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ウェンズディモーニング・AM3

 まだ発車時刻まで中途半端な時間が残っている。言われるまでもなく、それがあるからここにしたのだ。何というか、喉が渇いて仕方がない。健康診断では一度も血糖値が高いなどと言われたことはない。素人判断ではそれは精神的なものだと思う。緊張するとか精神的な負荷がかかる、つまりはストレスが原因なのでは?そう思えて仕方がないのだ。だから、目の前で部下二人の言動が気に障るから、やたらと飲み物を欲してしまうのだろう。

「まあ、法令なんか後でお勉強しはったらええでしょ。暫くはドタバタして落ち着かへんですよって。上手く回り始めた頃にウチがレクチャーして差し上げます」

巴がせっかくまともな提案をしてきて、それで一件落着。話題が変わる。それで良いはずなのだが、静はよほど腹に据えかねているらしい。

「それじゃ駄目でしょう?少佐殿は、ただ座っているだけでは職責を果たしていないというお考えなのですから、根拠法令にも精通して頂かねば。そうじゃないと兵どももついていきませんよ?」

言い終わるや、少し頬を膨らませ巴の方を向き、ぷいと顔を反らす。

「何やと!兵どもを統率するのは、自分の役目やないかい!責任転嫁すんな!」

そんな態度だから、当然巴は憤る。

「いや、確かにそうですけどお・・・。責任転嫁じゃないですよ?責任者は少佐殿じゃないですか?」

静はすこぶる嫌そうだ。

「せやから、それが責任転嫁や言うとんねん!」

いい加減見飽きたと言うか、何度こんな意地の張り合いから来る口喧嘩を見つめなきゃいけないのか?

 ハンドバッグの中に仕舞った財布を取り出す。レシートはどこだったか?それを探し出す前に、これ見よがしに腕時計を見た。それでようやくピタリと止んだ。安心など到底できないが、取りあえずもう一杯飲もう。ゆったりと良い気分で飲めれば良いのだが。立ち上がって財布とマグカップを手にカウンターへ向かおうとすると、

「どちらへ?もう出発します?」

と静に声をかけられた。

「もう一杯注文するつもり」

「わあ、いいですね!私もそうします!」

握り締めた両拳を顎の下に持って来て、満面の笑みを浮かべてから、くっついて来ようとする。ぶりっ子だなあこの娘。急に静はくるりと座席の方を振り返る。巴は澄ました顔をしている。ははあ、電波通信で何か言ったな?その証拠に、こちらを振り返った静は険しい表情だった。まあ、でも見なかったことにしよう。面倒くさい。カウンターで注文すると、静は、

「私はミルクティーで」

と注文し、こちらを見てにっこりと微笑んだ。

「どうかしたの?何か嬉しいことでもあった?」

わざとらしく聞いてみると、

「ええ。もう一杯奢って下さるんですよね?超嬉しいです!」

今度は右手でピースマークを作りそのまま右目に持っていった。何ともあざといことだ。ほんとにぶりっ子だなあ、この娘。おっさんくさい感想が漏れる。何でこんなに第一印象と違う行動ばかりなのか?

「どうかなさいました?」

首を傾げながら聞かれると、グッときてしまう。本当に。

「べ、別にどうもしないわよ」

「そうなんですか~良かった~。奢って下さらないのかと思って、ちょっと焦りましたよ~。驚かさないでくれません?」

 別段お茶代ぐらいどうこういうことでは無い。こうやって微笑まれるのも悪くない。というより凄く良い。だがそれはそれとしてムカつく、もやもやとした気持ちが降り積もってゆく。

 席に戻ると、一度口に含んだ後マグカップを叩きつけるように、テーブルに置いた。イライラする。やたらと喉が渇く。今コーヒーを飲んだはずなのに。巴も先に席に就いていた静も、びくついている。やってしまった。しかし、そうせずにはいられなかった。少なくともその時点では。

「あ、あのう、このアホが何か気に障ることしました?」

巴は静を指差し、当然の質問をしてくる。俺はそれには答えない。気まずい沈黙など嫌になるほど経験している。今さら回避する必要など。

「第一印象とかなり違うよね、あなた達」

二人ともびくりとして固まっている。

「本当に狸と言うか、狐と言うべきか・・・。上の階級の者に平然と喧嘩を売って、恬として恥じない・・・」

マグカップを揺らして一口含む。

「絵に描いたような美人なのに、口の悪いことチンピラヤクザの如し・・・」

 もう一口飲む。何故こんなに喉がかわくのか?真っ赤な顔になって大人しくなった二人を見ても渇きは収まらず、ますます渇くような気がする。

 目線を下に向けて話したが、二人が百面相をしている様は確認できた。互いに電波を飛ばして、突然上官が自分達をけなし始めたのは、互いの言動のせいだと責任転嫁をしているのだろう。もう一度マグカップを軽く音をたててテーブルに置く。二人はもう一度ビクッとした。

