一難去らず朗報来る
定時終了を見計らって研究所に赴くと入口で小畑に出くわした。
「え、少佐殿、又来たんですか?」
呆れたのか驚いたのか良く分からないが、本来休みのはずの人間が朝と夕方の2回も現れたら、そんな反応にもなるだろう。
「ええ。気になって連休を満喫できない」
「ふ~ん、何か良く分からないですけど、お疲れ様です」
兵は気楽で良いなと一瞬思ったが、彼女は若いのだから当たり前だ。俺は1個大隊を預かる身の上だ。何故そうなってしまったかはさておき、そうなってしまった以上責任者としてやるべきことを、やらなければ。まずは報告を聞いてからだ。
大隊司令部に辿り着いたら、既に各隊の者達は待ち構えていた。
「いらっしゃいましたか。それでは報告会議を始めさせて頂きます」
福留は挨拶するとこちらに目配せしてきた。
「ええと、それではですね、今日ここに来たのは第1中隊の吉岡中尉からスパイ野郎が網にかかったと、しかし身柄はまだ拘束していないとの非常に気になる報告が入って来たものの、続報が無い。又、第3中隊の渡辺大尉に連絡を取ったところ、けんもほろろと言いますか、こちらの事は念頭に無いかのような態度だったため、これを放置することはできないと判断せざるを得ない。このような事情から急遽会議に出席することにした次第です。まず第1中隊から現況について報告して下さい」
「はい。ではまず、鈴木君の部隊の成果から報告します。標的としていた者3名を、麻薬取引を巡るトラブルにより死亡として一気に処理できました。目下のところ第2中隊からの情報を得て更なる標的を索敵し、情報収集を行っています。詳しくは報告書に有りますのでご覧ください」
福留はここで一旦言葉を切り、こちらをちらりと見てから話を続ける。
「さて、今回焦点となっている吉岡君の部隊ですが、つい今しがたスパイ野郎の一味の内2名を逮捕し、尋問のためにこちらまで連行した次第。16時30分頃の事であります。いささか混乱が有りまして、少佐への報告を行っていなかった模様であります。現在取調室において尋問中であります。逮捕した者はスパイ野郎を誑かした女2名であります。スパイ野郎は東京の工作機械メーカーの社員で、機密情報を使い走りを通じて、大陸にありますアメリカの植民地の合弁企業、これは現地資本とアメリカの合弁企業でして、こちらに対して流失させた疑いが掛かっており、これについては間違いありません。女2人については、スパイ防止法違反の罰則と司法取引をちらつかせて、自供を促しているところであります。スパイ野郎については、携帯電話の位置情報の追跡、通話内容の傍受、通信アプリにおける通信内容の把握、交流サイトにおける発言内容などの把握等を行っており、これらを活用し尋問を行う予定であります。なお、これら収集した情報につきましては、テレビを始めとした報道機関に順次提供し、かつ第3中隊において情報工作の材料とする次第。現況は以上であります」
福留は説明を終えるとこちらを見た。
「よろしいですか?」
「はい。結構です。スパイ本人はまだ身柄は押さえていないということでしょうか?」
「残念ながらその通りです。ですが時間の問題です」
「と、仰ると?」
福留は、俺の視線に特に動じた様子もなく、
「現時点で接触済であります。こちらからの号令一つで逮捕することは容易であります」
と答えた。
「既に接触していて逮捕は簡単なことなのでしょう?でしたらすぐに逮捕すべきです。何故そうしないのですか?お話しから伺うに、外堀を埋めてからでないと難しいという事も無いでしょう?」
「仰るとおりであります。警察との調整を至急行っているところであり、それまでは引き延ばしを命じている次第」
「警察?」
俺が首を捻ると、
「スパイ野郎に対してはまずスパイ容疑ではない微罪、例えば今回の場合は『売買春管理統制法』違反の容疑で、管轄の警察に逮捕させる場合もあります。飽くまでもスパイ容疑で身柄を拘束されたわけではない、それについてはバレていないと思わせるためであります。こちらの手の者が介在しているわけではないと、そう思わせること。これが重要なのであります」
福留はさらりと言ってのけた。
「意味があると。そういう事ですか?」
「そのとおりであります。警察がじわじわと追い詰めて、その後に我々が登場することで一気に陥れることになります。そうすることによって、単に我々が逮捕するより効果が得られる。そういう事であります」
「理屈は分かりました。そういう事もあると。分かりました。では、警察との調整の進捗状況を確認して下さい」
「了解しました」
福留は内線電話をかけ始めた。
「では、第2中隊の現状について報告をお願い致します」
俺はそう言って第2中隊の者を確認する。報告者は中隊長の川本ではない。誰だっけ?
