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民部省の職員用食堂にて

「民部省の食堂って中々充実してますね!」

巴が興奮したように言うので、

「ええ、そうね。何にしようか」

と返したは良いが、ちょっとやばかったかも。巴の発言で初めてここが民部省とやらだと分かったのだ。危ない、危ない。俺は今まで検非違使庁の建物の中にいるものとばかり思っていた。

 つまりここは、おそらく厚生労働省に相当する省庁なのだろう。そして多分現在の所属先。そう言えば携帯電話のチェックをまだしていない。連絡先の中に職場関係は必ずあるはずだから、ある程度経歴と言うか、少なくともどこに所属していたかは分かるはずだ。後で必ず確認だ。

「あ!ハンバーグ定食が600円やて!めっちゃ安いですやん!これにしましょ!」

巴はサンプルを指差し、はしゃいだ声で俺に教えてくれる。何というか、本当に尻尾を振っている大型犬のような気がしてきた。

「オムライスとサラダのセットだと500円ですよ。こっちの方が良くありませんか?」

静は上目遣いでこちらを見つめてくる。静は女の子としては割と背が高い。165センチくらいかな?でもこちらは、元の男だった頃と目線が変わらず。だから、静は俺より頭一つ分下だ。絶妙な差だよね。凄くグッとくる。こちらは柴犬っぽい。

 さてどうしよう?二人の提案に乗るも良し。でも、又喧嘩になるかも。どうしたものか?すると、焼き魚定食が400円。ぱっと目に留まる。さっきは洋食の気分だったが、これにすることにした。さっさと食べてしまおう。周囲からすれば、見慣れない女性が、何故か兵隊さんとやけに大柄なメイドさんを連れて自分たちの食堂で食事をしているという、そういう何というか不審な状況になっている気がする。でも、まあそう思われても仕方が無いか。周りの視線が集まると言うのがつらい所だが、案外気にしておらず、単なる自意識過剰なのかもな。

 レジへ並んだら、クレジットカードでも電子マネーでも支払い可能となっていたので、財布からクレジットカードを取り出してみると、付いているマークが同じものだと気づいた。なので、読み取り機にかざすとあっさり支払い終了。別段どうということは無いが、それはそれとしてこの異世界?でも元の日本と同じところを見つけると何だか安心する。

 巴は俺の隣に座り、静は俺の正面に座る。

「まず、今夜のこの後の予定は?とりあえずそれから質問に答えなさい」

「今からゆっくり夕飯食べてもろうたら新宿駅に移動してしますけど、2時間ぐらい時間が余りますんや。せやから、時間つぶす言うたら何ですけどレクチャーの続きをして差し上げられたらなあって」

こちらを向いてにっこりと微笑んでいる。ちらりと静を見ると、憮然とした顔をしていたから当初の予定を変更させられたのを、案外根に持っているのかも知れない。

 巴が言い終わったところで、焼き魚定食を食べ始める。特に味がしない。砂を噛んでいるようなものだ。そんな精神状態ということだ。それを知ってか知らずか、、巴は得意げに話し始める。

「まず、ウチらの大隊なんですけど欠員が出とってからですね、本来5個中隊のところ3個中隊しかあらしまへん。総数500人です。実はですね、『お掃除』を担当するのは1個中隊だけなんです。その1個中隊でですね、GR05・マルゴを使うて作戦を遂行します。ちなみに使用するマルゴは全部で100体です」

「GR05というのが改造している、兵隊たちの事を指しているのね?」

声が震えてしまった。500人!そうだ!何をぼんやりしているのか!「少佐」で「大隊長」なのだから、数百人規模の部下がいるのが当然。そのことに思いが至っていないとは、我ながらお粗末様だ。中堅企業の社長に就任するっていうのに、まるでその自覚が無かったというのは。渇きが押し寄せてきてお茶を飲まずにいられない。

「あ、そうです。それでウチらの部隊の目的はですね、独立機械化実証実験大隊いう名前の通りですね、こいつの・・・いや、鎌倉曹長の性能評価です。曹長の実戦指揮能力に関するテストを実施することです。曹長が上手く兵どもと連携して作戦を遂行できるかが焦点です。今言いました通り、実戦参加は1個中隊のみ。1個中隊は5個小隊です。これを輪番で行動させます」