「私に分からない様に話をしているでしょう?電波を使って。それならこっそりと、私に内容を知らせない様に会話が出来るからね」

もう一回口に含むと残りはわずかになった。今度はそっとテーブルにマグカップを置き、交互に二人を見る。

「要するにあるべき様にしなさい!あるべき様に!」

大きな声など出していない。それでも震え上がらせるには十分だったようだ。黙って俯いている。

ハンドバッグの中から取り出した白い紙袋。そこから中身を取り出してゆく。

「ラツーダ」

 俺はまるで死刑宣告のように、静かに言葉を紡ぎ出した。

「ダントリウム」

まだ続く。

「炭酸リチウム」

一呼吸置いて、ため息とともに、

「これが私の服用している薬。全部精神安定剤のようね」

と呟いた。右手で頬杖をつき、

「何故私は、こんなものを服用しないといけないのかしらね」

と独り言を述べてから、頬杖をつくのを止めて錠剤を白い紙袋に収め、ハンドバッグに戻す。

「さて、あなた達は高度な人工知能を搭載した優秀なアンドロイドなのだから、当然今私が服用している薬が、何に対する治療薬なのかは理解できるよね?違う?」

 二人には頷くほか術は無かった。

「だから、私がどういう病気に悩んでいるか?それから、あなた達に何度かお願いしてきた事の意味も当然理解できたでしょ?違う?」

 二人は何度か頷く。それを確認するや、俺の怒りは爆発した。

「じゃあ何なの、あなた達の態度は!」

 軽くだが右拳をテーブルに叩きつけると、

「誰のせいでこんなことになっているの?」

交互に睨みつけてやった。返答は、

「こいつのせいです!」

「この方のせいです!」

と同時に返って来た。ご丁寧に互いを指差して。

「いい加減にしなさい!」

静かな、しかし自分でも驚くほどドスの効いた声が響いたせいか、二人とも恐怖したらしい。

「もういい。あまりゆっくりしていられないけれど、こちらから思いつくまま、徒然なるまま質問するから、性能の劣る旧型に嫉妬している新型が答えなさい」

 水を持ってこさせた上で尋問が開始される。まず最初の質問は二人が本当に「軍人ロボット」という名前の「アンドロイド」なのかについてだった。

「私も抜けているわよねえ」

 グラスの中の水を飲みながら思った。そう、何故そこを最初に確認しなかったのか?迂闊にも程がある。だからそこには、それに気づかなかった自分への怒りもあった。

「あなた達がロボットだと主張するのを右から左へと聞き流していた・・・。場の空気に流されていたというか・・・。証明させるべきだった・・・」

 グラスをそっとテーブルに置き、巴と静をゆっくりと交互に嘗め回すように見た。

「あなた達、私のことをちょろいと思っているでしょう?」

 二人とも首を左右に振って否定するが、俺は畳み掛ける。

「じゃあ、何で喧嘩ばかりするの?言う事を聞かないの?本当は人間なのでしょう?私をかついでいるわね?そうでしょう?違うと言うなら、今すぐロボットだと証明しなさい!」

二人とも顔を動かさず目だけで互いを見つめている。それはこちらに内容を知られない様に会話していると言う事だ。俺はそう決めつける。

「鎌倉。そういえば、あなたは普通の女の子より少し背が高いだけよね?本当にロボット?怪しい、凄く怪しい。私にぞんざいな口のききかたをするのは、メイドロボットでも軍人ロボットでもなく、その辺の女の子だからでしょう?」

「いいえ、違います!違います!私は本当に軍人ロボットの新型です!信じて下さい!」

静は手を左右に振り、しきりに否定する。

「それじゃあ、その証拠は?」

俺の問いに静は不貞腐れた顔になり、左右を見てぼそっと呟いた。

「じゃあ、私の指先を良くご覧下さい。今この場でお見せできるのはこれくらいですけど、良くお分かりになると思いますよ」

そう言い捨てると、指先から音も無く5本の注射針が飛び出してきた。

「どうです?手品の類じゃありませんよ?これが『お掃除』をするに当たっての、武器の一つです。薬物・毒物・アルコール類を、ここから対象者に注入するのですよ。良くご覧下さい」

そう言って俺に指先を近づけてくる。

「ふうん。取りあえず手品ではないのね」

しかし言葉とは裏腹に、内心かなり動揺した。急に心臓の音が大きくなったような気がする。喉と唇も渇いてきた。それらしいものを、本当に見ることが出来てしまった。お掃除とやらは本当に行われる。それは間違いないようだ。

