衝撃的!MADE IN OSAKA
「ふうん。これが根拠法の概要?良く出来ている資料ね」
「はい、そうです。士官学校で使われているやつですからね。基礎的な知識はこれで大体身に着く様に作成されています」
どんな根拠があって「お掃除」なんて大それたことが出来るのか?そこは不思議だった。民主主義の法治国家だろう?そんな疑問をぶつけてみると、巴がタブレットを見せてきたのだ。その画面には「検非違使庁設置法(明治元年太政官布告第10号)なるとんでもないものが表示されていた。まず謳われていることは、逆賊・国賊・スパイ野郎・不逞外人・犯罪者予備軍が「5大悪」であり、これらを排除することが使命であるということだった。そのために日頃から情報の収集を行い対策を練ること、そしてそれを実行することの重要性が強調されている。そのための「協力者」との関係の構築方法。得られた情報の分析方法。予防拘禁・司法取引に関する根拠条文とその解説。かなり勉強になる。見せてもらって良かった。
ただ、「お掃除」の具体的な方法などは書かれていない。士官学校では理念を学べば良いのであって、「実務」は下士官兵が担うと言う事なのだろう。それにしても一応「法治国家」であることを示すためか、その都度民主主義的手続きとして議会を通過させて法改正を行っているのだから、ご苦労なことだ。
「これは紙ベースではないの?教科書だから普通あるでしょう?」
「もちろんです。今ここには無いですけど」
巴の答えにどこかほっとする。タブレットも有りなのかも知れないが、俺には扱いづらいだけだ。
「後で良いから一冊頂戴。少しでも頭に入れておきたい」
「へえ、勉強熱心なんですね。京都帝大ではお勉強されなかったんですか?」
「おい、何を嫌味ったらしいことを言うとんねん。しばいたろか、自分」
巴の声に静はにっこりと微笑み、
「少佐殿は教育と婦人関連の部署を渡り歩いてこられたから、この方面に疎いのは分かりますが、大まかなことは当然ご承知だと思っていましたよ、私」
何というべきなんだろうか。美少女に煽られるのは初めての経験だ。何の接点も無かったからなあ。だから、ムカつきつつも嬉しいような悲しいような、そんな形容しがたい気持ちになる。
「おい、鎌倉!ええ加減にしとけよ自分!何を嬉しそうな顔しとんねん!少佐殿をおちょくる気か!」
巴の怒りは相当なもので、静はあっさり引き下がった。巴がその時立ち上がってしかりつけたからか、店内の注目を集めてしまう。すると、店頭にいたメイドさんがこちらにつかつかと歩み寄って来た。
「お客様」
そのメイドさんは微笑みを浮かべながら、人差し指を口に当てウインクしてきた。
「紅茶でも飲んで落ち着かれてみては?それともコーヒーがよろしいですか?本日のコーヒー若しくはアイスコーヒーをご購入いただいている場合は、レシートをお持ちいただけますと、本日のコーヒー若しくはアイスコーヒーがお得なお値段でご購入いただけますよ?」
中々商売熱心だ。ふと名札を見ると、
「唯*メイドロボットです」
となっていた。
「ああ、ごめんなさいね騒がしくて。欲しいときは後でレジに行くから」
メイドロボットは再び笑みを浮かべ、元の配置へ戻って行った。
「木曾川。注目を集めてどうするの?あなた、ただでさえ目立っているのに」
「ああ、すんまへん・・・」
少し縮こまった。それを見て静は我が意を得たりとばかりに、
「そうですよねえ、馬鹿でかい上に五月蠅いんじゃあ悪目立ちしますよねえ」
ニヤニヤしだした。全くこの子は。可愛らしいお顔が台無しになるくらい底意地の悪いことだ。
「違うわよ。美人だから」
俺が素っ気なく言ってやると、静はポカンとした顔を浮かべる。呆気にとられたのだろう。それを見た次の瞬間巴を見るとなにやら勝ち誇った様子で、静がムッとしていたからこれは電波を飛ばして煽ったのだろう。本当に仲の悪いことだ。だからこの二人は実証実験の過程において連携させないのだろう。巴は俺と同じ部署に配属される予定であることが相当嬉しいようだが、軍人ロボットとしては静の言うように型落ちの旧型に過ぎないと言う事だ。
二人が互いに電波を使って悪口合戦を繰り広げている間に(確認はしていないがきっとそうだ)タブレットを操作する。しかしこれは使いやすいのか、やりづらいのか。どうにも苦手だ。
「ねえ、これ・・・」
割と驚いた。そのくせ出てきた声は抑揚の無いものだった。
「『政令ノ規定ニヨリ必ズシモ刑事訴訟法(明治2年太政官布告第40号)ノ規定ニ拘束サレルモノニアラズ』って書いてあるけれど、政令自体はどこかに記載されているの?画面の切り替え方が分からないのだけれど」
そう巴に問いかけると間髪入れずに静は吹き出した。
「プッ。今どきタブレット端末の操作方法が分からないんですか?そう言えばスマホじゃないですもんね!」
次の刹那物凄い形相で巴の方を向いたから、電波で何かやり合っているのだろう。巴も険しい顔つきなのだから。俺はいい加減頭にきたので、
「さっきの子、メイドロボットだったわよ。新型?」
静にそう聞くと、
「そうですね。今年のモデル、私と同じく最新型ですね」
余計なことを言って、ふふんと鼻を鳴らす。
「そう。じゃあ入れ替わった方が良いわね。最新型同士なら交換しても問題ないでしょう」
静の顔が驚愕という感情で覆われた。飛び上がって驚いたわけではなく、腰が抜けてしまったと言う感じだ。口をぱくぱくさせている。
「それええ案ですね。リース会社に話通さなあかんですけど」
巴はおかしくってたまらない。そんな様相だ。
「新型だからお飾りの指揮官の言う事なんか聴けない。そういう事でしょ」
一旦軽く俯き眼鏡の縁を摘まんでから顔を上げ、宣告してやった。
「或いは指揮権の問題かな?私より上位の指揮官から必ずしも六塚の命令に従う必要は無いと、尊重する必要も無いと命令されているのでしょう?」
静は後ずさりするような姿勢になり、しきりに右手を振る。
「違います!違います!そうじゃないんですう!からかってみただけなんですよう~。可愛い部下の『イジリ』じゃないですか~、酷いです~」
「あなた、関西人って設定なの?」
「そうですよ。メイドイン大阪です」
「そうなんだ」
「そうなんです」
巴の方を見ると苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。
「ほんまです。同じとこで製作されてます」
一呼吸おいて表情は通常に戻り、
「そら、少佐殿の上官は当然いてますけど指揮命令系統はちゃいますから。ウチらの部隊は本省直轄の独立部隊ですよって。ウチらの指揮官は少佐、正確に言うと六塚冬実少佐相当官です。まあ、各中隊長とかの命令にも当然従う必要がありますけど」
そこまで言うとおもむろに静の方を向き、
「なっ!」
と大袈裟に同意を求めた。
静はふくれっ面。やれやれだ。