そこで静は正面から顔を近づけてくる。指折りながら解説してくる。

「1個小隊は5個分隊です。1個分隊は兵5人プラス分隊長1名で6人で構成されます。100体のGR05ですのでどうしても端数が出ます。端数は大隊司令部および中隊司令部で吸収して、90体でつまり3個小隊ですね。自分がこの3個小隊を交互に指揮します」

「輪番で交互に?それはやっぱりロボットでも休日が必要だから、交代勤務なの?」

「いやそうじゃなくて、単純に整備・調整が必要なんです」

静は笑う。

「ロボットに休日は要りませんよ?」

「そう・・・単なる確認よ。休日を与えなければならないって内規があるのかなって・・・」

反論すると又笑われた。

「痛っ!」

静は顔をしかめた。巴がむすっとした顔をしている。

「笑うな、アホ」

「だからって足を蹴ることないでしょ」

全くこの二人は・・・。

「一応痛覚有るんですよ。もう!」

むくれる静。だが平静を取り戻したのか話を続ける。

「ちなみにGR05の内訳ですが、試作機1、2次試作機5、以外は基本一つの顔を共有します。これもコスト削減のためです。増加試作機8体は4人分の顔を2組。先行量産試作型36体は6種類×6体。初期生産型50体は5種類×10体。実際ご覧になると同じ顔がずらりと並んでいるわけですから、相当戸惑われるだろうと思いますので、予め申し上げておきます」

ポカンとしてしまった。かなりの間抜け面になっていたと思う。

「准尉殿。お披露目のときに言った方が良かったですかねえ」

「ええわけあるか。先に言うとかなあかんやろ」

「ですよねえ」

今度は巴が静かに話しかける。

「まあ、運用についての解説はええやないか、こんなもんで」

「そうですね。少佐殿は報告書等で、私達の作戦行動を把握して頂ければ済むことですしね」

ご飯を流し込むように食べる。食事の時間はなるべく短く。給食もそうだったし、鬱になる前もそうしないと書類が減らなかった。その癖は抜けないようだ。

「残りの部隊はまあ、サポートのための部隊ですね。自分の所属する第1中隊の残り2小隊はそれぞれ交代で『お掃除』を担当します。後、第2中隊が情報収集。第3中隊が情報工作担当です。当然こちらも交代勤務です」

静がそう言うので頷くと、

「おい、そっちの中隊にはマルゴの配置は無いって一応言うといた方がええんちゃうか?」

巴はそう指摘してきた。

「あ、それもそうですね。第1中隊司令部で4名吸収ですから、残り6名は大隊司令部でしたね、そういえば。しかし、大隊司令部付きの者はごく初期の試作機ばっかりなんですね」

「おい、鎌倉。要らんことまで言わんでもええんちゃうか?」

「はあ、でもこれ単なる事実ですし、本人たちが自分から申告しそうですよ?一応、兵長だの上等兵だのって階級章つけてますから、自分たちは優秀なんだって」

「う~ん、それもそうか・・・。あいつらはほんまに子供やからなあ、中身も外見も」

と巴はため息をつきながら言う。

 不気味なくらい巴と静は大人しく互いに仕事の話が出来ている。俺が注意したからか?実は電波通信を使って水面下で言葉合戦を繰り広げているのか?どちらが正解なのか考えている内に食べ終わってしまった。だから、こちらからも質問を。

「標的は色々な連中みたいだけれど、これはあれね、囮捜査で逮捕するの?」

巴は嬉しそうに答える。

「情報収集する過程で色々分かりますやん?そんな中から、弱み握って利用した方がええ奴は、後で釈放します。それ以外の奴は逮捕した後、どこかへ消えてもらいます。あの世だけや無いですよ?」

そんな物騒なことを述べてから、不意に付け加える。

「ウチらはそうせなあかんでしょ。警察は何かあってから動くのが原理原則でしょ?犯行をまだしてへん奴を逮捕したらあかんですから・・・。あ、少佐殿は京都帝大出てはるから、そんなん釈迦に説法ですね」