「え~では第2中隊についてですが、特段変わったことは有りません。通常通り情報の収集が行われております。これは委託業者さんについても同様です」
それだけで済まそうとしやがるので、
「何ら問題はないと。そういう事ですか?ええと、あなたはどなただったかな?」
視線を向けると、少しだけ動揺が見て取れた。
「はい・・・中隊司令部付きの田中です」
顔は覚えていないが、階級章には星が2つあった。
「田中中尉、連休明け早々に目標設定を各自行って、目標設定面談もこなさないといけないのですよ?順調に通常業務が進行しているのは大変結構ですが、重点を絞るですとか何らかの工夫を加えていくことも必要では?検討して下さい」
「はい・・・分かりました・・・」
確実に50代だと思われるが、何とも覇気の無い男だ。消え入りそうな声なのは、この組織に向いていないという証拠だろう。
「第3中隊の報告を行います。よろしいでしょうか?」
挙手が有った。この女性も見覚えが無いぞ?そして2,3秒後に気付く。ああ、第3中隊は山本以外の将校は全員帝国放送協会と民間放送へ取られているんだった。
「渡辺隊・佐藤隊の鈴木であります。現在我々は第2中隊から得られた情報に基づき、SNSにおける情報工作を中心に行っているところです。今回のスパイ野郎の件はつきましても、福留中尉が言われた通り既に情報は得られているわけですので、こちらも急ぎ対応を進め、逮捕を待って情報を報道機関、特にテレビ局に提供し、SNS上にばら撒いてゆきます」
20代後半、渡辺とさして年齢は変わらないだろう。茶髪にピアス。その辺が現代っ子なのだろうか?
「今回の件に関しては、逮捕を待ってから情報工作を行うと。そういう理解でよろしいですか?」
「ええ。そう申し上げたはずですが?」
首を傾げていやがる。若い女の子にそんな表情をされると、おじさん、へこんじゃうよ?
「情報提供については、先んじても良いでしょう?どの社もいち早くお知らせすることにこだわりがあるようですから。いっその事我々に忠実な民間放送にプレゼントするとか」
鈴木はニヤリと笑う。
「それは私も考えていました。では許可が下りたということで早速そうさせていただきます。それからですね、各放送局にはこちらの手の者が散らばっていますから、その辺は調整しますよ」
鈴木は横に控えていた兵に、その辺を言い聞かせている。
「ああ、何だか疲れた」
思わず声が漏れる。一同、それぞれが笑った。特に鈴木が。一瞬情けなくなった。やや間があって福留は特に抑揚をつけずにこちらに向かって言う。
「大隊長、よろしいでしょうか?大阪府警との調整は終了しました。現地へ警察官を差し向けるとの次第。暫くお待ちいただければ吉報をお届けできるかと」
「そうですか。了解しました」
「大分お疲れのようですね。おい、誰かお茶を入れて差し上げろ!」
福留は、大隊司令部の方へ声をかける。
「逮捕できたら一報を入れます。今日の定例会議については、これで終了ということでよろしいですか?」
「いえ、第3中隊について1点。渡辺隊長以下大量に人員が抜けているわけですが、そのことによる影響はどのくらい?」
鈴木の反応は意外に素っ気ないものだった。
「ああ、別にあの人たちも忙しいやろうし、ウチらで頑張ります」
「目標設定とその面談も有るのに?」
「それは上の人が考えることでしょ?渡辺隊長にお願いします」
我関せずという事か?しかし置いて行かれた方としてはそう言いたくもあるだろう。俺だってその立場なら、上の事情なんか知るかってなっていたに違いない。こちらで何とか連絡してみるか。
「では改めてここで終了ということでよろしいですか?」
「ええ、そうしましょう」
お茶をすすりながら大隊司令部に居ることにした。渡辺の携帯は電源を切られている。吉岡に一言言ってやろうと思って内線をかけたら、これからの取調で大童らしい。仕方が無いので、吉岡宛に苦言を呈したメールを送信してやった。大阪府警がスパイ野郎を逮捕したとの一報がもたらされたのは、それから27分後のことだった。大隊司令部が高揚感に包まれる。恐らく第1中隊も。否、意外と第1中隊は冷静だろう。これから大阪府警の別件に関する取調が行われ、そこからが出番なのだ。それにこれとは別に並行して取り組んでいる案件も有るだろう。のんびりと一息なんかついていられないに違いない。連休明けに目を通して決裁承認しなければいけない報告書は、どのぐらいだろう?全て代決となっているはずだからある程度気は楽だが、相当の量が有るだろうから気が重い。何一つ問題が解決していない。これじゃあ連休明けに状況はどう変化しているやら。先が思いやられる。だがそんな重たい気持ちを引きずりながら休みを過ごすのも何だ。今日はこれで帰ろう。すんなりと見送ってくれた桜達は戦果を聞くことを期待しているだろうし。明日は明日の風が吹く。今日の所はこれで良いのだ。




