泣いてばかりいる子猫ちゃんと犬のお巡りさん
握り締めた受話器から聞こえてきたのは、怒声だった。
「おい、誰だ!六塚少佐の端末を勝手に操作する奴は!」
かなり驚いたので、体がビクッとしてフリーズしてしまった。
「おい!返事をしろ!誰だ!」
「六塚ですが?」
半分震えている声だっただろう。それくらいショックだった。
「嘘をつくな!今日は土曜日だ!六塚少佐は休みのはずだぞ!」
「ええ、ですから本人です。早めに目標設定しなければと思って出てきたのですよ」
無言になった。カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。
「受付のMRに記録が有りますね。8時15分通過。本人認証確認済。大変失礼致しました。先ほども申し上げたとおり、連休中ですからそこに六塚少佐はいらっしゃらないはずなので」
本人認証という言葉にぎくりとしたが、よくよく考えたらここは最先端の人工知能・ロボットの研究施設なのだ。セキュリティのためにメイドロボットを配置しているはずだし、その方が警備員を雇うより確実なのは電話の向こうにいる誰かの発言で明らかだ。
「六塚少佐ご本人というのは分かりました。何故共有フォルダを利用していらっしゃるのですか?」
「今申し上げた通り、私の大隊の目標設定を急ぎ行わなければいけませんので、過去の記録を参考にしたいと思いましたから、共有フォルダを開いていました。二神大尉にお話を伺う前に、少しでも予備知識が有った方が良いかと思いまして」
「そうですか。事情は分かりました。声を荒げてしまって大変申し訳ありませんでした。このフォルダを使用するには、一定の権限の有る者の端末からでないとアクセスできないのです。今日は六塚少佐がいらっしゃるはずがないので、端末からアクセスされているという警告メッセージが出たのです。それでお電話した次第で。大変申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらも事情は分かりました。休日出勤しているこちらが悪いのでしょうね」
自嘲気味にふっとため息が漏れたからか、
「いえ、こちらの確認不足でした。入館記録を確認すれば、ご本人と分からなければなりませんでしたので。今後このようなことが無いように、気を付けて参ります。大変申し訳ありませんでした!」
ガチャリと通話は一方的に切られた。受話器を置く。何だろう?一方的に呼びつけ、一方的にさよならされる。もやもやするというか、だから電話は嫌いなのだ。神経質すぎるだろうか?自分もしっかり電話を使っているのだから。
そう、こちらも電話をしなければ。二神はまだいるだろうか?こちらが質問をあれこれするのは迷惑だろうか?頭の中をそんな思いがグルグルと駆け巡る。こちらの方が階級が上なのだから、二神は質問したら必ず答えてくるはずだ。それが不本意であったとしてもだ。迷っていないで早く電話をしなければ。二神は帰ってしまっているかもしれない。確認だけでもしないと。内線電話を第1中隊にかけてみると、幸いなことに本人が電話に出た。
「何ですと!目標設定のためにわざわざ出勤なさったのですか?いやはや何ともこれまた」
感心したとも呆れたともつかぬ、何とも言いようの無い感想を漏らした。
「殊勝な心掛けですな。素晴らしい。後輩じゃったらわしに丸投げですが。わっはっはっ」
豪快に笑い、
「休日何じゃけん、無理はせられんですぞ。要点を手短に説明しますけん、何ぞ帳面にでも書いておいてくださいや。こんなんは、別段どうこう言うもんじゃないんですが。要点さえしっかり押さえておけばええんです。問題は結果が出せるか?そこじゃけんね」
と答えてくれた。
「その辺は例えば、二神大尉が以前提出したものを参考にすれば、簡単に分かりますか?」