アハハ!とあっけらかんと笑う巴。だが俺は血の気が引く思いがした。京都帝大!そうか!俺、まだ31歳なんだ。その年で少佐である以上、所謂「キャリア組」のはずだ。迂闊だった!何でそこにも考えが及ばなかったのか?どうかしている。しかし、やばいな。俺は「衣笠山」卒の「ノンキャリア」だぜ?うちの学校から国家公務員試験に合格するのは、ほとんど2種採用だからな。どうしよう。京都大学の滑り止めは「御所の裏側」であってうちじゃない。よその組織にいる京都大学だけじゃない、東大の連中何かと話合わせられるのか?この世界でもどうやらそこら辺は一緒とはな。今更ながら愕然とする。それが顔に出ていたのか、静が怪訝そうな顔をして聞いてきた。

「どうかなさいましたか?込み入った説明は省略した方が良いですか?」

俺の手は震えていた。自分の立場というものが屋ッと具体的に見えてきたから。

「うん、要するに予防拘禁が基本ということね?それで、500人規模なら管轄はどの程度になるのかな?大阪市内のみ?」

巴はにこやかに微笑み拍手する。

「予防拘禁。流石理解が早い。管轄についてはですね、人数とかいろいろなことでミナミが管轄になります。そこで『お掃除』すると。やっぱあれですね、組織やからしがらみがぎょうさんあって自由にはならへんですから。ウチらは本省直轄部隊やから、何や要らんことしに来る連中がいてるってそんな空気も一部にあるらしいです」

「そんな中で結果を出す必要がありますが、現場のことはお任せください」

静は胸を張る。改めて見るとこの娘も胸は大きい。唐突に「Dカップジャパン」という単語が頭をよぎる。

「偉い自信ありげやな。何ぞ秘策でもあるんか?」

「いや秘策とかじゃなくてですね、地道な努力あるのみですよ。上手く交渉まとまりまして。お目出度いでしょう?」

「ああ、あれの事か」

「そうなんですよ」

誇らしげだ。目をつむり胸を反り返らせる静は。

「ちょっと拠点にこっちの手の者を置かせていただきたいとお願いしまして。でも向こうとしても、そう簡単に、はい、分かりましたとなるわけないですね。そう思っていたんです、最初は。でも非公式に打診したら、案外スムーズに話がつきました」

静はこちらをチラチラと見てくる。褒めて欲しいのだろう。

「拠点って・・・他にも作ろうとしているの⁉」

褒めて欲しいのは重々承知といきたいが、かなりびっくりした。何で?何のために?

「ええ、ミナミのメイドカフェに」

「ええっ⁉」

よほどびっくりしていたのだろう。静は落ち着き払った声で、

「GR05については、メイドカフェの店員という設定で動くことになっていまして」

「あ、そうなんだ」

「そうなんです」

俺がポカンとした顔をしたせいか、静は困った様子で、

「准尉殿がくノ一的女スパイを目標に開発されたと言っていたじゃないですか、やだなあ。大人の女の色香が」

ここまで言ってぷっと吹き出した。

「んんっ・・・GR05には全く有りませんので。むしろ、そういうものを排除してロリコン受けする容姿になっています。それでですね、一応職業が何か必要じゃないですか?何らかのバックボーンが必要です。それがメイドカフェの店員なんですね」

「まあ、そうね。何らかの立場というものが無いとね」

「女学生でええと思うけどなあ」

巴が口を挟むと、

「いえ、女子学生ということにすると、制服を始め一式用意する必要があるでしょう?架空のものを作るわけにもいきませんし、いずれにしろ面倒ですからね」

「ふうん」

湯呑に残っていたお茶を飲み干すと巴が、

「お茶要ります?」

と気の利いたことを言うので持って来てもらう。その間にハンドバッグの中を見ると、やっぱり薬の入った白い袋が有った。服用している薬自体、俺が服用しているものと全く同じだ。どうなっているのか?主治医は?大阪に転出するわけだから、当然変わることになる。その辺はどうなっているのだろう?新たな見過ごすことのできない疑問。だがそれは脇に置いておいて巴が持って来てくれたお茶で、取りあえず薬を飲もう。