「よろしいですか?」

「ええ」

たちまち注射針は静の指先から跡形もなく消え失せた。

「この仕掛けは、木曾川にも付いている?」

すると巴は、一応お目にかけます、と言って同じ様に指先から注射針を出す。そして、

「これはもちろんGR05、兵どもにも標準装備されています」

と言った。

「そうなんだ」

「そうなんです」

 又してもハモる。しかし今度は睨み合いにはならなかった。まあ、当然だが。

「ひとまず信じることにしようか。しかし、腑に落ちないわね。全然命令に従わないのは、高度な人工知能を搭載しているせい?だから私を見下していて、素直に命令に従わない?」

「違いますよ。私は旧型のこの方には負けたくないんです。少佐殿の寵愛を一心に受けたいからそうなったので、単なる意地の張り合いです。不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」

 静の弁明を受け入れることにした。

「そういう事にしておこうか。さて、まだ質問しないといけないことって、有ったかな?」

 座ったまま大きく背伸びをする。それから二人の目を交互に見る。すると同時に俯いた。

「本当、あなた達って生徒指導室へ呼び出されて、詰められている不良みたいね」

 手荷物検査なんて受ける必要が無いのが列車の旅の良いところだ。そうは言っても明日は祝日。旗日だそうだ。新宿駅はごった返していた。

 22時15分、新宿駅5番線に「浪速5号」は品川方面から機関車に押され入線してきた。寝台急行のはずなのに、座席車ばかりが目の前を通過するので。思わず乗車券を二度見してしまった。そして、値段の安いことに感嘆する、大阪までの乗車券が5700円、寝台券が2000円、急行券が1000円。想像を遥かに上回る安さだ。政策的に安い料金に設定されているのだろうか?まあそれはいいや。さっさと寝台に横になりたい。かなり疲れた。携帯電話のチェックをする気力も無い。そんなの面倒くさい。スーツケースをゴロゴロと転がしながら、新宿駅を歩くのは本当に骨が折れる思いだ。

 指定された一等寝台に着いて扉を開けると、ビジネスホテルのベッドが現れた。狭いながらも個室で天井も高い。スーツケースを室内に入れ、鍵を掛ける。上着と靴を脱いで横たわる。これで騒々しくなければ、本当にホテルのベッドに寝ている気分だ。それにしても車内放送はいささか煩わしい。やたらと多い停車駅を一々列挙。熱海まではほぼ各駅停車だ。定期券の他に急行券が必要だと連呼されている。そこではたと気づく。座席車とサラリーマンらしきおっさん達がやたらと居たことを。そうか、いわゆる湘南海岸と呼ばれる地域の、家路を急ぐサラリーマン達の帰宅用の列車でもあるわけだ。それに気づくと、いきなり今まで以上の憂鬱な気分が押し寄せてくる。そう、これより遅い時間に帰ることもざらだった日々の記憶が、堰を切った様に脳内に流れ込む。ついでにさっき聞き出した情報が五月雨式に頭の中を降りしきる。

 眼鏡を外し、目を閉じる。しばらく、何も見たくないし聞きたくない。間もなく発車時刻らしい。やけに長く発車ベルが鳴る。そして、いつの間にか列車は滑るように動き始めていたようだ。車掌が次は渋谷だと告げている。腕の良い運転士だな。今夜はぐっすり眠れそうだ。

 しばらく前から睡眠薬は処方されていない。不眠症・睡眠障害はほぼ解消されて、何とか眠れるようになったからだ。それでも月に一度くらいは、真夜中の2時だとかに目が覚めてしまう。睡眠障害の一種、中途覚醒というやつだ。それが今夜起こってしまった。藤沢駅を過ぎる頃には眠りに落ちていたと思うのだが。読書灯を付け、枕元においた腕時計に目を近づける。ぼやける目に映った時刻は、午前3時10分前後。ウエンズデーモーニング・ÅM・3。確かそんな曲があった。サイモンとガーファンクル。聞いたことが有ったような気がするけれど、どんな曲だったけ。しかし、本当に水曜日の午前3時に目が覚めなくてもいいだろうに。

 どこの駅かは分からないが、停車しているのに目が覚めるのはどうかしている。やっていられない。でも、そのうち眠れるだろう。腕時計を枕元に置き、読書灯を消す。だが、意に反して睡魔が襲って来ない。うとうととしている間にどのぐらい時間がたったのか。突然ガコンと大きな音と揺れを感じた。そして、どうやら反対方向に向かって走り出したようだ。何がどうなっているのか?確認するのも億劫だ。ひたすら目を閉じていると、規則的なレールの継ぎ目を通過する音が次第に眠りへと誘った。


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