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犬帰る携帯が鳴る日曜日

 バイクが走り去る音がした。多分新聞配達だ。それは理解できたが目が開けられない。ついでに体も動かない。又しても冴えない朝だ。ぼうっとした意識の中、頭はズキズキと痛みを伝えて来る。喉が渇いた。この部屋はそんなに乾燥していないはずだが。薄れゆくような意識の中で、下らないことばかりが脳裏をよぎる。

 アメリカの植民地に有る合弁会社。幾らで情報を買ったのだろう?ハニートラップを仕掛けて無料で手に入れたのか?誑かした女2人を逮捕したと言っていたから、そうだろうな。タダ働きを強いられたのか。あほくさ。向こうで引っ掛かったのか、それとも東京で?女の国籍は?外人なら国外追放だな。それが一番。その場合出入国管理統制庁とやらに引き渡すことになるのか?

 考えても仕方が無いことばかりが高速で脳内を駆け巡る。その内に何故か高校時代の事がふと頭をよぎり、おかしな夢の世界はそちらへ向かって加速する。女の子とまともな話などしたことも無かった、灰色の青春。その頃の願いは安らかにあちらへ旅立つこと。いや、それは正確じゃない。消えてしまいたいと本気で思っていたんだ。肉体なんか要らない。魂だけになって漂いながら世間を見つめていたいって。そんな馬鹿なことを考えていた。だから、笑われたんだろう。勿論こんな馬鹿なことは話したりしていない。彼女たちが俺を見て指を差し、バカ受けしたのは謎だ。何故なのかを質問していないから。最も、質問したら気味悪がられたに決まっているが。

 女の子の笑い声が聞こえる。ケラケラと陽気に笑っている。不意に鼻がムズムズした。

「ハクション!」

大きなくしゃみをしてしまった。又も笑い声。

「あ、おはようございます、隊長」

桃だった。ツインテールの片方を揺らしている。

「声を掛けたけど起きてくれないから、鼻をくすぐってみたんです」

と言って良い笑顔を見せる。

「今日は梅ちゃんが朝ごはんの当番です。美味しく出来ていると良いですね!」

「そうね」

 答えた次の瞬間、鼻がムズムズしてもう一度くしゃみをしてしまい、桃に今度は盛大に笑われた。それでも悪くない寝覚めだ。

 朝食は、所謂旅館の朝食。勿論悪くない。美味しい。だから当然箸は進む。それを前向きにとらえるべきなのか?今度ドクターに聞いてみよう。BGM代わりのラジオからは流れてきているのは、いつも通り退屈なニュース。俺の生活とは関係ない。などとは言っていられない。不審な死に方をしている件には、全て我が社が一枚嚙んでいる気がする。

「続いて次のニュースです。昨夜大阪市内の市営住宅の一室で、住所不定・無職の43歳の男性が口から大量の泡を吹いて倒れているところをこの部屋に住んでいる女性が発見し、119番通報しましたが搬送先の病院で死亡が確認されました。男性は住民の女性の交際相手で、頻繁にこの部屋を訪れていたということです。男性の遺体からは大量の睡眠薬の成分が検出されており、泥酔状態であったことから、警察では他殺と自殺の両面で捜査を行う方針です」

 ほらきた。絶対にうちの仕業だ。きっと子供を虐待しているとかで、「お掃除」の対象者になったのだろう。ひょっとすると忘れかけた頃に、この男を殺した奴が逮捕されるかも知れない。いやいや、いけない、そんなことは忘れよう。それは第1中隊の仕事。俺は決裁承認するのが仕事だ。仕事は役割分担して進めるものだ。まともな組織ならそうだ。別に何もおかしなことじゃあない。休みの日まで仕事のことを考えない。そんなことをしていたら、病気が悪化するだけだ。どことなく病気を盾にしているような罪悪感があるが、それを気にしていたら良くならないと思う事にしよう。

 だから心斎橋まで出てみようという桜の提案に簡単に乗ってしまったのだろう。美味しいご飯に素敵なお洋服。賑やかな街の様子。別段心躍るものではなかったが、毛嫌いするのも何だ。ミナミはこれまで足を踏み入れたことのない街だ。1度見てみるか。だが、その前にやるべきことがあった。

「桜、梅。あなた達第3中隊に行って、仕事をしなさい」

言い渡してやったら、2人とも嫌だという意思を全身で表現する。

「やだやだ。ボクも心斎橋まで行って、大丸で素敵なお洋服買ってもらうの!」

桜は地団駄を踏み、

「兵長、それじゃあ少佐から買ってもらうって意味になっちゃいますよ。そうじゃなくって、少佐に素敵なお洋服を見繕って買って頂くんです。私達でそうするんです!」

 梅はまるで絶叫するかのような声で不満を表明し、2人揃って泣き出した。

「犬萩と犬樫がかわいそうとは思わないの?そろそろ交代させたいのよ。それにお休みの日は今日だけじゃないでしょ?」

「ううう、やだやだ!」

桜は地団駄を踏むのは止めたが、未練がましく不満を述べた。

「ボクと梅ちゃんは明後日、日常点検しなきゃダメなんだもん!」

「でもそれは今日じゃないでしょ?」

膨れっ面をしている。

「交代でするものよ。この部屋でのことでも当番を決めているでしょう?」

こちらを見上げていたのに急に俯いた。

「隊長と会えなくなるのやだ・・・」

などと泣き出した。

「桜ちゃん・・・」

梅も感化されたか、もらい泣きしているようだ。

「今生の別れじゃあるまいし・・・。何日かでまた会えるわよ」

そう言って頭を撫でてやったら、やっと収まった。

 涙ながらに研究所に向かう猫娘2人を見送ってから約10分後に今度は大型犬が帰って来た。

「隊長~寂しかったです~やっと会えて嬉しいですよ~」

犬萩は盛んに尻尾を振って喜びを表す。勿論犬樫も。犬萩が先に俺に抱きついたのが不満らしく、犬萩を引きはがすと抱きついて来て、頭を撫でることを要求し、暫く離れてくれなかった。

 このドタバタ劇の影響で地下鉄に乗ってミナミへ行くために官舎を出たのが10時を過ぎていた。駅へ着いたら、ホームへ到着する寸前に電車は発車してしまった。今日は日曜日だから、当然休日ダイヤ。そんなに時間がかかるわけではないが、何だか幸先が悪い。暫くベンチに座って待っていたら、携帯電話が鳴る。開いて電話番号を確認すると、又も吉岡からだった。悪い予感がする。俺は休日を満喫できるのだろうか?

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