「勿論ですとも!要はマルロク、鎌倉はですな、マルヨン、木曾川の廉価版です。やけん、仰るようにわしがこしらえたもんを参考にするのは、大いにええですぞ。何もわしは著作権を主張したりはしやせんですけん」
また笑う。本人にしてみれば会心の冗談なのだろう。残念ながら少しも笑えなかった。いささか気の毒だが。
「まず何を求められておるか?これですな。人工知能の程度自体は見劣りはせん。そう聞いておいででしょう?」
「はい。古田技術少佐からそのように伺っています」
「よろしい。まずそこを踏まえて下さい。何を求められておるのか?それをいつまでに達成するか?それらが研究所の目標と合致しておるか?そこら辺が重要極まりない所ですな」
それらを書き写す。なるほど。技術的なことは全て大阪人工知能研究所が担っていて、俺はその運用を任されるわけだから、そこら辺を考えていけば自ずと答えは見つかるという事だろうか?内心唸っている間に二神は、共有フォルダに格納されている物の内、参考になりそうなものをいくつか挙げた。他にも、いかにも彼らしい物言いで助言してくれているうちに、
「隊長、桜ってあの兵隊ロボットの名前ですよね?」
唐突に扉が開き、小畑1等兵の声がした。
「そうよ。一体何?急にどうしたの?」
びっくりしたせいか、声が大きくなり双方に影響が出た。
「え、何か分かんないんですけど、泣きながら隊長に帰ってきて欲しいって」
小畑はそう答える。そして二神は、
「この辺でお開きにしますか?早うお帰りなさい。今日から休みなんじゃけん。目標何ぞ連休明けに考えて発表すればええですよ。薄情なようじゃが、わしも帰ります。電話切ってもええですか?」
と言って俺が
「はい」
と答えるや、
「では良い連休を」
と述べて電話を切った。俺は小畑に尋ねた。
「何故桜がここに電話してくるの?」
「良く分かんないんで、電話出てもらって良いですか?」
仕方が無いので、受話器を置いて大隊長室から大隊司令部の執務室へ入り、小畑1等兵のデスクの前の受話器を取ると泣き声が聞こえた。
「どうしたの?落ち着いて?」
鳴き声が止むまで結構かかった。
「隊長ですか?ボクたちのことを捨てないで!」
「捨てるってどういうこと?」
と言いつつ、どこへ行くか言わずに官舎を出てきたことと、携帯電話を持ってくるのを忘れたことを思い出した。その2つが重なってそんな言い草になったのだろう。
「だって、だって、いつの間にかいなくなってるもん!携帯に電話したら、部屋の中に置きっぱなしだったし!」
怒っているようにも聞こえた。多分そうだろう。受話器から賑やかな声が聞こえる。そう思ったら、
「兵長はどいて下さい!私が説明します!」
と椿の声がした。梅と桃の2人は桜を押さえているようだ。
「いけませんよ、少佐殿。どこへ行くのかぐらいはっきりさせて下さい。私も含めパニック状態だったのですよ。携帯を忘れていかれたので、連絡がつきませんでしたから。結局犬ちゃん達に知らないかどうか、ダメもとで連絡したら、研究所にいらっしゃることが分かったのです。その間の私たちの気持ちを想像してみて頂けませんか?」
椿の声は冷静そのものだった。ある程度怒るとかえって冷静になる。そんなこともあるだろう。
「ごめんね。何も言わなくてもお留守番くらいできるだろうって。その程度の事、難しくないでしょう?」
「そ、それはそうですが・・・」
「本当ごめんなさい。2時間程度資料を読み込んで、出来れば二神大尉にお話しが聞けたらと思って出てきたの。ちょっと外出するくらいのことで、あなた達がそこまで動揺するなんて思ってもみなかったわ。反省している」
さて、これで許してくれるだろうか?本心ではあるのだ。
「仕方が無いですね。早く帰ってきて下さいね?」
「分かったわ」
まだ時計は10時にもなっていない。帰ったら、お昼は何にしよう?そんな間抜けな現実逃避をするのも、まるで娘に叱られたような気がするからだ。早く巴に帰って来て欲しい。




