好奇心は犬をも殺す
吉岡からの電話。嫌な予感しかしない。どうせ大した要件では無いだろう。また一方的に喋って、それで満足して電話を切るのではあるまいか?しかしそれは電話に出てみないことには分からない。だが不安というものは的中するものである。
「どうも~吉岡です~なんや今日は心斎橋へお出かけやそうですね~。いや~よろしいですな~。いや、ほんまこれは本心から言うてまっせ。ほんまですって。あはははっ!あ、それでですね、今日電話さしてもろうたのはですね、心斎橋の方で捕り物が有るんですわ~、これが。何とこれが凄い大捕り物・・・あ、いや細かいことは言うたらあかんのです!これが!第3連隊にうちは借りがあるやないですか?メイドカフェ借りてますやろ?せやから、ちょっと頭数貸せって言われてまして」
この辺でやっと口を挟む余地が出来た。
「あのう、それが一体どう関係しているのですか?話が見えてこない・・・」
そして話し終らない内に吉岡のマシンガントークは再開される。
「いや、それでですね、僕もその頭数としてそっちに居てます。そういう事なんですわ~。せやから、僕のかっこいい雄姿に見とれたりせんといて下さいねって、お願いなんですよ~、あはははっ!」
心底下らない・・・。俺はおっさんなんだよ!何の因果で男に見とれる必要があるんだよ!冗談じゃない!いちいちそんなことで電話してくるな!
「お話はそれで終わりですか?」
「そうでっせ!ほな、さいなら!」
嵐が過ぎ去ったようだった。全く何なんだ?休日を過ごしている上司にいきなり怪電話をかけてくるとは・・・。その度胸はどこから来ているのやら。だがそんな度胸は認められない。早急にセクハラ対策委員会を開催しよう。今の俺は女性なわけだから、自分の姿に見とれるな、何て電話するのはセクハラじゃないか!セクハラだと感じたらセクハラだから、セクハラだと訴えてやる! と、思った刹那、それは不味いと思い至った。俺はセクハラ対策委員会委員長!職権乱用って言われかねない。森元にストレートど真ん中のセクハラ発言をされたのにスルーしているのだから、単に吉岡が気に入らないってことにもなりかねない。ま、いっか。森元の時みたいにスルーしよう。面倒くさいことにしたくない。それなのに、犬萩たちは電車が来るまで間があるからなのか、電話の主と会話の内容を聞きたがった。
「どなたからの電話ですか?ひょっとして彼氏さんですか?」
犬萩は好奇心むき出しで尋ねて来る。そして、4人できゃあきゃあとはしゃいでいる。その声がやはり癇に障る。女の子4人だもんな。しかも設定上は12歳。五月蠅いったら!余裕がないと、そんな感想しか持てない。
「好奇心は犬をも殺す」
ゆっくりと、そして自分では大きいと思う声量で話した。
「いや、好奇心は猫をも殺すだった。意味が分かる?」
全員首を横に振る。その統一された動きは笑いを誘発するものではあったが、俺には笑えるものではない。
「要するに、むやみに首を突っ込まない。それが大事ってことよ」
犬萩の顔を見る。
「分かった?」
「はい!分かりました!」
「何が分かったの?」
にっこりと笑う。無邪気な、本当に良い笑顔だ。
「私は犬だから、こうきしん?ってやつでは死なないんですね!でも、桜ちゃんと梅ちゃんは猫だから、こうきしん?ってやつに気を付けるように言っておきます!」
犬樫は、そうだねなどと賛意を示している。そして桃と椿は呆れ返っている。
「あのね、そういう意味じゃないから・・・。少佐はちゃんと意味を説明したじゃん・・・」
桃は力なく言って、椿を見る。
「そうですよ。犬ちゃん達。違うから。面白半分で聞いちゃ駄目!そういう事!」
「え~」
犬萩と犬樫の声は同期する。
「違うよ。こうきしん?ってやつが猫を殺すって言ってるの!」
犬萩はそう言って犬樫の方を見る。
「ね~」
と又も同期する。半ば茫然とした顔の桃と椿。俺も同じ気持ちだったがわざわざ顔に出すことは無い。折り返しになるであろう電車が到着したので、無言でホームの乗車位置に向かう。その途中で思った。労をねぎらうつもりで犬萩と犬樫を心斎橋へ連れてゆき、桃と椿はスーパーで夕食の材料を買った後、戻って部屋の掃除をするよう言い付けてあるのだが、逆にしようか?イメージが湧いてくるのだ。悪いイメージが。リードを振りほどいて駆け出す大型犬のイメージが。手を振って駆け寄る様が見えるようだ。吉岡の電話は警告だったのかも知れない。案外それが正鵠を得ているのかも知れないな。




