女子アナは陰謀に加担する意思を示唆する
連休なんてものは過ぎてしまえばあっという間の出来事で、何をしていたかも分からない。そんなものだ。平成27年5月6日。3日振りの出勤(非公式にはだが)。犬萩と犬樫が俺の布団に潜り込んで惰眠を貪っていたせいか、今朝の夢は通勤電車で熊と象とキリンに押し潰されそうになる奇天烈なものだった。
それにしても名前に「犬」が入っている割には、まるで猫の様によく眠るものだ。猫耳の方が余程良く働く。それを指摘したら、
「私たちは節電モードの時間が長いだけです!」
などと反論してくる。口は達者なものだ。だから給電コードを使って仕事ができるよう、引き続いて第3中隊で任務に当たれと命令したら、暇乞いを申し付けられたような顔になり、
「嫌です!大隊長の傍で仕事がしたいです!」
などと言ってしがみついて来る。
「最初に命令した時は、素直に従っていたじゃない」
しゅんとなり、出勤する際にはこれから市場へ売られていくかのような悲しみに満ちた顔をしているので、どうしたものかと思案せざるを得なかった。
庁舎へ入ると受付で巴が待ち構えていた。こちらが顔を見るやすっ飛んできて、
「寂しかったですよう!また会えて嬉しいです~」
抱き着いてきて頬ずりまでしてくる。兵達とはパワーが違うから息苦しいというか、それこそ熊にでも締め付けられているようだ。いつぞや夢の中で静が、「熊女」呼ばわりしていたがさもありなんだ。
「大袈裟ねえ。3日ぶりだからってそんな泣くほどの事?」
「何言うてはりますのっ?大体110時間ぶりの感動の再会やないですか!もっと感動してくださいよう!ウチほんまに寂しかったんでっせ?」
「そう。定期点検は無事終わったのね。良かったわ。こっちもあなたがいないと心細い」
言葉にならない歓喜の声が響き、本当に骨が折れるかと思うほどきつく締め付けられた。その横をぞろぞろと出勤してくる者達は、こちらをご主人様とじゃれつく大型犬という微笑ましい光景とみなして、エレベーターホールから生暖かい眼差しでそっと見つめているのだ。何か一言ぐらいコメントは無いのか?全く。
大隊長室へと入ったら、所狭しと決議書が山の如く積まれていた。それがまるで連山のように連なっている様は壮観だ。予想していたより遥かに多く、連休など無い方が良いとすら思えた。
「少佐相当官。こちらから決裁して下さい。こっちから日付順になっています。それと各中隊ごとにまとめてあります」
丸山は書類の山を指差しながら言った。
「有難う。あなたがそうしてくれたの?」
「いえ、西岡少尉が」
「そう」
白髪頭の西岡。寡黙な男で、まだ口を利いたことは無い。
「あなたも書類溜まっているでしょう?なるべく早く片付けて、万全を期して入札を取り仕切ってね」
「はい!」
丸山は爽やかな笑顔を残して大隊長室を去って行った。若人の元気な様は実に良い。俺もあんな感じには到底なれないが、やれるだけの事をやらないと。決議書にしろ報告書にしろ代決をしているわけだから、それを追認すれば良いわけだ。しかし、報告書については物凄く気になる。特に第1中隊のやつ。どんな感じで「お掃除」したのだろう?ニュースで見聞した人の死の全てに関わっていたとしてもおかしくはないのだ。あ、これ、ニュースで聞いたやつ。いきなり「当たり」だ。強制猥褻で服役していた前科2犯の輩。出所直後に半裸で死体となって見つかった事件。マルゴを囮にしていやがる。その上できっちり泥酔させた後に川に転落させている。ご丁寧にその近くに同じく泥酔状態の反社の輩を寝転がせて置いておく。当然容疑者はそいつ。見事なものだ。恐れ入る。
それ以上一つの報告書にかかずらっている場合ではないので、決裁印を押して決裁箱の既決の方へ放り込む。黙々と目を通しては押印する。それを繰り返して既決の方に書類が溜まったら、大隊長室を出て手の空いている者を呼びつける。すると、桜達と並んで西村までもがやって来る。
「なんだかなあ。俺の方が大隊長に信頼されてて、仕事任されてるんだけどなあ」
西村はぼやく。桜が自らの階級章を示して黙らせたのだ。一応、兵長なのだから上等兵の西村は黙らざるを得ない。
「ボクが持って行くからね!」
桜は得意げな顔で大隊長室を出て行った。
そうかと思えば、山盛りの決議書を持ち込んで来る。
「ねえ、どこに置いたらいい?」
と聞いて来るから順番通り置くよう指示した。まるでベルトコンベアーで送られてくるようだ。
第2中隊の報告書は、雑多な情報の件数が数字としてひたすら列挙されているばかりだ。まるで数字が上滑りする決算書のようだ。人工知能が重要と判断した情報は別途抜粋されているが、それも目に留まらない。物量と言う奴は本当に厄介だ。組織であっても扱いきれるかどうか。頗る怪しいものだ。
第3中隊の報告書はこれまた数字の羅列。情報工作が成果となるかどうかは不明なのがもどかしい。広告のようなものだろう。やってはみたが効果が出るかは分からない。まあ、何でもそんなものだ。特に気にする必要は無いだろう。そうこうしている内に思い出した。渡辺の件。第3中隊に何か連絡をしているとは考えられないので、帝国放送協会大阪放送局へと電話する。交換台の女性から案外あっさりと渡辺に繋がったと返答があったので、びっくりした。
「もう目標の設定はなさいましたか?」
渡辺は機先を制してきた。
「いいえ、これからです」
「そうですか。てっきり目標を設定なさったので連絡してきたのかと思いました」
このアマ!言ってくれるじゃないか!
「こちらはそれぞれ独自の情報工作活動を行っています。報告書は放送協会に上げますので、そちらを経由して把握なさって下さい。目標等につきましては、設定完了後に連絡して下さい」
渡辺は言いたいことだけを言って、一方的に電話を切った。だが、ゼロ回答に等しかった前回に比べれば進歩したというべきか?
俺は黙々と決裁承認作業を進める。積み残し分だけでも片付けないと、ゆっくりお昼を食べている場合じゃない。渡辺に言われずとも、目標設定問題は今日中にでも決着させたい。そうしないと落ち着かない。だから脇目も振らず決裁印を押す。それが可能だったのは巴が根回しをしてくれていたから。遅い昼食を摂る段になって分かったので、今度は俺が抱き着く番。となるところだった。自制心が働いたのだ。やっぱりそれは恥ずかしい。だから、素っ気なくだが礼は述べておいた。それでも巴は白い歯を見せるのだった。出来た嫁だ。俺は心の中で叫んだ。




