福留中尉は悪僧に非ず
別に午後からのあれこれがお通夜の様になった訳じゃない。スパイ野郎が網にかかったと連絡があっただけだと説明してやると、皆興奮して早くも殊勲を挙げたと、我が事のように喜んでいた。それが危うさに拍車をかけている気がする。何も把握できていないことを痛感したせいか、それとも元々そうなのか、せっかくつくった弁当にはさほど味がしなかった。
緑地公園を散策してみたら、それは疲れたというのが正直な感想にならざるを得ない。広いのだ。官舎から向かって北側に位置するこの公園は、前世?の日本では「花博」の会場となったところだ。地下鉄もそのために整備されていたのではなかったか?大阪在住ではなかったから、その辺がうろ覚えだ。しかし、皆が美しい新緑の光景を堪能するべく自分の手を引っ張ることに、例えようもない喜びと羞恥心とを同時に感じる。それは太陽に向けて青々と伸びる草木と花の有様に似ているのかも。
疲れたからこの辺で休もうと言って、進軍を止めさせる頃には既に14時が近かった。ベンチに腰掛けお茶を飲んでいたら、またも携帯電話は鳴る。俺が憎しみを込めて上蓋に指をかけると、携帯電話はかちりと音を立てて開かれ、発信者の番号を示す。また吉岡だ。少なくとも同じ電話番号。意を決して電話に出たらやはりそうだった。
「いや~どうもどうも、吉岡です~。えらいことになってきましたで、少佐相当官。スパイ野郎どころかパシリのクソガキも網にかかりよりましたわ。いや~大捕り物ですよ~これはね~。ほんまですよ?あの新型ロボット、ほんまに優秀ですね。幸先が良いって鈴木さんが言うてはりましたけど、ほんまですね。いや~嬉しいですわ~、また一つ汚れが落ちて。この調子でガンガンやりまっせ!嬉しいんでつい電話してしまいました。次の吉報を待っておくれやす~」
ガチャリ。それにしてもこの男は一方的に話をする癖でもついているのだろうか?厄介なことだ。年齢は分からないが、鈴木や福留よりは年下のはずだ。というより、このノリであの2人より年上だったら、それはそれで嫌過ぎる。でも、案外そうなのかも知れない・・・。
「隊長。今度は何がありましたか?」
梅が尋ねてきたので、
「今度はそのスパイ野郎の使い走りも網にかかったと言っていたわ」
と答えてやると、皆ニコニコ顔。
「連休明けの報告書が楽しみですね!」
椿が良い笑顔を見せると、他の3人もそうだね、と言って嬉しがっていた。詳しいことは何も分からないとは言えそうもない。おのれ、吉岡。詳しい顛末をきちんとした形で報告してもらうぞ。そのうえで俺と二神大尉の説教を受けると良い。その微妙な情動がとろ火で煮込まれ、ただでさえ痛む脳裏を支配する。表情に出さない様にする。それはそう難しくないことのはずだが、きちんと課題としてこなしているかは、甚だ疑問だ。少なくともここにいる4人には気取られてはいないだろうが、俺を気遣って口に出していないだけなのかも知れない。
もやもやした気持ちを引きずるには、後4日という日はいささか長い。宙ぶらりんのままにするのは俺の立場が許さない。気は乗らないがこちらから連絡してみるか。確か財布の中に使いかけのテレホンカードがあった。携帯電話で連絡するのは不味いような気がしたから、駅前の公衆電話を使うことにした。密告の電話と間違えられるかもしれないと一瞬思ったが、直通で掛ければ問題ないだろう。第1中隊の司令部直通で電話したら、少し長く呼び出し音が鳴りおもむろに、
「誰だ?」
という地の底から這い出てきたような声が耳に飛び込んでくる。福留中尉のようだ。
「ああ、私です。六塚です。今よろしいですか?」
やや間があって福留は、
「ご用件は?」
「吉岡中尉は今、どこで何をしていますか?スパイ野郎が網にかかったなどと、2回も電話してきたのだけれど、どういうことですか?」
「吉岡君がそちらに電話を?」
「ええ」
福留は棋士の如く長考に入った。
「何故?」
「私が聞きたいです」
「いえ、何故公衆電話からお電話されているのですか?まずそこからお答えいただきたい」
「携帯電話を使うのはどうかと、ふと思ったからです」
「なるほど」
福留は頷いた後すかさず切り込んできた。
「ご自宅の電話もあるでしょう?」
「そうすると4人の兵員型軍人ロボットも話を聞いてしまうことになる。余計なことを耳に入れられてしまうと、こちらも困るのです」
「それは何故?」
「あなたは、幼気な4人の女の子がはしゃぎまわる様が見たいですか?」
「見たくありませんね」
今度は即答だった。
「吉岡君も張り切っているのでしょう。本省直轄部隊だからやりがいがあると言っていました。逸る気持ちがあることはご理解下さい」
「理解はできますが、しかし中途半端な報告を一方的に話されても困ります。その点を本人に伝えて頂けませんか?」
福留は又しても長考に入る。
「確かに一言注意しておく必要があるかも知れませんね。私の方で連絡しておきましょう」
「あっ!しまった!」
柄にもなく大声が出てしまった。駅から出てきたアベックに笑われた。福留は特に笑った様子は無く、怪訝な顔はしていなかった(電話だから当然だが)。
「何がしまったのです?」
「渡辺中隊長に電話するのを忘れていました。今、不意に思い出したのです」
何ともまあ、恥ずかしい。山本に自分の方から連絡すると言っておいてこのざまだ。
「連絡先は把握されていますか?」
「いいえ」
正直に答えるほかは無い。福留は渡辺の携帯番号を教えてきた。これで連絡が付かなければこちらに連絡するように、とも言って来た。
叡山の荒法師の末裔としか見えない福留だが、意外と話が分かる男のようだ。悪僧では無いと分かっただけでも収穫なのかも知れない。