「他の部隊が拠点としてメイドカフェなんて持っているのね」

飲んだ後で呟くと、

「そうなんですよ。だから手っ取り早く使わせてもらおうと。そういうことです」

静はそう答えて、まだこちらを見ている。

「そう。それは良かった。上手く取り計らってくれて嬉しいわ」

「いやあ、任務達成のためですから。我が隊は私のテストのための部隊なわけですから」

静は心底嬉しそうな弾んだ声で答えた。顔も紅を差したようで、にやけている。やはり褒めるべき時はちゃんと褒めないと。上に立つということはそういう事なんだなあ。

「あ、そうだ鎌倉。5月1日になったら、動き出すのよね?準備はあなた達である程度進めているという事ね?今の話だと」

「そうです。準備万端です。儀式的なものとか書類の事とか、これからやらなければならない雑事がありますけど、些末なことですから」

予想通りの答えだ。優等生的なそつのない答え。

「そうか。じゃあ。大船に乗った気でいれば良いのね?」

「はい!」

静の答えは明快で、良い笑顔までおまけで付けてくれた。

「少佐殿は黙って座っていてもらえば良いですし」

「おい!こら!」

静のさり気ない一言。巴は咎めるが、こっちは聞いてしまっている。

「そうなんだ・・・」

「そうなんです」

きっぱりと答える静を、巴はもう一度咎める。

「それは言うたらあかんやろ!リハビリ期間中なんやから、実質そうしてもらうことになるけどなあ、言い方!」

「ええ・・・事実は事実としてお伝えしないと。変に持って回った言い方をするのは、それこそどうなんですか?」

巴は一瞬黙った後、こちらに笑顔を向けてきた。

「こいつ・・・いや鎌倉曹長はこんなこと言うてますけど、判子ついてもらうのも大事な仕事です。ウチらにとっては。やっぱり偉い人に承認してもらわんと不安ですやん?」

「そう・・・」

俺の気の無い返事によほど慌てたのだろう。巴はさらに付け加える。

「ウチらは、人間の命令に従うように設計されています。ついでに言うと、命令してもらわんと不安になるんです。司令部でどんと構えてください。そうやないとウチ、嫌です」

「え、そうなの?そういう風になっている?」

初耳だ。でもそうしておかないと、反乱でも起こされたら意味無いからなあ。

「はい。せやから、お願いですから最初の内はとにかく司令部の椅子に腰かけて下さい。それも辛いかも知れんですけど、お願いします」

巴にそこまで言わせるのも何だ。俺のやるべきことはそういう事だと言うのなら、そんな形できちんと答えてやろう。

「うん。分かった。私も万全の体調ではないからね。最初は出勤して座席に座ることからよね。長期間病休取得していたわけだし」

「はい!よろしくお願いします!」

巴の顔は安堵したという表情だった。病休を長期間取得していたというのは、はったりをかましてみただけだ。元の世界ではそうだったし、こちらでもそうだろうと。そうでなければそこまで巴も気を遣わないはずだ。それにしても、何と情けないことか。足を引っ張り、周りに気を遣わせて。いつこんな状態を抜け出せる?そして、それは脇に置いて一言いいたくなった。

「本当に命令に従うようになっているの?」

サッと目を反らす二人。

「結構命令に従っていないよね?」

気まずい空気が流れる。どうしようか?食事も終わったことだし、どうせ移動する必要は有る。河岸を変えて少しでも情報を引き出すことにするか。

「それはいいか。じゃあ移動しよう。新宿駅から出発ということで間違いないわね?」

二人とも頷く。

「じゃあ、行こうか。荷物はこれだけだったかな?」

立ち上がりながらそう言うと、

「いや、スーツケースが有ります。急に食堂行く言わはるから、持って来て無いんで取りに行きましょう。ほんでもって地下鉄に乗って、新宿駅へGO!」

巴は右拳を突き上げた。




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