アホ犬は寝てから寝言を言う
そのまま夜になるまでぼうっとしていても良かった。或いはそうすべきだったかも知れない。しかしそれじゃあ生産性が無い。別段どうしても買い物がしたかったわけじゃない。それでもお店の雰囲気は悪くない。だからドライブを楽しみながらスーパーへでも行ってみたい。そう思ったのだ。だから、
「ちょと出かけて来る」
とだけ言い残して愛車を駆ろうとしたが、全員から止められてしまう。
「駄目ですよ、少佐。皆を連れていくか、止めて頂くかのどちらかです!」
椿は俺を後ろから羽交い締めにして、そう言って来た。
「何処へ行くのか分かりませんけど、連れて行ってください」
犬萩と声を合わせて、
「そうですよ。お部屋の中だけじゃ寂しいです」
犬樫も当然そのように訴えて来る。桃は正面から抱き着いて、にっこりと笑うだけだったが。
こうなってしまった以上、椿の言う通りだろう。煩わしいのは嫌だが、部屋の中に閉じこもるのも、せっかく気分が乗って来たのだからもったいない。
「仕方が無いわね。じゃあ、全員連れて行くから支度しなさい」
「やったー」
アホ犬コンビは飛び上がって喜び、2匹の狐は、ハイタッチ。その喜び様を見ていると、桜と梅の悔しがる顔と猛烈な抗議が即座に脳裏に浮かび、若干憂鬱な気分になる。でもそんな気持ちは振り払おう。部屋の外に出て鍵を掛けようとすると、アホ犬コンビは早速エレベーターのところまで飛んで行き、ボタンを連打している。桃と椿に背中を押され、俺たちは愛車のところへたどり着いた。そして誰が助手席に座るのかという小競り合いが始まり、辟易させられるのだ。全くしょうがない。強制的に行きは桃、帰りは椿と決めてしまった。
「犬萩と犬樫は地下鉄に乗った時、行きも帰りも私にもたれかかっていたでしょう?」
2人揃ってうなだれている様は、ご主人様に叱られてしょげかえっている大型犬そのものにしか見えなかった。
愛車の運転席に座ってエンジンを始動すると、いつもの音が響く。大袈裟な話だが、今日は未知なる世界へ足を踏み入れる、そんな感覚が何故かした。今までは誰かを乗せて走るなどほぼ無かった。それを寂しいと思ったことなどないけれど、賑やかな車内というのも、ごくたまになら良いのかもしれない。
高速道路の高架下を走るわけだから、春の日差しを感じながらのドライブという訳にはいかない。それでも自動車を運転するというのは、開放感があった。あいにく今日は車の流れが良くは無かったが、それさえ良ければ全能感に近い満足感が得られたかもしれない。
「あのう、今日はどちらまで行かれますか?」
椿が後部座席から尋ねてきた。
「ジャスコってスーパーが有ったでしょう?あそこへちょっと行ってみる」
「そうなんですね」
「あまり遠くへ行く時間は無いからね。疲れたし」
俺が続けてため息をついてやったら、
「本当にお疲れ様でした。やはり大隊長などという地位に就いたら、休日など関係ない。そんな時もあるのですね」
「そうね」
「ところで少佐。犬ちゃん達なんですけど」
嫌な予感がする。信号待ちだったのでルームミラーで後部座席を見ると、既にアホ犬コンビは椿に左右からもたれかかって眠っていた。ブラームスのヴァイオリン協奏曲をカセットデッキで再生しながら走って来たので、全く気付かなかった。ボリュームを絞ってみると、吐息が聞こえてきた。犬萩は寝穢く眠りこけている。左後部座席から真ん中に座っている椿に寄りかかりながらだ。犬樫に至っては、
「もっとご飯ください・・・」
などと、文字通り寝てから寝言を言っている始末。
「何とかならないでしょうか?」
「少しの間の辛抱よ。それより椿」
「はい、何でしょうか、少佐」
「あなた達って軍人ロボットって言う名前のアンドロイドなのよね?」
「はい。仰る通りです」
「食事をとる必要は無いのでしょう?」
「はい。そうです」
「そのはずよね」
桃と椿は苦笑する。その声を聞きつつ、信号が変わる前にカセットデッキのボリュームを上げる。シフトレバーをローに入れ、アクセルを踏みながらクラッチを繋ぐと、水平対向4気筒エンジンは唸り声を上げて愛車を加速させる。犬樫は後部座席で、
「ご飯・・・」
と寝言を述べる。巴にも感じることだが、軍人ロボットの人工知能はどういう具合に出来上がっているのか?今日ほどその疑問が膨れ上がったことは無いような気がする。何ともいやはやだ。




