目標設定は真剣に
大隊長室へ入ろうとしたら西岡少尉が話しかけてきた。
「おはようございます、少佐相当官」
手には何か資料らしきものを入れたクリアファイルを持っている。
「以前、本省の人事に居たことが有りまして」
すっとクリアファイルを渡してきた。
「その当時のものと、現在の資料を参考に作成した今回の研修資料です。研修自体は私が講師を務めさせて頂きますので、目を通しておいて頂けますか?」
「分かりました」
と答えたら、一礼して自席へ戻っていった。
決裁作業に入る前に一読してみた。なるほど良く出来ている。やはりここにもセクハラは有って、それを防止する必要に迫られているのだ。秘密警察にもそんなことが有るのか。興味深いことだが、自分がその被害者になってしまったのは、何だろう?自分には関係ないことだと思っていたから、鈍器で頭を殴られたようなそんな気がする。病気を患う前は鬱病なんてかかったところで大したことはない、むしろ元気そうじゃないかと思っていた。そのことの報いが返って来たのかも知れない。ちょっと重苦しい気分になった。1日引きずることになるかも。忘れたいことを忘れられないこの頭脳が恨めしい。
そんな気分を振り払うためにも仕事だ。部下の決議書・報告書をきちんと見なければ。それが俺の仕事。余計なことは考えない。決議書・報告書を次々と内容に目を通しつつ決裁承認していたら、内線電話が鳴る。二神からだった。
「例の目標設定が出来ましたぞ。そちらに行ってもよろしいか?一通り説明しますけん」
「ええどうぞ。お願いします」
成り行きで二神に任せることになってしまったことに後悔と申し訳なさが募るので、あまり顔を会わせたくはなかったが仕方が無い。そんなことは俺が心の中で解決すべきことだ。
やって来た二神は、俺の机の前で書類を挟む板(なんて名前だろうな?)に挟んでいた何枚かのコピー用紙を手渡してきた。
「本省の掲げている目標,及び研究所に課せられている目標等を勘案いたしまして、次のような目標を立てました」
「目標設定シート」と印刷されているコピー用紙には、ぎっしりと文言・数字が詰め込めれていた。
「こんなんは、半期ごとに作成を義務付けられましてな、毎回真剣に考えておっては身がもたんので、前回書いたものの数字をいじって提出。そんなことも有りました。身構えんでもええんですよ、こんなもん。至上命題の任務じゃと気負う必要なぞありゃせんです。気楽に考えて、上がこう言いよるけん、ふんふんと流しておくべきなんですが。よろしいですか?」
何とまあ軽やかなことか!本当は苦心惨憺していても、そうではないと振舞う。俺には真似できない芸当だ。
「さて具体的に説明しましょうか。大きな声では絶対に言われんが、これは少佐相当官、あなたが作成したもんじゃけんね。一応一通り頭に入れておいてもらわんと。まあ上の連中には、これは二神のポンケの抜け作が拵えたもんじゃというのは、バレバレでしょうがね」
「あのう、良いんですか?これで問題なくそのう、審査ですとかそういうものを通過できるでしょうか?」
二神は微笑みながら、頭上に手で円を描いた。
「大丈夫じゃけん持ってきたんですが。心配性ですなあ」
そう言って笑う二神を見ていたら、任せた以上俺の責任ということで怒られたら良いや。そんな気になってきた。
「ほしたらこれで決裁承認ということでよろしいですな。これを基に各中隊ごとに目標を設定して、目標設定面談を行いますぞ?」
「ええ、そういう方向でお願いします」
立ち上がって頭を下げる。こんなことしかできないから、できることはきっちりと。本当にそうなっているかは分からない。実感できるかな?そんな日が来るのは遠い未来のような気がするし、明日のような気もする。明日だと良いな。




