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大山鳴動して鼠一匹

 内線電話を掛けてみると二神は気だるげな声で言った。

「後輩はですな、あれだけ騒いだくせに無かったことにせいと、こういう塩梅ですな。じゃけん、報告なんぞせられんですな。委託業者さんも既に口頭で注意しとるわけですから、これにて一件落着ですな。少佐相当官、お疲れ様でした。後輩ときたらもう・・・、大山鳴動して鼠一匹というやつです。あれだけ大騒ぎしておいて・・・。それで一応委託業者さんには、わしの方から言うておきましょうか?後輩の謦咳に接したのはわしですけん」

「え、ええ。お願いできると有難いです」

「ほうですか。ほしたらわしの方で言うておきましょうわい。今日はもうこれでお帰りなさい。疲れたじゃろう」

「ごめんなさい。それじゃあ、そうさせていただきます」

それで良いのか。そんな思いも無かったわけではない。だが休日なのにこれ以上振り回されるのはごめんだ。だが、受話器を置く前に確認すべきことに気付いた。

「あのう、あのオタクは大丈夫なんですか?ダブルスパイにするという事でしたけれど?それと委託契約の件についても」

ああ、と二神は呟き、

「その辺はは大丈夫ですけん。細かな点は気にせんでもええですよ。任せといてくださいや。じゃあ、お疲れさまでした」

 お疲れ様でしたと返す間もなく電話は切れた。釈然としないというべきか或いは後ろ髪を引かれるというべきか、もやもやしたものが心に残った。だが、そんな気持ちを振り切り帰ることにした。帰宅するや否や犬萩と犬樫が飛びついてきた。

「スパイ野郎はどんな奴でしたか?どこの手先でしたか?」

と犬萩は尻尾を振りながらきつく抱き着き、上目遣いで尋ねて来る。

「尋問の結果はどうですか?何が分かりましたか?」

犬樫は、犬萩を引きはがしながら聞いて来る。その純粋な好奇心いっぱいのわくわくした顔で見つめられたことが有っただろうか?空恐ろしいことだ。こんな眼差しにはいつか俺は耐えられなくなりそうだ。

「お昼を食べていないの。何かない?食べながら質問に答えるから」

遅い昼食は俺に対する尋問の様になってしまった。尋問官は犬萩と犬樫。

「スパイ野郎はね、情報収集業務委託業者が雇っていた、オタク丸出しのフリーターの若造だったわよ」

「ええ・・・」

犬萩と犬樫は同時に落胆の表情を浮かべる。

「背後関係として」

話を続けようとするなり猟犬のような目になった。

「おそらくヤクザ又はそれに準ずる組織が関与していると、二神大尉は示唆していたわ」

「しさ!何ですかそれ!」

同時に驚く。

「はっきりとは言わないけれど、多分そうだって仄めかすことよ」

「そうなんですね!やったっ、また一つ賢くなったね、萩ちゃん!」

「そうだね、樫ちゃん!」

二人してきゃあきゃあと、はしゃいでいる。

「その組織をぶちのめすのは、いつになりますか?」

犬萩は熱視線を浴びせて来る。

「さあ?近いうちにはそうなるでしょうけど、まずは情報収集だから。連休明けにでも何らかの報告書が上がってくるとは思うけれど、いつになるかは分からないわ」

「そうか、それもそうですね。まずは敵がどんな奴らか分からないと」

ぐっと両拳を握り締める。今すぐにでも飛び出して行きたい。顔にはそう書いてあった。

「そうね。あとあなたたちは大隊司令部勤務だから、犯行グループに向かって飛び出しちゃ駄目よ?」

「そ、そんなあ・・・」

今までで一番の衝撃を受けたのだろう?がくりと膝をついてしまった。その上両手を床に着けてしまう。そんな2人を見て、皿を下げに来た椿は半ば呆れたように言う。

「犬ちゃん達。第3中隊で情報工作のお手伝いをするのも、敵を打倒するのと同じことだよ?」

「うん・・・」

不満げだ。立ち上がった犬樫は、

「私達もお役に立ちたいです!敵の喉元に食らいつきたいです!」

と不平を鳴らす。仕方が無いから、

「あのね、下ごしらえも後処理も大切なのよ?特に敵を打倒するところを見られるわけにはいかないし、それを拡散されたらもっと良くない。だから、何事もないってつまらないニュースを流す必要が有るの。聞き分けなさい。さもないと・・・」

2人ともびくっと固まる。

「さもないと、どうなるのですか?」

遅れて立ち上がった犬萩の声は少し震えていた。

「さあ?どうなるのかな?」

やみくもに怖がらせるのもどうかと思うが、それでも組織の論理で動いてもらわねば。暫定的に第3中隊へ貸し出したりしているが、本来は大隊司令部配属なのだからこちらの仕事をさせねば。俺の手で配置換えできるのならば別だが、と思ったらむくむくと疑問の雲が頭の中に拡がる。俺の権限ってどこからどこまでだっけ?駄目だ、そんなことを考え始まると収集がつかなくなる。整理するために連休中にメモでも書いておこうか?それがどこまで助けになるか分からないが、そうしてみよう。

「ご馳走様」

昼食を食べると、何だか一仕事終えたような気分になる。休日は退屈で自分の役目から両方の意味で「解放」されている。椿と桃が食器を洗うのを見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。

 


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