視察にきました。よろしくね
静が嵐の様に去っていくと、入れ替わりに巴が姿を現した。
「何ですの?アホがアホみたいな顔して入って来た思ったら、しょぼくれた顔して出ていきましたけど。何か有りました?」
「何でもないわよ。得意げな顔して報告に来たけれど、古田技術少佐が呼んでいるから、さっさと研究所に行きなさいと言っただけ」
そう返してやると、
「そうでっか。またアレはアホなことをしでかす。何かろくでもないこと企んでるでしょ、あいつ」
という返事が返って来た。
「新企画が実現しそうだとか何とか」
「新企画・・・。絶対ろくでもないやつです、それ」
確かにろくでもないやつだと思える。隠し立てしている時点でそうだと決めつけても良い。確か制服を披露しに来た、その時の不審な言動。それを思い出した。
「放っておきなさい。どうせ企画倒れよ。そんなことより仕事に戻りなさい」
巴は満面の笑みを浮かべて部屋を出て行った。
そしてそれからあまり時間を空けずにお昼だから、同じように現れるのだ。
「さあさあ、メシにしましょう!今日のお弁当はこれですよ!これ!」
得意げに中身を見せるだけのことはあって、きっと美味しいものに間違いないだろう。
「ウチが作りましたよ!ウチが!言うまでも無く!」
右手を胸元に当て得意げに胸を反らす。
「そう。有難う」
「いえいえ、どういたしまして」
にこやかに笑う。それだけでも今日は良い日だった。この時点ではそう言えたと思う。
部下を持つという経験の無いままトップになってしまったので、どう言う風に部下を動かしそれを把握するのかがまるで分からない。手探りにでもそれをしなければならない。だから決議書を持って行くことにかこつけて、第1中隊に行く事にした。それでせっかくの良い気分が台無しになってしまったのだろう。それは俺の覚悟の決め方が甘いという事でもあるが。
第1中隊の執務室内に入って、司令部の庶務係へ決議書を渡してから、各小隊を一通り見て回ろうとしたら、兵達が武器の点検をしているところに出くわした。
「あ、大隊長。うす」
などと挨拶してきて、
「馬鹿!相手は少佐だぞ!分かっていないのか、この野郎!」
と怒られていた。
「伍長殿。良いじゃないすか。親しみを表現してるってことで」
へらへらと笑っている。
「アホか!自分ら、何考えとんねん!軍人精神注入したろか!」
そこに現れた伍長より年かさの男は、
「軍曹殿!」
と呼ばれていたので、襟の階級章を確認するまでも無かった。
「自分らほんまになあ・・・、直立不動で敬礼せなあかんのは大隊長殿に対してに決まっとるやんけ!ちゃんと敬礼せんか!あほんだら!」
全員敬礼してきたので答礼をする。
「どのようなご用件でっか?大隊長殿?」
軍曹は質問してきた。
「ああ・・・、各中隊の様子を見るついでに決議書を持ってきた。それだけよ」
「ほんなら存分に見ていかはって下さい。今はスパイ狩りのための武器の点検中です」
「あなた達、吉岡隊よね?」
「そのとおりでっせ」
「分かった」
右手を軽く挙げ、雑然としている執務室内をゆっくりと歩いて鈴木隊の方へ向かう。壁一枚隔てた鈴木隊の様子は若干違っていた。談笑している者など誰もいない。そして俺の姿を見るや否や、
「大隊長殿に対し、敬礼!」
誰だか分からないが(おそらく下士官。軍曹だろうか?)、号令すると整然とした敬礼が返って来た。答礼の動作をすると、不気味なくらい同じ動作で敬礼を止めそれぞれの作業に戻った。
「大隊長、どうかなさいましたか?わざわざこんな所にまでいらっしゃって?」
いつの間にか小隊長の鈴木が歩み寄って来ていた。
「いえ、ちょっと見に来たのです。気になったと言うか、満足に皆さんの仕事ぶりを見ていなかったのかなと思いまして。報告書だけでは良く分からない部分も多いですから」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
鈴木は何度か頷き微笑んだ。
「どうぞご覧になって下さい。我が隊はいつ何時監査に入られても大丈夫ですから」
通路を塞ぐ荷物など一つも無い、そんな状況を見ればあながち冗談とは思えなかった。
「ああ、そうだ。昨日付けの報告書、ご覧になりました?」
「ええ確か。昨日の報告書は全部決裁承認したはずです」
「一昨日、売国奴共を『お掃除』した件について報告致しました。昨日の分の報告についても本日中に決裁に回せるかと。目標設定面談を行う時間を作る、そのために少々急いでいまして」
こちらを見つめる鈴木。早く帰れ、という事なのか?
「分かりました。お邪魔してしまっているようですね。失礼致しました」
深々と礼をする。どういう意味で鈴木がそう言ったのかは分からない。だが、こうしておいた方が無難だろう。
「ああ、いえいえ、そういう意味で申し上げた訳じゃありませんよ?客観的な事実について申し上げたまでで。ゆっくりと仕事ぶりを見て行ってください」
だから、鈴木の仕事を見ることにした。それがいけなかったのだ。




