたかったな。誰でもいいわけじゃなかったけどな。贅沢なことに。

「あるわけないやろ、アホ!今日は特に予定無いやろ?」

巴がここに来て発言してきた。

「木曾川はそう言っているけれど、違うの?」

「違いますよ~。今日は日常点検の日で、どうしても研究所に行かなければいけないんです。本当ですよ!どうして木曾川准尉は、私にそんな嫌がらせをするんですか!酷いです!」

身振り手振りを交えながら巴を非難する静。だが、そんな三文芝居に引っ掛かるわけにはいかない。なんせ相手は狸娘だ。化かされてたまるか。

「まあ、本当の事ではありまっせ」

耳を疑った。巴が俺を裏切った。その瞬間はそう思った。絶望だ。もうお仕舞だ。俺と巴の関係は。だが、それは杞憂だった。

「何嬉しそうな顔しとんねん。確かに本当やけど、それは夜の事やろ?19時に研究所に出頭。それは確かや。それまでは少佐殿について、なんやかんやしとけって話やったやろ?」

巴はそう言って静にきつい眼差しを向ける。その上で俺に微笑みながらウインクしてきた。

「なるほどね。本当の事ではあるわけだ」

失笑の一つも漏れるような結末だ。なるほど嘘はついていない。確かに本当のことを言っている。しかし、何故すぐばれる様な事を言うのか?そこは謎だ。

 321号室の扉は開いていた。何事ならんと中を覗いてみれば、靴が6足綺麗に揃えて並べてあった。誰か来ている。誰だろうと思っていたら、中から3人のメイドが現れた。

「お邪魔しております。少佐殿。先に作業を開始していました」

ビシッとした綺麗な敬礼。当然俺も答礼する。

「何や桜、自分の分隊のもん、全員動員しとったんかい」

後ろを振り向いて猫耳メイドに話しかける。

「そうだよ。先回りしておいたんだよ。凄いでしょ?褒めて?」

腰に手を当て得意げに胸を反らす。大人の女の色香などというものは排除して、ロリコン受けする容姿になっていると静に聞かされていたが、改めて見るとそんな感じだ。全員12歳くらいの、小学校6年生という雰囲気を身に纏っている。但し、物凄く発育の良い美少女。

「はいはい、そう頑張ったな。ご苦労さん」

「えへへ、やったあ」

万歳をして嬉しがっている。もし俺が大学などいかずに高卒で県庁にでも就職していれば、ひょっとしたらこのくらいの年齢の娘がいたかもしれない。そう妄想するのは悪くない。頭の中で何を考えるかは自由だ。誰にも邪魔される謂れは無い。そういう甘美な世界に生きたいものだ。せめて眠っている間くらい。桜と不意に目が合った。じいっとこちらを一心に見つめてくる。

「褒めて欲しいんやと思います」

巴に耳打ちされた。

「そうか、分隊長なのね、あなた」

「うん!」

眩しいほどの笑顔。直視できないほど眩しい。

「作業を少しでも早く終わらせられたら、と思っていたの。手回しが良くて助かるわ」

「わあい、やったあ」

また万歳をして喜びを表すと、後ろを振り返って残るメイド2人と交互に手を取り合って、きゃあきゃあとはしゃいでいる。

「ようし、ちゃっちゃと作業済ませちゃうぞ!

3人とも靴を脱いで室内に入り、6人で、

「お~」

と号令をかけ、てきぱきと引っ越し作業を開始した。それ故、静が相当遅れてこっそりとやって来た時、俺の怒りは爆発しそうだった。

「あっ、曹長殿、今頃来てる~」

桃、と名乗っていた狐耳でツインテールのメイドさんが指差した先には、確かにこそこそと最初から居たかのように振舞っている静の姿が。

「鎌倉。ちょっと来なさい」

俺が手招きすると静は、

「な、何でしょうか?御命令通りメイド服着用していますよ?」

などと言い、後ずさりした。

「そのとおりね。でも遅くないかな?もっと早く来ることはできたでしょう?」

「あ、いえ、自分も荷ほどきをしていて、メイド服を探すのに時間がかかってしまって・・・えへへ・・・」

最後は笑って誤魔化す始末だった。

「いい性格しているわね、あなた」

「あはは。褒められると照れちゃいますねえ」

「褒めてない」

「ええ・・・」

「私、あなたより下の階級だったかな?長がついていないし」

「あ、いやあ・・・そんなことはないですよ?少佐殿の方が上ですね。はい」

「何階級?」

「ええと、5階級上ですね。はい」

「そうなんだ」

「そうなんです」

はあ、とため息が出た。

「部下の新型軍人ロボットが言う事を聞きません。嫌味ばかり言います。どこに報告すれば良いのかな?」

ひえっという、悲鳴に近い声が室内に響いた。

「そればかりはお許し下さい!」

こちらを拝み倒して事を乗り切るつもりらしい。そりゃあこんな美少女のお願い事なら、何でも聞いてあげるといきたいが、そうすると舐められ下の者への示しが付かなくなる。

「あ~曹長殿、怒られてる~」

きゃはは、と嬌声が響く。6人とも笑っている。ついでに巴も。俺は全く笑えなかったが。


 


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